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最終話 愛されない花嫁はいなくなりました。
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「……君達が川に飛び込んだのを見て、クリミナーレは死んだと思ったそうだ。生きていたとしても結婚式の後で戻ってきたのならどうしようもない。だから彼女は前から父親が弱みを握っていた神官を脅してロンバルディ伯爵邸へ入り込み、僕と……」
絶望に染まった表情で、ダミアーニ様が私の知らなかったことを補足してくださいました。
私の肩を抱く手に力を込めて、ガウリエーレが口を開きます。
「そう、彼女はあなたと結婚した。神殿で、神官に認められて。僕は気が狂いそうだったよ。いくらヴェールをかけていたって、あの花嫁は明らかにヴィオレッタじゃなかった。僕と同じように気づいて、ヴィオレッタがなにかに巻き込まれているんじゃないかと考えて口を噤んだ分家の人間はともかく、花婿のアマート侯爵と父親の先代伯爵はなぜ気づかないんだろうとね!」
私は理由を知っています。父もダミアーニ様も私を愛していなかったからです。
「田園都市で暮らすヴィオレッタのお母さんから連絡があって、記憶を失っていても命に別状はないと聞いたときは、どんなに嬉しかったことか。いざとなったらロンバルディ伯爵家も捨てるつもりでニセの花嫁のことを調べていたら、あんなことになるなんてね」
ダミアーニ様は、ガウリエーレの言葉に唇を噛みました。
彼は花嫁のクリミナーレさんが王都の侯爵邸へ引き入れた、彼女の父親を頭領とする強盗団に殺されかけたのだそうです。きっと私の父を襲ったときと同じ一味でしょう。
クリミナーレさんとダミアーニ様は正式に結婚していたので、盗みに入った振りをして彼を殺せば、アマート侯爵家は本当に彼女のものになったでしょう。
でもダミアーニ様は殺されませんでした。
父やご両親のようにクリミナーレさんに背中は刺されてしまいましたけれど、父のように男性機能を失うこともご両親のようにお亡くなりになることもなく、少し歩きにくくなっただけで済んだのです。
彼を救ったのはアマート侯爵家の忠実な老家令ニコロでした。
ニコロは、ふたりが正式に結婚していたかどうかを確認に行く途中で、侯爵邸を見張っていたクリミナーレさんの父親に殺されました。
ですがニコロの遺体を見つけた衛兵が、服を脱がされて転がされていた老人の死体が侯爵家の家令だと気づいて報せに来てくれたおかげで、ダミアーニ様は九死に一生を得たのです。
強盗団は捕縛され、彼らと深い関係があったマンデッリ男爵家も罪を暴かれることとなりました。マンデッリ男爵家はダミアーニ様の母君ペルデンテ様の実家です。
父は──強盗団の取り調べで父を襲ったのも彼らだとわかり、背後にいたのがペルデンテ様だったことを報告されて憤死したのでした。
「僕はロンバルディ伯爵になった。ヴィオレッタとアマート侯爵の婚約は解消されている。ヴィオレッタのお母さんにも許可をもらった。……後は君だけだ、ヴィオレッタ。僕と婚約して、僕の花嫁になってくれ。幼いころ語り合ったように、一緒にロンバルディ伯爵領を豊かにしていこう」
「……」
私はダミアーニ様を見つめました。
「……さようなら、ダミアーニ様」
私はガウリエーレを愛しています。
彼も私を愛してくれています。
心の中のガウリエーレを消しきれずにいたことについては、大変申し訳なかったと思います。
でも疎まれているとわかっていても、私は彼を愛そうとしていました。白い結婚の後でクリミナーレさんを迎え入れるという考えだって、ダミアーニ様の幸せを願ってのことでした。
ダミアーニ様が愛してくださっていたら、私は彼に愛を返していたでしょう。だけど彼が私に浴びせた言葉は──
私はガウリエーレに顔を向けました。
「ガウリエーレ、私を愛されている花嫁にしてくれますか?」
「当たり前だろう! 愛してる。ずっとずっと君だけを愛しているんだ! あの男に僕達の婚約を解消されても、義姉弟になってしまっても、僕の花嫁は君だと決めていた!」
ガウリエーレが私を抱き締めました。私も彼を抱き締めます。
今日のガウリエーレは、袖口を菫を模したボタンで留めています。
私の瞳と同じ菫色のボタンです。
彼と一緒にいたら、私を愛することのなかった父と同じ自分の瞳の色が好きになれそうです。
「……さようなら、ヴィオレッタ」
水面から吹き寄せた風が、呟くようなダミアーニ様の声をどこかへ運んでいきました。
やがて、花嫁を愛さないと宣言した花婿は、いつの間にか消えていました。
愛されない花嫁は、もうどこにもいません。
絶望に染まった表情で、ダミアーニ様が私の知らなかったことを補足してくださいました。
私の肩を抱く手に力を込めて、ガウリエーレが口を開きます。
「そう、彼女はあなたと結婚した。神殿で、神官に認められて。僕は気が狂いそうだったよ。いくらヴェールをかけていたって、あの花嫁は明らかにヴィオレッタじゃなかった。僕と同じように気づいて、ヴィオレッタがなにかに巻き込まれているんじゃないかと考えて口を噤んだ分家の人間はともかく、花婿のアマート侯爵と父親の先代伯爵はなぜ気づかないんだろうとね!」
私は理由を知っています。父もダミアーニ様も私を愛していなかったからです。
「田園都市で暮らすヴィオレッタのお母さんから連絡があって、記憶を失っていても命に別状はないと聞いたときは、どんなに嬉しかったことか。いざとなったらロンバルディ伯爵家も捨てるつもりでニセの花嫁のことを調べていたら、あんなことになるなんてね」
ダミアーニ様は、ガウリエーレの言葉に唇を噛みました。
彼は花嫁のクリミナーレさんが王都の侯爵邸へ引き入れた、彼女の父親を頭領とする強盗団に殺されかけたのだそうです。きっと私の父を襲ったときと同じ一味でしょう。
クリミナーレさんとダミアーニ様は正式に結婚していたので、盗みに入った振りをして彼を殺せば、アマート侯爵家は本当に彼女のものになったでしょう。
でもダミアーニ様は殺されませんでした。
父やご両親のようにクリミナーレさんに背中は刺されてしまいましたけれど、父のように男性機能を失うこともご両親のようにお亡くなりになることもなく、少し歩きにくくなっただけで済んだのです。
彼を救ったのはアマート侯爵家の忠実な老家令ニコロでした。
ニコロは、ふたりが正式に結婚していたかどうかを確認に行く途中で、侯爵邸を見張っていたクリミナーレさんの父親に殺されました。
ですがニコロの遺体を見つけた衛兵が、服を脱がされて転がされていた老人の死体が侯爵家の家令だと気づいて報せに来てくれたおかげで、ダミアーニ様は九死に一生を得たのです。
強盗団は捕縛され、彼らと深い関係があったマンデッリ男爵家も罪を暴かれることとなりました。マンデッリ男爵家はダミアーニ様の母君ペルデンテ様の実家です。
父は──強盗団の取り調べで父を襲ったのも彼らだとわかり、背後にいたのがペルデンテ様だったことを報告されて憤死したのでした。
「僕はロンバルディ伯爵になった。ヴィオレッタとアマート侯爵の婚約は解消されている。ヴィオレッタのお母さんにも許可をもらった。……後は君だけだ、ヴィオレッタ。僕と婚約して、僕の花嫁になってくれ。幼いころ語り合ったように、一緒にロンバルディ伯爵領を豊かにしていこう」
「……」
私はダミアーニ様を見つめました。
「……さようなら、ダミアーニ様」
私はガウリエーレを愛しています。
彼も私を愛してくれています。
心の中のガウリエーレを消しきれずにいたことについては、大変申し訳なかったと思います。
でも疎まれているとわかっていても、私は彼を愛そうとしていました。白い結婚の後でクリミナーレさんを迎え入れるという考えだって、ダミアーニ様の幸せを願ってのことでした。
ダミアーニ様が愛してくださっていたら、私は彼に愛を返していたでしょう。だけど彼が私に浴びせた言葉は──
私はガウリエーレに顔を向けました。
「ガウリエーレ、私を愛されている花嫁にしてくれますか?」
「当たり前だろう! 愛してる。ずっとずっと君だけを愛しているんだ! あの男に僕達の婚約を解消されても、義姉弟になってしまっても、僕の花嫁は君だと決めていた!」
ガウリエーレが私を抱き締めました。私も彼を抱き締めます。
今日のガウリエーレは、袖口を菫を模したボタンで留めています。
私の瞳と同じ菫色のボタンです。
彼と一緒にいたら、私を愛することのなかった父と同じ自分の瞳の色が好きになれそうです。
「……さようなら、ヴィオレッタ」
水面から吹き寄せた風が、呟くようなダミアーニ様の声をどこかへ運んでいきました。
やがて、花嫁を愛さないと宣言した花婿は、いつの間にか消えていました。
愛されない花嫁は、もうどこにもいません。
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