一昨日のキス、明日にキス

豆狸

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17・X年7月12日⑥

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 B級グルメフェスティバルは、活気に満ちていた。
 石畳の敷き詰められた広大な空間は、屋台と人で埋め尽くされている。
 熱気がすごい。客を呼ぶ店主たちの声で耳が痛くなりそうだ。

(こ、く、は、く……?)

 そんなもの到底できそうにないことは、二十八才だろうと十八才だろうとわかった。
 雑踏の中、前を歩いていた冴島が振り返る。

「佐藤、はぐれんなよ」
「あ、うん」

 彼の広い背中を追って、菜乃花は歩いた。
 ふたりは手をつなげるような関係ではない。
 最初の目的はともかく、B級グルメフェスティバル自体は面白かった。
 小さなプラスチックのスプーンをふたつもらって、ひとつのお菓子を分け合って食べる。

「佐藤、これ! アイスにマシュマロ入ってるぞ、好きだろ?」
「美味しいね。あ、あそこのおまんじゅうパイ皮で包んでて、レーズン入りの餡子が入ってるんだって」
「くるみ入りってのも気になるな。手で割って半分こしてもいいか?」
「うん。……あの注文してからモナカに入れてくれるアイスも美味しそう」
「目敏いのはいいが、いっぺんに言うな」
「ゴメン」
「悪い、怒ってるわけじゃない。……口が悪くていけないな、俺は」
「そんなことないよ」

 甘さや冷たさで口が疲れたら、甘くない干しトマトのタルトや季節外れのおでんなどをつまみつつ、菜乃花と冴島はB級グルメフェスティバルを楽しんだ。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。
 冴島が菜乃花に言った。

「そろそろ帰るか」
「え、もう?」

 菜乃花は首を傾げた。
 辺りは明るいし、B級グルメフェスティバルへやって来る人間の数は増え続けている。

「客層見ろ。家族連れが減って、オッサンが増えて来ただろ。酒を出す屋台もあるから、土曜出勤だったのが帰りがけに来てるんだ。ここはビル街が近いからな。酔っ払いに絡まれてもバカらしいし、大通りのほうも妙なのが多くなるから帰ろうぜ」
「そっか……」

 少し残念だが仕方がない。
 菜乃花の家に門限がないのは、菜乃花がいつも暗くなる前に帰っていたからだ。
 初夏の日没にはまだ遠いものの、夕焼け色の携帯を見れば夕食の時間を過ぎていた。
 祖母や弟が心配しているかもしれない。
 菜乃花と冴島は帰路についた。
 帰りの石段でも、菜乃花は躓かなかった。

 ──駅前花壇のからくり時計で、親指姫が踊っている。
 ちょうどいい時間だった。確か二十五分発の電車があるはずだ。
 切符を買う時間もいる。
 菜乃花は冴島を見つめた。そろそろ別れを告げなくてはいけない。
 月曜日にもまた、学校で会えるはずなのだけど。

「冴島くん」
「ん?」
「あの、あの……わたしが、未来のことわかるっていったら信じてくれる?」
「信じない」

 冴島はぴしゃりと言い切った。

「未来がわかる人間なら、昨日の英語の小テストもできただろ?」
「うっ……」

 今日のWデートを思うと緊張して、昨日は一日上の空だった。
 忘れていたが、冴島の言葉で思い出した。
 英語の小テストで散々な成績を取った覚えがある。昼休み、彼に愚痴ったのだった。

「それは、そうなんだけど……あの、冴島くん、交通ルールは守ってるんだよね?」
「この前も聞いてきたよな。心配してくれんのはありがたいけど、なんか念を押されると怖いぞ」
「ゴ、ゴメン。……えっと、夜遅くに出かけたりしてないよね?」

 明るいうちの事故なら、目撃者がいるだろう。

「しねぇ。店の手伝いがあるからな。まあ店が終わった後、たまに父さんとコンビニ行ったりするけど。ジャンクな食べ物が無性に食べたくなるときがあるんだよ」

 ドキン、と菜乃花の心臓が跳ね上がった。
 十年後行方不明になっているのは冴島だけではない。彼の父もだ。

「それ、やめて!」
「は?」
「夏休みが来るまででいいから、夜にお父さんと出かけないで」
「お、おう……」

 怪訝そうな顔をされても、これで彼ら親子の命が守れるのならかまわない。
 菜乃花は冴島に詰め寄った。

「絶対、絶対だからね!」
「いいけど……もう親指姫が時計に戻ったぜ。早く切符買ったほうがいいんじゃねぇの? 俺は、佐藤の帰るのが遅くなるほうが心配だな」
「あ……うん、わたしも気をつける。冴島くんも気をつけて帰ってね」
「わかったわかった」

 苦笑する冴島と別れて、菜乃花は駅に入った。

(大丈夫。Wデートの後でも会ったはずだから、まだ大丈夫)

 心の中で呪文のように唱えながら電車に乗って、告白しなくても携帯番号やメアドを聞くことはできたのではないかと気づいたのは、家に着いたときだった。
 その夜は、冴島がちゃんと家に帰ったかどうかが心配で、菜乃花はなかなか眠れなかった。
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