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9・X年7月9日⑤
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(冴島くん家の喫茶店に行ってみようかな。……ええっ?)
十八歳の菜乃花にはまだ敷居が高いようだが、二十八歳の菜乃花はひとり暮らしで、TVや雑誌で紹介される話題の店をひとりで訪ねることも多かった。
どちらの菜乃花も、ときおり意識が分離することはもう受け入れている。
受け入れなければどうしようもない。
そうなると、どうしたって気になるのは冴島の行方である。
告白して気持ちを吹っ切ることが今の状況の目的ではないかと考えていたけれど、せっかくなら二十八歳の記憶に刻まれた、あの不幸な未来も変えてしまいたい。
それには、彼の情報がもっと必要だ。
湖に死体が投げ込まれた時期も理由もわからない以上、冴島のほうを見守るしかない。
素知らぬ振りで彼の家へ行き、生活習慣などを把握してはどうかと考えていた。
(ウェイター姿も見られるかもしれないし)
そう思う気持ちは、二十八歳と十八歳で区別はなかった。
(あ、でも……どうしたの?)
二十八歳の菜乃花が疑問を抱き、生徒手帳を取り出す。
ぱらぱらと捲って──
(制服での寄り道、禁止されてた。……え、そうなの?)
十八歳の菜乃花は、そんなこと全然気づいていなかった。
週に何回かは弥生や類と帰宅しながら、駅前のコンビニや駅裏の本屋へ寄り道している。
二十八歳の意識だからこそ、もしかしたら寄り道は禁止されていたかもと思ったのだった。コンビニや本屋なら言い訳もできるし弥生や類も誘えるけれど、校則を破ってまで行くことを考えると、冴島家の喫茶店は二十八歳の菜乃花にも敷居が高くなった。
一度家へ戻って私服に着替えてから行くのは、いかにもという感じで照れくさい。
まあ、この高校の校則はそんなに厳しく順守されてはいないのだが。
そうでなければ、フルメイクのクラスメイトなどいない。
(や、やっぱりWデートを利用して……あれ?)
菜乃花は教室を見回した。
授業はとっくに終わっている。残っている生徒は少ない。
後ろの席の八木は部活へ、その後ろの佐々木もいなくなっている。
窓の外を見ると、佐々木はちょうど正門をくぐるところだった。
(佐々木さんがWデートに誘ってくるのって、今日じゃなかったのかな)
いつなにが起こったかの正確な日付は、昼休みに漫研の部室で話していた通りはっきりしていない。
(でもWデートの土曜日まで、後二日しかないんだけどな)
今日は水曜日。
Wデートが日曜日でないのは、その日八木の試合があるからだ。
テニス部は学校が休みの土日も部活動をしているが、試合の前日は休養を取ることになっているのだと、佐々木に聞いた記憶がある。
(佐々木さん、テニス部のことに詳しかった気がする)
共有した記憶──とはいえ、はっきりしたものではない──を辿り、菜乃花は首を傾げながら教室を出た。
Wデートの後も冴島とは学校で会えた。
喫茶店へ行くのなら、最初から私服の日曜日がいいかもしれない。
(今度の日曜日、なにかあった気がする……?)
それは二十八歳の記憶ではなく、十八歳の記憶のようだ。
最近だれかが、そんな話をしていた。
(日曜日といえば、同人誌即売会かな?)
ちらりと覗いた隣のクラスには、冴島も弥生もいなかった。
冴島は店を手伝うために家へ、弥生は漫研の部室へ向かったのだろう。
日曜日のことを確かめようと思いながら、菜乃花も部室へ向かうことにした。
十八歳の菜乃花にはまだ敷居が高いようだが、二十八歳の菜乃花はひとり暮らしで、TVや雑誌で紹介される話題の店をひとりで訪ねることも多かった。
どちらの菜乃花も、ときおり意識が分離することはもう受け入れている。
受け入れなければどうしようもない。
そうなると、どうしたって気になるのは冴島の行方である。
告白して気持ちを吹っ切ることが今の状況の目的ではないかと考えていたけれど、せっかくなら二十八歳の記憶に刻まれた、あの不幸な未来も変えてしまいたい。
それには、彼の情報がもっと必要だ。
湖に死体が投げ込まれた時期も理由もわからない以上、冴島のほうを見守るしかない。
素知らぬ振りで彼の家へ行き、生活習慣などを把握してはどうかと考えていた。
(ウェイター姿も見られるかもしれないし)
そう思う気持ちは、二十八歳と十八歳で区別はなかった。
(あ、でも……どうしたの?)
二十八歳の菜乃花が疑問を抱き、生徒手帳を取り出す。
ぱらぱらと捲って──
(制服での寄り道、禁止されてた。……え、そうなの?)
十八歳の菜乃花は、そんなこと全然気づいていなかった。
週に何回かは弥生や類と帰宅しながら、駅前のコンビニや駅裏の本屋へ寄り道している。
二十八歳の意識だからこそ、もしかしたら寄り道は禁止されていたかもと思ったのだった。コンビニや本屋なら言い訳もできるし弥生や類も誘えるけれど、校則を破ってまで行くことを考えると、冴島家の喫茶店は二十八歳の菜乃花にも敷居が高くなった。
一度家へ戻って私服に着替えてから行くのは、いかにもという感じで照れくさい。
まあ、この高校の校則はそんなに厳しく順守されてはいないのだが。
そうでなければ、フルメイクのクラスメイトなどいない。
(や、やっぱりWデートを利用して……あれ?)
菜乃花は教室を見回した。
授業はとっくに終わっている。残っている生徒は少ない。
後ろの席の八木は部活へ、その後ろの佐々木もいなくなっている。
窓の外を見ると、佐々木はちょうど正門をくぐるところだった。
(佐々木さんがWデートに誘ってくるのって、今日じゃなかったのかな)
いつなにが起こったかの正確な日付は、昼休みに漫研の部室で話していた通りはっきりしていない。
(でもWデートの土曜日まで、後二日しかないんだけどな)
今日は水曜日。
Wデートが日曜日でないのは、その日八木の試合があるからだ。
テニス部は学校が休みの土日も部活動をしているが、試合の前日は休養を取ることになっているのだと、佐々木に聞いた記憶がある。
(佐々木さん、テニス部のことに詳しかった気がする)
共有した記憶──とはいえ、はっきりしたものではない──を辿り、菜乃花は首を傾げながら教室を出た。
Wデートの後も冴島とは学校で会えた。
喫茶店へ行くのなら、最初から私服の日曜日がいいかもしれない。
(今度の日曜日、なにかあった気がする……?)
それは二十八歳の記憶ではなく、十八歳の記憶のようだ。
最近だれかが、そんな話をしていた。
(日曜日といえば、同人誌即売会かな?)
ちらりと覗いた隣のクラスには、冴島も弥生もいなかった。
冴島は店を手伝うために家へ、弥生は漫研の部室へ向かったのだろう。
日曜日のことを確かめようと思いながら、菜乃花も部室へ向かうことにした。
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