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第八話 出さなかった手紙
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チェンバレン公爵令息ベンジャミン様へ
私のことを想ってくださってありがとうございます。
ですが、私は貴方を愛することが出来そうにありません。
たぶん私は恋というものが出来ない人間なのでしょう。
私には理解出来ません。
貴方に言われるがままに王太子殿下を誘惑して殺められてしまった伯爵令嬢と公爵令嬢のことが、貴方に言われるがままに彼女達を殺めたあの可哀相な子爵令嬢のことが。
私という婚約者がいながら、簡単に誘惑されてしまった王太子殿下のことも。
実の母親も殺すくらい愛していた本命がいながら、お金と贈り物目当てで殿下に擦り寄っていた男爵令嬢のことも。
そしてなにより私を手に入れるために、ご自身を慕う女性達を利用して殿下を陥れたベンジャミン様のことが、私には理解出来ないのです。
弟君は貴方が私に恋していたとおっしゃいましたが、ベンジャミン様もまた、私のことをご理解なさっていなかったと存じます。
いくら殿下への恋心を感じていなかったといっても、婚約者に浮気され、殺人犯だと名指しされ、死神令嬢と呼ばれていた私が辛くなかったとお思いだったのでしょうか。
殿下を追い落として玉座に着いた貴方に愛されさえすれば、私はそれまでの苦痛をすべて忘れて幸せになれるとお考えだったのでしょうか。
実際に手を汚したのはあの可哀相な子爵令嬢です。
でも貴方の手が汚れていないと言えるのでしょうか。
もちろん王ならば、国のために清濁併せ飲むこともあるでしょう。
父もクラーク侯爵家の領民と領地のためにはなにかを切り捨てることもありました。
だけど、貴方のしたことは……
貴方は本当に私に恋してくださっていたのでしょうか?
私を想っているのに、ご自身を慕う女性達に甘い言葉を囁いていらっしゃったのでしょうか。
これは嫉妬ではありません。
ただ悲しいだけです。
王太子殿下を騙すという罪を犯しても貴方の愛を求めた彼女達のことが、彼女達を哀れに思うこともなく計画を進めていった貴方のことが、ただただ悲しいだけなのです。
あのお茶会の日に貴方が驚いていらっしゃったのは、男爵令嬢を殺める予定ではなかったからでしたのね。
たとえご実家が陞爵されたとしても、グリーディ様に未来の王妃は務まらないと計算されていたからでしょうか。
寵愛を次々と喪われた殿下の精神が、このまま王太子を続けていけるとは考えられないほど疲弊していらしたからでしょうか。
私がもう婚約を破棄されると察していらっしゃったからでしょうか。
私を慰めに侯爵邸へいらっしゃったときのお言葉からすると、最終的に貴方はすべてをあの可哀相な子爵令嬢のせいにして事を収めるおつもりだったようですね。
彼女が自発的に男爵令嬢を殺めるほど追い詰められていたのは、貴方に恋するがゆえだったのだと思います。
そもそも人間は同じ人間を殺めることに抵抗があります。
自分から騎士団や軍に入ったにもかかわらず、殺人を目前にして逃げ出す新兵は珍しいものではありません。
殺める相手が盗賊などの罪人であってさえそうなのです。
あの小柄な子爵令嬢が男爵邸で捕縛しようとしたグリーディ様の護衛の騎士達を振り切るほどのお力を発揮出来たのは、貴方への恋に狂っていたからだったのでしょう。
私はあんな風にだれかに恋することは出来ません。
……それでもあの日、私を想っていたと言ってくださってありがとうございました。
貴方が罪で手を染めるのではなく、もっとべつの方法で私を求めてくれたのなら、どんなに嬉しかったことでしょう。
だれかを犠牲にすることなく、私を求めてくださっていたならば……
考えても仕方がないことですね。
貴方はもういません。
帝国で暮らし始めたキャロルより
私のことを想ってくださってありがとうございます。
ですが、私は貴方を愛することが出来そうにありません。
たぶん私は恋というものが出来ない人間なのでしょう。
私には理解出来ません。
貴方に言われるがままに王太子殿下を誘惑して殺められてしまった伯爵令嬢と公爵令嬢のことが、貴方に言われるがままに彼女達を殺めたあの可哀相な子爵令嬢のことが。
私という婚約者がいながら、簡単に誘惑されてしまった王太子殿下のことも。
実の母親も殺すくらい愛していた本命がいながら、お金と贈り物目当てで殿下に擦り寄っていた男爵令嬢のことも。
そしてなにより私を手に入れるために、ご自身を慕う女性達を利用して殿下を陥れたベンジャミン様のことが、私には理解出来ないのです。
弟君は貴方が私に恋していたとおっしゃいましたが、ベンジャミン様もまた、私のことをご理解なさっていなかったと存じます。
いくら殿下への恋心を感じていなかったといっても、婚約者に浮気され、殺人犯だと名指しされ、死神令嬢と呼ばれていた私が辛くなかったとお思いだったのでしょうか。
殿下を追い落として玉座に着いた貴方に愛されさえすれば、私はそれまでの苦痛をすべて忘れて幸せになれるとお考えだったのでしょうか。
実際に手を汚したのはあの可哀相な子爵令嬢です。
でも貴方の手が汚れていないと言えるのでしょうか。
もちろん王ならば、国のために清濁併せ飲むこともあるでしょう。
父もクラーク侯爵家の領民と領地のためにはなにかを切り捨てることもありました。
だけど、貴方のしたことは……
貴方は本当に私に恋してくださっていたのでしょうか?
私を想っているのに、ご自身を慕う女性達に甘い言葉を囁いていらっしゃったのでしょうか。
これは嫉妬ではありません。
ただ悲しいだけです。
王太子殿下を騙すという罪を犯しても貴方の愛を求めた彼女達のことが、彼女達を哀れに思うこともなく計画を進めていった貴方のことが、ただただ悲しいだけなのです。
あのお茶会の日に貴方が驚いていらっしゃったのは、男爵令嬢を殺める予定ではなかったからでしたのね。
たとえご実家が陞爵されたとしても、グリーディ様に未来の王妃は務まらないと計算されていたからでしょうか。
寵愛を次々と喪われた殿下の精神が、このまま王太子を続けていけるとは考えられないほど疲弊していらしたからでしょうか。
私がもう婚約を破棄されると察していらっしゃったからでしょうか。
私を慰めに侯爵邸へいらっしゃったときのお言葉からすると、最終的に貴方はすべてをあの可哀相な子爵令嬢のせいにして事を収めるおつもりだったようですね。
彼女が自発的に男爵令嬢を殺めるほど追い詰められていたのは、貴方に恋するがゆえだったのだと思います。
そもそも人間は同じ人間を殺めることに抵抗があります。
自分から騎士団や軍に入ったにもかかわらず、殺人を目前にして逃げ出す新兵は珍しいものではありません。
殺める相手が盗賊などの罪人であってさえそうなのです。
あの小柄な子爵令嬢が男爵邸で捕縛しようとしたグリーディ様の護衛の騎士達を振り切るほどのお力を発揮出来たのは、貴方への恋に狂っていたからだったのでしょう。
私はあんな風にだれかに恋することは出来ません。
……それでもあの日、私を想っていたと言ってくださってありがとうございました。
貴方が罪で手を染めるのではなく、もっとべつの方法で私を求めてくれたのなら、どんなに嬉しかったことでしょう。
だれかを犠牲にすることなく、私を求めてくださっていたならば……
考えても仕方がないことですね。
貴方はもういません。
帝国で暮らし始めたキャロルより
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