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第三話B 歪んだ愛
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「……」
「イザベリータ?」
殿下の手を振りほどくなんてことは、私には出来ません。
その状態で再び名指しで呼ばれた以上、気づかなかった振りも不可能です。
振り向かないわけにはいきません。……ああ、でも! 私はアンドレス王太子殿下に『見るな』と言われたのです。
「どうしたんだ、イザベリータ!」
この場をどうにかする策を思いつくことも出来ないまま、私は殿下に引き寄せられ、振り向かされました。
眩しい黄金の髪と煌めく青い瞳──私の愛しい王子様。
慌てて瞼を閉じても、久しぶりに見たそのお姿が瞳に焼き付けられるのを感じました。
殿下にはいつか、このアルメンタ王国のためご自身の心を殺さなくてはならない日が来ることでしょう。
そのとき、殿下を支えるのは私ではありません。支えられるのは、真に殿下を愛し殿下に愛された相手だけなのです。
わかっています。わかっていたから、学園のあちこちでソレダ様と睦み合う殿下を邪魔するような真似は慎んできました。
それでも……それでも愛しいこの方を瞳で追うことだけはやめられなかったのです。
父を通じて禁止されるほど、私の視線が殿下を不快にしてしまっていることにも気づかずに。
殿下に言われた通り私の愛は歪んでいます。独りよがりに過ぎません。愛する方を幸せに出来ない想いに、なんの意味があるというのでしょうか。
「……」
「イザベリータ?」
瞼を引っ掻く私の手を殿下の大きな手が止めました。
「なにをしているんだ? 虫でも入ったのか?」
「いいえ、いいえ、申し訳ございません、殿下。申し訳ございません」
「この前のことは私が悪かった。君の態度がおかしくなったと言って、デルガード侯爵も心配している。……もちろん私もだ」
「申し訳ございません、申し訳ございません」
「イザベリータ!」
殿下の手が、私の手を瞼から離しました。
反射的に開きそうになった瞼を固く閉じます。
だけど見えなくても眩しい太陽の光が、殿下が目の前にいらっしゃることを教えてくれます。私は俯きました。瞼に遮られていても、殿下は私の視線を感じていたかもしれません。
「申し訳ございません。殿下を見ないよう目を抉ろうと思ったのですが、瞼を閉じたままでは上手く行きませんでした。けれど、瞼を開けてしまっては殿下のお姿を見ずにはいられません。……先ほども、ほんの少しだけですが殿下を見てしまいました。申し訳ございません、申し訳ございません」
「なにを言っているんだ、イザベリータ」
幼いときに婚約してからの長い付き合いです。
瞼を閉じていても声色だけで、殿下が驚愕に満ちた表情をなさっているのが想像出来ました。
ああ、こんなことまでわかるほど見つめていたから、殿下は私にお困りだったのですね。本当になんて愚かで疎ましい娘なのでしょうか、私は。いくら女王陛下と母、王配殿下と父が親友だったからといって、殿下と私自体は政略で結ばれた婚約相手に過ぎないというのに。
「手をお離しください。すぐに殿下から離れて、瞼を開いてもお姿を見られない場所へ移動いたします。そこでこの目を抉ってしまえば、もう二度と殿下を見ることはありません」
「本気で言っているのか?」
「殿下のお心に従うためです」
「私はそんなことは望んでいない! デルガード侯爵に伝言したのは、あの言葉は……間違っていたんだ。悪いのは君じゃない」
「いいえ、殿下は間違っていませんわ」
周囲からざわめきが聞こえてきます。
ああ、ここは学園の中庭でした。昼休みです。ほかにも生徒がいるのでしょう。
こんなところで騒ぎを起こしたら殿下のお名前に傷がついてしまいます。私はどこまで愚かな娘なのでしょう。
「なにがあったのです?」
女性教員の声が聞こえました。
女生徒の悩み相談や生徒指導を担当していらっしゃる方です。私が妃教育で学園を休学していた間も、進級のための試験を受けに来るたびに面接をして悩みがないかと聞いてくださっていました。
彼女の足音が近づいてきます。
「イザベリータ?」
殿下の手を振りほどくなんてことは、私には出来ません。
その状態で再び名指しで呼ばれた以上、気づかなかった振りも不可能です。
振り向かないわけにはいきません。……ああ、でも! 私はアンドレス王太子殿下に『見るな』と言われたのです。
「どうしたんだ、イザベリータ!」
この場をどうにかする策を思いつくことも出来ないまま、私は殿下に引き寄せられ、振り向かされました。
眩しい黄金の髪と煌めく青い瞳──私の愛しい王子様。
慌てて瞼を閉じても、久しぶりに見たそのお姿が瞳に焼き付けられるのを感じました。
殿下にはいつか、このアルメンタ王国のためご自身の心を殺さなくてはならない日が来ることでしょう。
そのとき、殿下を支えるのは私ではありません。支えられるのは、真に殿下を愛し殿下に愛された相手だけなのです。
わかっています。わかっていたから、学園のあちこちでソレダ様と睦み合う殿下を邪魔するような真似は慎んできました。
それでも……それでも愛しいこの方を瞳で追うことだけはやめられなかったのです。
父を通じて禁止されるほど、私の視線が殿下を不快にしてしまっていることにも気づかずに。
殿下に言われた通り私の愛は歪んでいます。独りよがりに過ぎません。愛する方を幸せに出来ない想いに、なんの意味があるというのでしょうか。
「……」
「イザベリータ?」
瞼を引っ掻く私の手を殿下の大きな手が止めました。
「なにをしているんだ? 虫でも入ったのか?」
「いいえ、いいえ、申し訳ございません、殿下。申し訳ございません」
「この前のことは私が悪かった。君の態度がおかしくなったと言って、デルガード侯爵も心配している。……もちろん私もだ」
「申し訳ございません、申し訳ございません」
「イザベリータ!」
殿下の手が、私の手を瞼から離しました。
反射的に開きそうになった瞼を固く閉じます。
だけど見えなくても眩しい太陽の光が、殿下が目の前にいらっしゃることを教えてくれます。私は俯きました。瞼に遮られていても、殿下は私の視線を感じていたかもしれません。
「申し訳ございません。殿下を見ないよう目を抉ろうと思ったのですが、瞼を閉じたままでは上手く行きませんでした。けれど、瞼を開けてしまっては殿下のお姿を見ずにはいられません。……先ほども、ほんの少しだけですが殿下を見てしまいました。申し訳ございません、申し訳ございません」
「なにを言っているんだ、イザベリータ」
幼いときに婚約してからの長い付き合いです。
瞼を閉じていても声色だけで、殿下が驚愕に満ちた表情をなさっているのが想像出来ました。
ああ、こんなことまでわかるほど見つめていたから、殿下は私にお困りだったのですね。本当になんて愚かで疎ましい娘なのでしょうか、私は。いくら女王陛下と母、王配殿下と父が親友だったからといって、殿下と私自体は政略で結ばれた婚約相手に過ぎないというのに。
「手をお離しください。すぐに殿下から離れて、瞼を開いてもお姿を見られない場所へ移動いたします。そこでこの目を抉ってしまえば、もう二度と殿下を見ることはありません」
「本気で言っているのか?」
「殿下のお心に従うためです」
「私はそんなことは望んでいない! デルガード侯爵に伝言したのは、あの言葉は……間違っていたんだ。悪いのは君じゃない」
「いいえ、殿下は間違っていませんわ」
周囲からざわめきが聞こえてきます。
ああ、ここは学園の中庭でした。昼休みです。ほかにも生徒がいるのでしょう。
こんなところで騒ぎを起こしたら殿下のお名前に傷がついてしまいます。私はどこまで愚かな娘なのでしょう。
「なにがあったのです?」
女性教員の声が聞こえました。
女生徒の悩み相談や生徒指導を担当していらっしゃる方です。私が妃教育で学園を休学していた間も、進級のための試験を受けに来るたびに面接をして悩みがないかと聞いてくださっていました。
彼女の足音が近づいてきます。
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