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最終話B 愛はすぐ近くに
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「だぁだ、だっ!」
「アンバル、駄目よ。カフラマーン様はお疲れなんだから」
「あはは。大丈夫だ、イザベリータ。俺は体力だけはあるからな」
「だうっ!」
まさかこんなことになるなんて、カフラマーン様と初めて会ったときには考えてもいませんでした。
私は、ジャウハラ帝国のザハブ公爵──新しい皇帝陛下の弟であるカフラマーン様に嫁ぐことになったのです。
父もデルガード侯爵家の爵位と領地をアルメンタ王国に返上して、一緒に帝国へ来てくれました。十数年の内乱で文官を育てる余裕が失われていたと言って、皇帝陛下は父の存在を歓迎してくれました。
そして、アンバル。
帝都の公爵邸へ戻ったカフラマーン様に駆け寄って行った幼いアンバルは、あのソレダ様がお産みになった男の子です。彼女はジャウハラ帝国の商人に嫁いだので、アンバルはアンドレス王太子殿下の子どもではありません。
ですが彼女の夫の子どもでもありませんでした。ソレダ様は商人の夫が取引で各地を飛び回っている間、店舗を守って留守番しているのが寂しくて浮気をしたのです。
自分の子どもに会いに来た浮気相手を見つけた商人は、ソレダ様と浮気相手を殺して自害しました。
偶然それを知った私は、縁を感じてアンバルを引き取ることにしたのです。
カフラマーン様は私の我儘を快く許してくださいました。──俺はね、あんたの我儘ならなんでも叶えてあげたいんだよ、と笑ってくれたのです。
「ほーら、高い高ーい」
「くふー」
「……イザベリータ?」
居間の長椅子に座って楽し気にアンバルと遊ぶカフラマーン様を見つめていたら、視線に気づかれてしまいました。
「どうかしたか?」
「あ、いえ。……その、黒い髪も琥珀の瞳も褐色の肌も同じなのに、カフラマーン様とアンバルはまるで違うので」
「そうだな」
「だう?」
「もう少し大きくなったら自分が貰い子だと気づくだろう。嘘をつく気はないが、本当のことは少し刺激が強過ぎるよな」
「だうー」
「ん? なんだなんだ、頷いたりして。アンバルは俺達の話がわかってるのか?」
「だっ!」
「うふふ」
仲の良いふたりを見ていると、なんだか私も楽しくなってきます。
「まあゆっくり考えたんでいいだろう。アンバルはまだ赤ん坊だしな。……しかし残念だな」
「残念ですか?」
「ああ。あんたが俺に見惚れてくれてるのかと期待してたんだ」
「カフラマーン様?」
「いつも俺ばっかりあんたに見惚れてるからな」
「……」
言葉の通り、神殿で目覚めたあの日から、カフラマーン様はいつも私を見つめていました。
私も琥珀色の瞳が放つ黄金の煌めきに魅せられて、彼から瞳を逸らすことが出来ませんでした。私達は恋に落ちた、のです。
この愛が間違っていないのか、歪んでいないのか、私達にはわかりません。でもカフラマーン様は私を見つめてくださるし、私が見つめることも許してくださいます。
「わ、私もいつもカフラマーン様を見つめていますわ」
「……そうか」
「だう?」
「うふふ、アンバルのことも見ていますよ」
「俺もアンバルのことを見てるぞ」
「だぁだ!」
満足そうなアンバルを抱いて、カフラマーン様が立ち上がりました。
「そろそろ親父殿も帰られるころだ。家族総出でお出迎えに行こう」
「だ?」
「お爺様のお迎えですよ、アンバル」
「だうー!」
人心の機微に疎い不器用な父も、アンバルを実の孫のように可愛がっています。
内乱が収まったとはいえ、まだまだ乱れているこの帝国で文官の育成を任された父は、皇帝陛下に代わって軍を率いるカフラマーン様より忙しい日が続いています。
異国の元侯爵である父がそこまで重用されていることはありがたいのですが、少し体が心配です。
愛に正解はあるのでしょうか。
わかりません。わからないけれど私は私なりに、カフラマーン様を愛し、父を愛し、アンバルを愛しています。
アンドレス王太子殿下への愛が砕けた欠片は胸の片隅に転がっています。もう元に戻ることはありません。それでも──間違っていても歪んでいても砕けてしまっていても、あれも確かに愛だったのだと、今の私は思うのです。それは、手を伸ばせば触れられる愛がいつも側にあるから、そう思えるのかもしれません。
「アンバル、駄目よ。カフラマーン様はお疲れなんだから」
「あはは。大丈夫だ、イザベリータ。俺は体力だけはあるからな」
「だうっ!」
まさかこんなことになるなんて、カフラマーン様と初めて会ったときには考えてもいませんでした。
私は、ジャウハラ帝国のザハブ公爵──新しい皇帝陛下の弟であるカフラマーン様に嫁ぐことになったのです。
父もデルガード侯爵家の爵位と領地をアルメンタ王国に返上して、一緒に帝国へ来てくれました。十数年の内乱で文官を育てる余裕が失われていたと言って、皇帝陛下は父の存在を歓迎してくれました。
そして、アンバル。
帝都の公爵邸へ戻ったカフラマーン様に駆け寄って行った幼いアンバルは、あのソレダ様がお産みになった男の子です。彼女はジャウハラ帝国の商人に嫁いだので、アンバルはアンドレス王太子殿下の子どもではありません。
ですが彼女の夫の子どもでもありませんでした。ソレダ様は商人の夫が取引で各地を飛び回っている間、店舗を守って留守番しているのが寂しくて浮気をしたのです。
自分の子どもに会いに来た浮気相手を見つけた商人は、ソレダ様と浮気相手を殺して自害しました。
偶然それを知った私は、縁を感じてアンバルを引き取ることにしたのです。
カフラマーン様は私の我儘を快く許してくださいました。──俺はね、あんたの我儘ならなんでも叶えてあげたいんだよ、と笑ってくれたのです。
「ほーら、高い高ーい」
「くふー」
「……イザベリータ?」
居間の長椅子に座って楽し気にアンバルと遊ぶカフラマーン様を見つめていたら、視線に気づかれてしまいました。
「どうかしたか?」
「あ、いえ。……その、黒い髪も琥珀の瞳も褐色の肌も同じなのに、カフラマーン様とアンバルはまるで違うので」
「そうだな」
「だう?」
「もう少し大きくなったら自分が貰い子だと気づくだろう。嘘をつく気はないが、本当のことは少し刺激が強過ぎるよな」
「だうー」
「ん? なんだなんだ、頷いたりして。アンバルは俺達の話がわかってるのか?」
「だっ!」
「うふふ」
仲の良いふたりを見ていると、なんだか私も楽しくなってきます。
「まあゆっくり考えたんでいいだろう。アンバルはまだ赤ん坊だしな。……しかし残念だな」
「残念ですか?」
「ああ。あんたが俺に見惚れてくれてるのかと期待してたんだ」
「カフラマーン様?」
「いつも俺ばっかりあんたに見惚れてるからな」
「……」
言葉の通り、神殿で目覚めたあの日から、カフラマーン様はいつも私を見つめていました。
私も琥珀色の瞳が放つ黄金の煌めきに魅せられて、彼から瞳を逸らすことが出来ませんでした。私達は恋に落ちた、のです。
この愛が間違っていないのか、歪んでいないのか、私達にはわかりません。でもカフラマーン様は私を見つめてくださるし、私が見つめることも許してくださいます。
「わ、私もいつもカフラマーン様を見つめていますわ」
「……そうか」
「だう?」
「うふふ、アンバルのことも見ていますよ」
「俺もアンバルのことを見てるぞ」
「だぁだ!」
満足そうなアンバルを抱いて、カフラマーン様が立ち上がりました。
「そろそろ親父殿も帰られるころだ。家族総出でお出迎えに行こう」
「だ?」
「お爺様のお迎えですよ、アンバル」
「だうー!」
人心の機微に疎い不器用な父も、アンバルを実の孫のように可愛がっています。
内乱が収まったとはいえ、まだまだ乱れているこの帝国で文官の育成を任された父は、皇帝陛下に代わって軍を率いるカフラマーン様より忙しい日が続いています。
異国の元侯爵である父がそこまで重用されていることはありがたいのですが、少し体が心配です。
愛に正解はあるのでしょうか。
わかりません。わからないけれど私は私なりに、カフラマーン様を愛し、父を愛し、アンバルを愛しています。
アンドレス王太子殿下への愛が砕けた欠片は胸の片隅に転がっています。もう元に戻ることはありません。それでも──間違っていても歪んでいても砕けてしまっていても、あれも確かに愛だったのだと、今の私は思うのです。それは、手を伸ばせば触れられる愛がいつも側にあるから、そう思えるのかもしれません。
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