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第三話A 間違った愛
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「申し訳ございません、少々思索に耽っておりました。私になにか御用でしょうか、アンドレス王太子殿下」
殿下の手を振りほどくなんてことは、私には出来ません。
苦肉の策で、私はこれを公務だと思うことにしました。
公務なら、熱があっても怪我をしていても笑顔で過ごさなくてはいけません。多少殿下を視界に入れてしまうことになりますが、感情を込めず立ち位置を確認するだけの視線なら許してくださるでしょう。
「いや、私も……無理矢理呼び止めてすまなかった」
謝罪を口にしながら、殿下は私の腕から手を離されました。
わずかに残った温もりに心を奪われないよう気持ちを引き締めます。
公務です。これは公務なのです。私は殿下のお言葉を待ちました。
「……デルガード侯爵が、君を心配している」
「父が私を?」
「そうだ。以前は妃教育の合間に宰相の部屋へ顔を出していただろう? それがないと心配していたんだよ」
「さようでございましたか。家族のことに殿下を巻き込んで申し訳ありません」
私は言葉を探しました。
父のところへ行かなくなったのは、私の愛が歪んでいるからです。愛しい人を見つめることしか出来ないからです。
私を愛していらっしゃらなかった父は、私に見つめられたら不快になるのではないかと思ったからです。休憩時間とはいえ、私が父を独占していてはいけないと思ったからです。
でもそれをそのまま口に出したら嫌味のように思われるかもしれません。
殿下が見るなとおっしゃったから、ほかの方も見ないようにしているということなのですから。
本当は、もっと良いやり方があるのでしょう。ですが、愛を知らない私には正解がわかりません。せめて間違いを繰り返さないようにすることしか出来ないのです。
「父は多忙で王都の侯爵邸へ戻って来ませんし、妃教育に一段落ついた私が王宮へ行くことも少なくなりましたので、すれ違っているだけでしょう。授業が終わって家へ戻ったら手紙を書くことにしますわ。教えていただいて感謝します」
「イザベリータ」
カーテシーをして立ち去ろうとした私は、もう一度アンドレス殿下に腕を掴まれました。
「殿下?」
「その……先日はすまなかった」
「なんのことでございましょう?」
「デルガード侯爵に頼んだ伝言のことだ。……言い過ぎた」
「お気になさらないでください。殿下のおっしゃったことに間違いはございませんわ」
そう、たったひとつのこと以外は。
殿下は私から顔を逸らしました。
良かった、と心から思います。これなら私の視界に殿下が入っていてもお気づきにならないことでしょう。殿下が言葉を続けます。
「……ソレダとは、学園を卒業したら別れる」
「殿下、お友達と別れる必要はございませんわ」
「イザベリータ、私は……」
「そろそろ午後の授業が始まりますわ、殿下。未来の王と王妃が遅刻なんか出来ませんわよ」
「あ、ああ。そうだな。学園を卒業したら、私達は結婚するのだから……」
「女王陛下はお元気ですから、殿下ではなく殿下のお子様が次の王様になられるかもしれませんけれどね」
「確かに。……では一緒に教室へ急ごうか」
殿下の口元に笑みが浮かんで、私は安堵しました。
先ほど私が『未来の王と王妃』と言ったとき、殿下のお顔が曇ったのです。やはりソレダ様と結ばれたいと願っていらっしゃるのでしょう。
けれど、アルメンタ王国のために政略的な婚約を優先する覚悟をなさったのに違いありません。ならば私もそれに従うだけです。
私と殿下は同じ教室で授業を受けています。ここで別れるのは不自然過ぎます。
一歩だけ下がって、私は前を行く殿下の広い背中を見つめました。後ろからならば視線に気づかれずに済むでしょう。
……愛し愛された方と結ばれることが出来ないだなんて、お可哀相な殿下。
殿下の手を振りほどくなんてことは、私には出来ません。
苦肉の策で、私はこれを公務だと思うことにしました。
公務なら、熱があっても怪我をしていても笑顔で過ごさなくてはいけません。多少殿下を視界に入れてしまうことになりますが、感情を込めず立ち位置を確認するだけの視線なら許してくださるでしょう。
「いや、私も……無理矢理呼び止めてすまなかった」
謝罪を口にしながら、殿下は私の腕から手を離されました。
わずかに残った温もりに心を奪われないよう気持ちを引き締めます。
公務です。これは公務なのです。私は殿下のお言葉を待ちました。
「……デルガード侯爵が、君を心配している」
「父が私を?」
「そうだ。以前は妃教育の合間に宰相の部屋へ顔を出していただろう? それがないと心配していたんだよ」
「さようでございましたか。家族のことに殿下を巻き込んで申し訳ありません」
私は言葉を探しました。
父のところへ行かなくなったのは、私の愛が歪んでいるからです。愛しい人を見つめることしか出来ないからです。
私を愛していらっしゃらなかった父は、私に見つめられたら不快になるのではないかと思ったからです。休憩時間とはいえ、私が父を独占していてはいけないと思ったからです。
でもそれをそのまま口に出したら嫌味のように思われるかもしれません。
殿下が見るなとおっしゃったから、ほかの方も見ないようにしているということなのですから。
本当は、もっと良いやり方があるのでしょう。ですが、愛を知らない私には正解がわかりません。せめて間違いを繰り返さないようにすることしか出来ないのです。
「父は多忙で王都の侯爵邸へ戻って来ませんし、妃教育に一段落ついた私が王宮へ行くことも少なくなりましたので、すれ違っているだけでしょう。授業が終わって家へ戻ったら手紙を書くことにしますわ。教えていただいて感謝します」
「イザベリータ」
カーテシーをして立ち去ろうとした私は、もう一度アンドレス殿下に腕を掴まれました。
「殿下?」
「その……先日はすまなかった」
「なんのことでございましょう?」
「デルガード侯爵に頼んだ伝言のことだ。……言い過ぎた」
「お気になさらないでください。殿下のおっしゃったことに間違いはございませんわ」
そう、たったひとつのこと以外は。
殿下は私から顔を逸らしました。
良かった、と心から思います。これなら私の視界に殿下が入っていてもお気づきにならないことでしょう。殿下が言葉を続けます。
「……ソレダとは、学園を卒業したら別れる」
「殿下、お友達と別れる必要はございませんわ」
「イザベリータ、私は……」
「そろそろ午後の授業が始まりますわ、殿下。未来の王と王妃が遅刻なんか出来ませんわよ」
「あ、ああ。そうだな。学園を卒業したら、私達は結婚するのだから……」
「女王陛下はお元気ですから、殿下ではなく殿下のお子様が次の王様になられるかもしれませんけれどね」
「確かに。……では一緒に教室へ急ごうか」
殿下の口元に笑みが浮かんで、私は安堵しました。
先ほど私が『未来の王と王妃』と言ったとき、殿下のお顔が曇ったのです。やはりソレダ様と結ばれたいと願っていらっしゃるのでしょう。
けれど、アルメンタ王国のために政略的な婚約を優先する覚悟をなさったのに違いありません。ならば私もそれに従うだけです。
私と殿下は同じ教室で授業を受けています。ここで別れるのは不自然過ぎます。
一歩だけ下がって、私は前を行く殿下の広い背中を見つめました。後ろからならば視線に気づかれずに済むでしょう。
……愛し愛された方と結ばれることが出来ないだなんて、お可哀相な殿下。
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