砕けた愛は、戻らない。

豆狸

文字の大きさ
上 下
12 / 12

最終話B 愛はすぐ近くに

しおりを挟む
「だぁだ、だっ!」
「アンバル、駄目よ。カフラマーン様はお疲れなんだから」
「あはは。大丈夫だ、イザベリータ。俺は体力だけはあるからな」
「だうっ!」

 まさかこんなことになるなんて、カフラマーン様と初めて会ったときには考えてもいませんでした。
 私は、ジャウハラ帝国のザハブ公爵──新しい皇帝陛下の弟であるカフラマーン様に嫁ぐことになったのです。
 父もデルガード侯爵家の爵位と領地をアルメンタ王国に返上して、一緒に帝国へ来てくれました。十数年の内乱で文官を育てる余裕が失われていたと言って、皇帝陛下は父の存在を歓迎してくれました。

 そして、アンバル。
 帝都の公爵邸へ戻ったカフラマーン様に駆け寄って行った幼いアンバルは、あのソレダ様がお産みになった男の子です。彼女はジャウハラ帝国の商人に嫁いだので、アンバルはアンドレス王太子殿下の子どもではありません。
 ですが彼女の夫の子どもでもありませんでした。ソレダ様は商人の夫が取引で各地を飛び回っている間、店舗を守って留守番しているのが寂しくて浮気をしたのです。

 自分の子どもに会いに来た浮気相手を見つけた商人は、ソレダ様と浮気相手を殺して自害しました。
 偶然それを知った私は、縁を感じてアンバルを引き取ることにしたのです。
 カフラマーン様は私の我儘を快く許してくださいました。──俺はね、あんたの我儘ならなんでも叶えてあげたいんだよ、と笑ってくれたのです。

「ほーら、高い高ーい」
「くふー」
「……イザベリータ?」

 居間の長椅子に座って楽し気にアンバルと遊ぶカフラマーン様を見つめていたら、視線に気づかれてしまいました。

「どうかしたか?」
「あ、いえ。……その、黒い髪も琥珀の瞳も褐色の肌も同じなのに、カフラマーン様とアンバルはまるで違うので」
「そうだな」
「だう?」
「もう少し大きくなったら自分が貰い子だと気づくだろう。嘘をつく気はないが、本当のことは少し刺激が強過ぎるよな」
「だうー」
「ん? なんだなんだ、頷いたりして。アンバルは俺達の話がわかってるのか?」
「だっ!」
「うふふ」

 仲の良いふたりを見ていると、なんだか私も楽しくなってきます。

「まあゆっくり考えたんでいいだろう。アンバルはまだ赤ん坊だしな。……しかし残念だな」
「残念ですか?」
「ああ。あんたが俺に見惚れてくれてるのかと期待してたんだ」
「カフラマーン様?」
「いつも俺ばっかりあんたに見惚れてるからな」
「……」

 言葉の通り、神殿で目覚めたあの日から、カフラマーン様はいつも私を見つめていました。
 私も琥珀色の瞳が放つ黄金の煌めきに魅せられて、彼から瞳を逸らすことが出来ませんでした。私達は恋に落ちた、のです。
 この愛が間違っていないのか、歪んでいないのか、私達にはわかりません。でもカフラマーン様は私を見つめてくださるし、私が見つめることも許してくださいます。

「わ、私もいつもカフラマーン様を見つめていますわ」
「……そうか」
「だう?」
「うふふ、アンバルのことも見ていますよ」
「俺もアンバルのことを見てるぞ」
「だぁだ!」

 満足そうなアンバルを抱いて、カフラマーン様が立ち上がりました。

「そろそろ親父殿も帰られるころだ。家族総出でお出迎えに行こう」
「だ?」
「お爺様のお迎えですよ、アンバル」
「だうー!」

 人心の機微に疎い不器用な父も、アンバルを実の孫のように可愛がっています。
 内乱が収まったとはいえ、まだまだ乱れているこの帝国で文官の育成を任された父は、皇帝陛下に代わって軍を率いるカフラマーン様より忙しい日が続いています。
 異国の元侯爵である父がそこまで重用されていることはありがたいのですが、少し体が心配です。

 愛に正解はあるのでしょうか。
 わかりません。わからないけれど私は私なりに、カフラマーン様を愛し、父を愛し、アンバルを愛しています。
 アンドレス王太子殿下への愛が砕けた欠片は胸の片隅に転がっています。もう元に戻ることはありません。それでも──間違っていても歪んでいても砕けてしまっていても、あれも確かに愛だったのだと、今の私は思うのです。それは、手を伸ばせば触れられる愛がいつも側にあるから、そう思えるのかもしれません。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

初恋の幼馴染に再会しましたが、嫌われてしまったようなので、恋心を魔法で封印しようと思います【完結】

皇 翼
恋愛
「昔からそうだ。……お前を見ているとイライラする。俺はそんなお前が……嫌いだ」 幼馴染で私の初恋の彼――ゼルク=ディートヘルムから放たれたその言葉。元々彼から好かれているなんていう希望は捨てていたはずなのに、自分は彼の隣に居続けることが出来ないと分かっていた筈なのに、その言葉にこれ以上ない程の衝撃を受けている自分がいることに驚いた。 「な、によ……それ」 声が自然と震えるのが分かる。目頭も火が出そうなくらいに熱くて、今にも泣き出してしまいそうだ。でも絶対に泣きたくなんてない。それは私の意地もあるし、なによりもここで泣いたら、自分が今まで貫いてきたものが崩れてしまいそうで……。だから言ってしまった。 「私だって貴方なんて、――――嫌いよ。大っ嫌い」 ****** 以前この作品を書いていましたが、更新しない内に展開が自分で納得できなくなったため、大幅に内容を変えています。 タイトルの回収までは時間がかかります。

どうやら貴方の隣は私の場所でなくなってしまったようなので、夜逃げします

皇 翼
恋愛
侯爵令嬢という何でも買ってもらえてどんな教育でも施してもらえる恵まれた立場、王太子という立場に恥じない、童話の王子様のように顔の整った婚約者。そして自分自身は最高の教育を施され、侯爵令嬢としてどこに出されても恥ずかしくない教養を身につけていて、顔が綺麗な両親に似たのだろう容姿は綺麗な方だと思う。 完璧……そう、完璧だと思っていた。自身の婚約者が、中庭で公爵令嬢とキスをしているのを見てしまうまでは――。

愛しているからこそ、彼の望み通り婚約解消をしようと思います【完結済み】

皇 翼
恋愛
「俺は、お前の様な馬鹿な女と結婚などするつもりなどない。だからお前と婚約するのは、表面上だけだ。俺が22になり、王位を継承するその時にお前とは婚約を解消させてもらう。分かったな?」 お見合いの場。二人きりになった瞬間開口一番に言われた言葉がこれだった。 初対面の人間にこんな発言をする人間だ。好きになるわけない……そう思っていたのに、恋とはままならない。共に過ごして、彼の色んな表情を見ている内にいつの間にか私は彼を好きになってしまっていた――。 好き……いや、愛しているからこそ、彼を縛りたくない。だからこのまま潔く消えることで、婚約解消したいと思います。 ****** ・感想欄は完結してから開きます。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

今日、大好きな婚約者の心を奪われます 【完結済み】

皇 翼
恋愛
昔から、自分や自分の周りについての未来を視てしまう公爵令嬢である少女・ヴィオレッタ。 彼女はある日、ウィステリア王国の第一王子にして大好きな婚約者であるアシュレイが隣国の王女に恋に落ちるという未来を視てしまう。 その日から少女は変わることを決意した。将来、大好きな彼の邪魔をしてしまう位なら、潔く身を引ける女性になろうと。 なろうで投稿している方に話が追いついたら、投稿頻度は下がります。 プロローグはヴィオレッタ視点、act.1は三人称、act.2はアシュレイ視点、act.3はヴィオレッタ視点となります。 繋がりのある作品:「先読みの姫巫女ですが、力を失ったので職を辞したいと思います」 URL:https://www.alphapolis.co.jp/novel/496593841/690369074

だから言ったでしょう?

わらびもち
恋愛
ロザリンドの夫は職場で若い女性から手製の菓子を貰っている。 その行為がどれだけ妻を傷つけるのか、そしてどれだけ危険なのかを理解しない夫。 ロザリンドはそんな夫に失望したーーー。

婚約者は他の女の子と遊びたいようなので、私は私の道を生きます!

皇 翼
恋愛
「リーシャ、君も俺にかまってばかりいないで、自分の趣味でも見つけたらどうだ。正直、こうやって話しかけられるのはその――やめて欲しいんだ……周りの目もあるし、君なら分かるだろう?」 頭を急に鈍器で殴られたような感覚に陥る一言だった。 そして、チラチラと周囲や他の女子生徒を見る視線で察する。彼は他に想い人が居る、または作るつもりで、距離を取りたいのだと。邪魔になっているのだ、と。

処理中です...