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第二話 愛さない花婿<ロンバルディ伯爵マッテオ視点>

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 この国の貴族子女が通う学園で、ロンバルディ伯爵家子息マッテオは生涯一度の恋をした。
 相手はマンデッリ男爵家の令嬢ペルデンテだ。
 彼女は華やかで美しく、どこか蠱惑的な少女だった。

 ペルデンテもマッテオに好意的だった。
 婚約者のいないふたりは、そのままなら自然に結ばれたことだろう。
 しかし、ふたりの真実の愛は引き裂かれた。

 マッテオの親友だったアマート侯爵子息フィリポが、自分の婚約者を棄ててまでペルデンテを奪い取ったのだ。
 マッテオには、財政難だったロンバルディ伯爵家を救うための政略結婚が押し付けられた。
 相手は裕福な商家の娘だ。

(……愛せるはずがない……)

 マッテオは神殿の中、不機嫌そうな顔を隠しもせずに神官のもとへと歩いていく若きアマート侯爵ダミアーニを見送った。
 ペルデンテの産んだ息子だと思えば愛しいが、憎き恋敵フィリポの種だと思うと殺したくなる。
 先ほどマッテオ自身がダミアーニに託した花嫁はヴェールを被って俯き、静々と彼の隣を進んでいた。

 ヴィオレッタはマッテオと同じ、ロンバルディ伯爵家に伝わる菫色の瞳を持って生まれたけれど、彼は彼女を実の娘だとは思っていない。血がつながった他人だ。
 父である先代ロンバルディ伯爵や分家の人間にどんなに注意を受けても、マッテオはヴィオレッタもその母親のことも愛せなかった。
 必死で跡取りとしての勉強をして、その日の結果を自分に報告しに来る幼いヴィオレッタのことも疎ましいとしか感じなかった。

 マッテオのペルデンテに対する真実の愛は、運命に祝福されていた。
 ヴィオレッタの母親の実家からの援助でロンバルディ伯爵家が立ち直り、口煩い先代が亡くなったころ、ダミアーニの父である先代アマート侯爵フィリポが亡くなったのだ。
 マッテオからペルデンテを奪った当時のアマート侯爵家は羽振りも良かったが、フィリポが結婚して跡取りとして実権を握るようになってから落ちぶれていた。ダミアーニの祖父に当たる先々代のアマート侯爵は心労のためか、息子フィリポの結婚後すぐに亡くなっていた。

(フィリポが無能だったから落ちぶれたんだ。なのにペルデンテを私から奪って……可哀相に、ペルデンテ)

 マッテオはヴィオレッタとその母親を家から追い出し、アマート侯爵家に援助をした。
 目の上のタンコブだった自分の父親はいないし、分家ごときに恩知らずと責められても聞く耳はなかった。
 フィリポの死で幼くしてアマート侯爵となったダミアーニが十五歳になって学園に入学し、仮成人として認められる年齢となったら、ペルデンテと再婚しようと考えていた。

(なのに……)

 神殿の参列席で、マッテオは自分の拳を爪で血が出るほど握り締める。
 あのことを思い出すと、怒りが抑えられないのだ。
 真実の愛の成就目前にとある事件が起こり、マッテオは再婚出来なくなった。その上それに続くようにして、ペルデンテが病死したのだ。

(あの女のせいに決まっている! もしかしたらペルデンテも……)

 マッテオの怒りの対象はヴィオレッタの母親だが、彼は彼女の顔を思い出すことは出来なかった。
 目の前のダミアーニのように、マッテオも結婚式のときはヴェール越しにキスをした。
 愛してもいない相手に真実の愛なんて誓えない。それから追い出すまでの長い年月も彼女の顔を見たことはなかった。

 彼女の実家からの援助について意見を求められたときも、ロンバルディ伯爵家の事業について報告されたときも、王都にある伯爵邸の内政について相談されたときも、マッテオは形だけの妻の顔など見ていなかった。
 彼の心の中にはいつもペルデンテの美しい面影だけが浮かんでいた。
 生涯一度の恋なのだ。忘れられるはずがない。

(ペルデンテに似た子どもが生まれたら、ヴィオレッタもダミアーニも殺してしまおう。アマート侯爵家の跡取りなど知るものか)

 マッテオにダミアーニへの愛情はない。
 ペルデンテの血を引き、彼女に似た容姿を持つのだけが取り柄の凡愚だと思っている。
 ロンバルディ伯爵が身勝手な昏い欲望に沈んでいるうちに式は終わった。

 伯爵家にはヴィオレッタを一度追い出した後、分家から養子にした跡取りがいる。
 養子はロンバルディ伯爵本家の菫色の瞳は受け継いでいないものの、髪の毛はマッテオと同じ金髪で、顔立ちだけ見ればヴィオレッタよりもマッテオに似ていた。ヴィオレッタよりも数ヶ月遅く生まれたので、彼女の義弟ということになる。
 彼の服の胸ポケットには、菫色のハンカチが入っていた。

 その養子ガウリエーレは式の間中不機嫌そうな顔でヴェールの花嫁を見つめていたのだが、マッテオにはどうでも良いことだった。
 マッテオは跡取りである彼の婚約者すら決めていない。
 なぜならマッテオは、邪魔になればガウリエーレのことも始末する気だったのだから──
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