愛されない花嫁はいなくなりました。

豆狸

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第九話 蘇った記憶

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「……ガウリエーレ……」
「思い出してくれたんだね、ヴィオレッタ」

 ガウリエーレは、私の義弟は悲しげに微笑みました。
 そうなのです。
 ガウリエーレは私の義弟なのです。ロンバルディ伯爵家の跡取りにするために、父が分家から引き取って養子にした方なのです。

 ──幼いころ、確かに私達は婚約者でした。

 私がロンバルディ伯爵家の跡取りで、彼は当主となった私に婿入りする予定だったのです。
 でも父が私を不貞の子と罵り、お母様と一緒に家から追い出したときに婚約は解消されました。なぜかすぐに連れ戻された後は、私の婚約者は目の前で杖を持った青年ダミアーニ様になったのです。
 アマート侯爵家へ嫁入りする私の代わりに、分家の人間だったガウリエーレが父の養子にされて義弟となりました。

「この声は……それに、ヴィオレッタだって?」

 船着き場の男性と話していたダミアーニ様が振り返りました。

「ダミアーニ様……」

 彼と見つめ合う私の肩を隣に立つガウリエーレが抱き寄せました。
 ジータは怒りを抑えきれない顔をしてダミアーニ様を睨みつけています。
 彼女がダミアーニ様を憎んでいるのは、それは──

「ああ、ヴィオレッタ探したよ。僕が悪かった。もう君を愛さないなんて言わない。初めから君を愛していれば……ロンバルディ伯爵?」
「……ガウリエーレ、手を離してください。私はダミアーニ様の婚約者です」

 これまで感じていた不安の理由がわかりました。
 私の婚約者はガウリエーレではないのです。父が、先代ロンバルディ伯爵がそれを決めたのです。
 たとえ一度は婚約者だったことがあったとしても今は違うのです。彼を愛してはいけないのです。

「違う。ヴィオレッタは僕の婚約者だ。……アマート侯爵が結婚をした時点で、彼と君との婚約は解消されている」
「え?」

 どういうことなのでしょう。
 ダミアーニ様を見ると、怯えたような表情で視線を逸らします。
 いいえ、そもそも私はどうして記憶を失ったのでしょう。なにがあったのでしょう。川遊びをしていて、はしゃぎ過ぎたわけではなさそうです。

「それは……僕がクリミナーレと結婚したのは、ヴィオレッタが彼女を花嫁として寄越したから……」
「私が? いくらダミアーニ様に愛されないとわかっていても、そんなことはしません。私は彼女と話し合って、彼女がダミアーニ様を愛しているのなら私は三年間の白い結婚の後で離縁すると……」

 告げに行ったのです。そして、それから?

「この船着き場で漕ぎ手なしの小舟を借りて下町まで下って、偶然見つけたクリミナーレさんに声をかけようとしたら、彼女は……」

 頬に傷がある男と一緒に歩いていて、私はその男を知っていました。
 直接会ったことはありません。
 父が叫んでいたのです。お母様に雇われて自分を襲った強盗一味の頭領の特徴だと。その男のせいで自分は男でなくなり、愛しい女性と結ばれることが出来なくなったのだと。

 お母様がそんなことをするはずありませんが、危険な男であることは間違いありません。
 私は踵を返し、ジータと一緒に逃げようとしたのですけれど、クリミナーレさんに気づかれてしまいました。
 貴族令嬢が下町で侍女とふたりきり、お忍びで来たことを一目で悟ったのでしょう。彼女は頬傷の男に言いました。

「……父さん、その女を捕まえて。そうしたらアマート侯爵家が手に入るわよ、と」

 捕まったら酷い目に遭わされていたことでしょう。最終的には命も奪われていたに違いありません。
 幸いまだ船着き場が、王都を流れる川が近くにありました。
 漕ぎ手付きでも漕ぎ手なしでも小舟を借りる余裕などなく、私とジータは春のまだ冷たい川に飛び込んだのです。男の魔手から逃れるために。流されている途中で頭を打って記憶を失ったというのは、お母様とジータに聞いた通りです。お母様とジータは、真実をすべて伝えることで私が傷つくのではないかと案じて、ところどころ嘘をまじえていたのでしょう。
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