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第六話 老家令との別離<アマート侯爵ダミアーニ視点>
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父が亡くなってからのアマート侯爵家の事業は順調だったな、とダミアーニは思い出す。
同時にその理由にも思い当たる。
ロンバルディ伯爵家からの援助のおかげだけではない。
クリミナーレ親娘が老家令に追い出されたと思い込んでいたダミアーニは、慕っていた老家令を憎むのではなく、自分のメイドだったクリミナーレの母親を守れなかったとして母ペルデンテを憎んだのだ。これまで以上に彼女と距離を置いたせいで、マンデッリ男爵家へ情報が流れなかったのだろう。
「……両親の仇と言ったな、ニコロ。父上だけではないのか?」
「衛兵や医師には鼻薬を嗅がせて病死ということにしましたが、あの女はフィリポ様と同じように背中を刺されて頭を殴られた状態で死んでいました。下町で、です。ロンバルディ伯爵を襲ったときの分け前で争ったのか、あの女がついに元庭師がクリミナーレの伯父ではなく父親だと気づいたからだったのかはわかりません」
「伯爵を襲った……?」
「あの女に援助を渡していたら元庭師かマンデッリ男爵家へ流れるだけだと思いましたので、伯爵家からの援助は私が管理しておりました。それが気に入らなかったのでしょう。伯爵は命こそ助かりましたが、フィリポ様と同じように背中を刺されていました。強盗するときも一緒とは、まったく仲の良い家族でございますよ」
妻の援助で家を立て直しておきながら、その妻を追い出して学園時代の恋人のところへ通うロンバルディ伯爵は、分家の人間や使用人達から激しい非難を受けていた。
だから証拠が残らぬよう、自分の個人資産として計上した金をアマート侯爵家へ持ってきていたのだ。
彼が強盗に襲われたのは王都の侯爵邸へ向かっていたときだった。経路も日時も、ペルデンテなら強盗に教えられる。
「背中には多くの大切な機能が集まっています。伯爵があの女との再婚を諦めてヴィオレッタ様を連れ戻し、ダミアーニ様の婚約者としたのは、背中の怪我で男性機能を失ったからでしょう。婚約の話が出たのは、あの女が死ぬ前でしたからね」
ダミアーニは母ペルデンテに対する老家令ニコロの深い憎しみを感じた。
もとは若き日のロンバルディ伯爵の恋人だったという母。その母が当時羽振りの良かった父フィリポに乗り換えさえしなければ、アマート侯爵家は今も繁栄していたに違いない。
ダミアーニが存在しない代わりに、正しい婚約者だった女性が産んだ立派な跡取りがいたことだろう。昏い絶望へ沈みゆくダミアーニの前で、ニコロがなにかに気づいた。
「ダミアーニ様。ダミアーニ様はだれとご結婚なさったのですか? 神殿に残る結婚証明書に署名された名前はヴィオレッタ様なのですか? それともあの娘だったのですか?」
「……わからない」
「それで大きく事態は変わります。私は神殿へ確認に行って参ります。状況によっては騎士か衛兵の詰所へ行ってもよろしいでしょうか。あの娘がなんの考えもなくダミアーニ様に近づいたとは思えません」
ダミアーニは反論を思いつけなかった。
クリミナーレは悪人ではない、両親を刺したとしてもそれはなにかの間違いだったんだ、そう言いたいのに言葉が出ない。
ダミアーニはぼんやりと思っていた。
(たとえ婚約者よりも前からの知り合いだったとしても、婚約者のいる相手に擦り寄るような人間がまともなはずないじゃないか……)
ダミアーニが母ペルデンテにアマート侯爵家の情報を流していたら、あるいは侯爵家の事業が順調でなければ、ロンバルディ伯爵からの援助がなかったとしたら、クリミナーレと自分が再会することはなかったのだと、ダミアーニは察してしまった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ダミアーニとの会話の後、自分がクリミナーレの存在を知ったことを本人には気づかれないでくれ、と言い残して王都のアマート侯爵邸を出て行った老家令ニコロは、生きて戻ることはなかった。
同時にその理由にも思い当たる。
ロンバルディ伯爵家からの援助のおかげだけではない。
クリミナーレ親娘が老家令に追い出されたと思い込んでいたダミアーニは、慕っていた老家令を憎むのではなく、自分のメイドだったクリミナーレの母親を守れなかったとして母ペルデンテを憎んだのだ。これまで以上に彼女と距離を置いたせいで、マンデッリ男爵家へ情報が流れなかったのだろう。
「……両親の仇と言ったな、ニコロ。父上だけではないのか?」
「衛兵や医師には鼻薬を嗅がせて病死ということにしましたが、あの女はフィリポ様と同じように背中を刺されて頭を殴られた状態で死んでいました。下町で、です。ロンバルディ伯爵を襲ったときの分け前で争ったのか、あの女がついに元庭師がクリミナーレの伯父ではなく父親だと気づいたからだったのかはわかりません」
「伯爵を襲った……?」
「あの女に援助を渡していたら元庭師かマンデッリ男爵家へ流れるだけだと思いましたので、伯爵家からの援助は私が管理しておりました。それが気に入らなかったのでしょう。伯爵は命こそ助かりましたが、フィリポ様と同じように背中を刺されていました。強盗するときも一緒とは、まったく仲の良い家族でございますよ」
妻の援助で家を立て直しておきながら、その妻を追い出して学園時代の恋人のところへ通うロンバルディ伯爵は、分家の人間や使用人達から激しい非難を受けていた。
だから証拠が残らぬよう、自分の個人資産として計上した金をアマート侯爵家へ持ってきていたのだ。
彼が強盗に襲われたのは王都の侯爵邸へ向かっていたときだった。経路も日時も、ペルデンテなら強盗に教えられる。
「背中には多くの大切な機能が集まっています。伯爵があの女との再婚を諦めてヴィオレッタ様を連れ戻し、ダミアーニ様の婚約者としたのは、背中の怪我で男性機能を失ったからでしょう。婚約の話が出たのは、あの女が死ぬ前でしたからね」
ダミアーニは母ペルデンテに対する老家令ニコロの深い憎しみを感じた。
もとは若き日のロンバルディ伯爵の恋人だったという母。その母が当時羽振りの良かった父フィリポに乗り換えさえしなければ、アマート侯爵家は今も繁栄していたに違いない。
ダミアーニが存在しない代わりに、正しい婚約者だった女性が産んだ立派な跡取りがいたことだろう。昏い絶望へ沈みゆくダミアーニの前で、ニコロがなにかに気づいた。
「ダミアーニ様。ダミアーニ様はだれとご結婚なさったのですか? 神殿に残る結婚証明書に署名された名前はヴィオレッタ様なのですか? それともあの娘だったのですか?」
「……わからない」
「それで大きく事態は変わります。私は神殿へ確認に行って参ります。状況によっては騎士か衛兵の詰所へ行ってもよろしいでしょうか。あの娘がなんの考えもなくダミアーニ様に近づいたとは思えません」
ダミアーニは反論を思いつけなかった。
クリミナーレは悪人ではない、両親を刺したとしてもそれはなにかの間違いだったんだ、そう言いたいのに言葉が出ない。
ダミアーニはぼんやりと思っていた。
(たとえ婚約者よりも前からの知り合いだったとしても、婚約者のいる相手に擦り寄るような人間がまともなはずないじゃないか……)
ダミアーニが母ペルデンテにアマート侯爵家の情報を流していたら、あるいは侯爵家の事業が順調でなければ、ロンバルディ伯爵からの援助がなかったとしたら、クリミナーレと自分が再会することはなかったのだと、ダミアーニは察してしまった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ダミアーニとの会話の後、自分がクリミナーレの存在を知ったことを本人には気づかれないでくれ、と言い残して王都のアマート侯爵邸を出て行った老家令ニコロは、生きて戻ることはなかった。
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