初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸

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第三話 クリア条件はなんですか?

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 乙女ゲーム『真珠の涙の少女』はアドベンチャーだった。
 シミュレーションと違ってパラメータ処理がなく、選択肢を選ぶだけでいいゲームだ。
 それでも普通ならいろいろフラグがあるのだけれど、『真珠の涙の少女』は攻略対象のいる場所に行って会話すれば良いだけのヌルゲーだった。

 あ、それはそれでいいと思う。ゲームとしてはそれもあり。
 深く考えず適当にゲームして、美麗なスチルに酔いしれるのも悪くない。
 ただ一応選択肢があるのにどれを選んでも好感度が上がるのと、一度上がった好感度が下がらないのが問題だった。

 なにしろ『真珠の涙の少女』は貴族社会が舞台なので、身分の上下が絶対なのだ。
 主人公ヒロインは侯爵家の庶子=平民だけど。
 だから今回平民の豪商の跡取り(平民特待生枠)を狙おうと思っていても、うっかり出会った子爵(教師枠)の好感度が上がったらそちらのルートに入ってしまう。好感度を上げまいと思っても、一度会ったらどの選択肢を選んでも勝手に上がってしまう。

 おまけに親しくなった攻略対象は、自分より上の身分の攻略対象を紹介してくる。
 なんなの、君達。NTRネトラレ願望でもあるの?……まあ好意的に考えると、庶子のヒロインに人脈を作ってあげたかったんだろうね。
 そんなわけで紹介に紹介を重ねて、気がつくといつも第二王子パイロンルートに入っているのが常だった。クールキャラは嫌いじゃないけど、どうせなら丁寧語慇懃無礼毒舌キャラのほうが良かったな。あの男タメ口だからな。第一王子と違って俺様にはなり切れてないし。

 パイロンルートオンリーになるのは私だけではなく、もうこれバグだろ、と制作会社に批判が殺到した。
 制作会社の対応策は、クリアしたキャラの好感度が上がらなくなるアクセサリーのDL配布。
 アクセサリーは元々攻略対象の好みに合わせて装着することで好感度を上げるもので、装着しなくても鬼のように好感度が上がるので無用の長物だった。このDL配布によって初めて役に立つものとなったのである。

 とはいえアクセサリーは一度にひとつしか装着できないシステムだったので、期せずして攻略ルートが限られることとなった。
 パイロンルートをクリアして対応アクセサリーを入手、彼の好感度を抑えて公爵令息(シュザンヌ様の弟君)を攻略クリアしてアクセサリー入手、公爵令息の好感度を抑えて伯爵家養子(ショタ枠)を攻略クリアしてアクセサリー入手──以下略。
 紹介以外で身分の高い攻略対象と出会ってしまったときはロードしてやり直す。

 そうやって上から順に攻略していかなければフルコンプは不可能だった。
 油断するとパイロンが来るぞ!
 ヤツはヒロインの異母姉の婚約者だ! 家にいても油断出来ない! ランダム訪問イベント発生だ!

 ……ん?
 そういえば隠しキャラの第一王子ルートへの分岐条件は、もうひとりの隠しキャラ以外の攻略対象をクリアしていることだったよね。
 なんでクリミネラは第一王子と出会えたんだろう。もしかして人生繰り返してる?

 うーん……これは仮説なんだけど、体を重ねたらクリアと見做されるっていうのはどうだろう?
 だってふたりの隠しキャラ以外のエンドスチルはそれを匂わせるものだった。
 略奪テーマの上に汚エロ落ちかよ! って叩かれてたなあ。乙女ゲームクラスタって、そういうのに抵抗ある人多かったから。肉食猛禽女は乙女ゲームじゃなくてリアルで男性落としてるんだってば!

 少なくともパイロンはクリミネラとしてた!
 学園時代ふたりの最中の声を聞いて、泣きながら逃げ出した記憶がある。自宅だったのに!
 でもルートをクリアしたにしては、パイロンはクリミネラ大好きのままだしなあ。ニューゲームが始まってないから好感度がリセットされてない?

「むー……」
「お嬢様、先ほどからお悩みのようですがどうなさいましたか?」
「ああ、ごめんなさい。そうね……筆記用具と便箋を用意してくれる? それと、あなたの美味しいお茶のお代わりも」
「かしこまりました!」

 ──結局のところ、この世界は乙女ゲーム『真珠の涙の少女』に似ているだけなのかもしれない。
 攻略対象に良く似た人々は、ゲームの強制力ではなく本心からクリミネラを愛しているのかもしれない。目に見える彼女は儚げな美少女で、内面がどうなっているのかまではわからない。計算演技女じゃないのかもしれない。
 パイロンとしてたのもヤツに押し切られただけだったのかも。

 とはいえ私が何度注意してもヤツやほかの婚約者付きの男性に自分から近寄って行ったのは事実だし、それで多くの人が被害を被っている。
 姉としてあの異母妹には痛い目を見せておくべきじゃないかな。
 俺様第一王子とは天然公爵令嬢シュザンヌ様のほうがお似合いだと思うし! ふたりのちょっと噛み合ってない会話が最高に尊かったし!……あれ、私前世思い出す前からカプ廚だったかも。

 この世界がゲームと同じかどうかはわからないけれど、とりあえず試せることは試してみよう。
 好感度を上げないアクセサリーは攻略対象のクリア条件を満たした卒業パーティの前日、学園内に出現した。そのまま放置しておくと、ニューゲームで開始したとき同じ場所に残っている。
 うっかりクリア前にゲットするとニューゲーム時に残ってないから、また同じルートを攻略クリアしないといけなくなるんだよね。しかもゲットしちゃうとクリア直前で好感度下がるからバッドエンド(年老いた豪商の妾)になるし。なんでわざわざそんな罠を仕掛けた、制作会社!

 もしクリミネラも転生者だとしたら、もう処分されているかもしれないな。などと思いながら私は、メイドが用意してくれた便箋と筆記用具でシュザンヌ様へ手紙を書いた。
 ペンを持つと、ランプで火傷した手が痛い。
 この世界に魔法はあるものの、この国の魔法技術は遅れている。魔法自体は存在するせいで医療技術は大陸全土で発展してない。完治には前世より時間がかかりそうだ。

 シュザンヌ様のご実家公爵家は学園の創立時から支援を続けていらっしゃる。
 彼女の口添えがあれば学園に入ることが出来るだろう。
 でもアクセサリーをゲット出来たとしても、どうやってクリミネラに装着させたらいいのかな。とりあえず触らせるだけでもいいんだけど。

 まあ、あるかどうかもわからないよね。
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