初恋を奪われたなら

豆狸

文字の大きさ
上 下
6 / 9

第六話 男爵令嬢グリーディ

しおりを挟む
キョウはひとり佇んでいた。今し方、哀れな冒険者たちを送り出していた。彼らの力ない後ろ姿が見えなくなるまでだった。
キョウは干し肉を手に持っている。それはつい先ほど冒険者たちから巻き上げたものだった。肉はわずかばかりに塩の味が付いているだけで、固くてあまり美味しいとは言えなかった。
歯でかみしめる音が響く。
湿った迷宮ダンジョンの中で、その乾いた食べ物の音が不思議に耳に響いた。
そんな彼に背後からダミアンは近づいた。
「アニキ、どうしてアニキはこんなところでこんなことをしているんですか?」
それは彼が以前からずっと不思議に思っていたことだった。他の仲間たちも同様のことを考えている者たちは数多くいる。
ダミアンのそんな問いかけに、手にしていた干し肉を一切れ差し出した。
それをダミアンは受け取ると、勢いよくかぶりついた。
「美味いか?」
「いえ、マズいっす…!」
正直な感想をダミアンは述べた。
口に入っているものを咀嚼してキョウが続ける。
「…なんで、こんなにまずいものを食べてでも、こんな危ない場所にみんな来るんだろうな…」
「それはやっぱり名声とかもしかしたら財宝とか…そういったものが目当てなんじゃないですか?」
「じゃあ、お前はどうしてここにいる?」
「それは…」
そこでダミアンは言いよどんだ。
どうして彼がそれを言わなかったのか、キョウは彼が抱える事情を知っていた。彼は地上では追われている立場なのだ。
彼は盗賊だった。
とは言っても、生きていく為にその日必要な食べ物を盗んだりといった程度のものである。
官憲に追われて、この迷宮ダンジョンへと逃げて、それから《深きより忍び寄るものたちディープストーカー》にいつのまにかなっていた。
そして、それは彼だけではないのだ。
ここにいるみながそれぞれ色々な事情を抱えていた。
投げかけられた問いに答えづらいのはキョウにも分かっていた。
「俺は…気づいたらここにいたんだ。ここがどこで今がいつなのかも分からなかった。過去の記憶はないでもなかったが、それも曖昧だ。とりあえず生きていくにはどうしたらいいのかを考えていたら、偶然にも《深きより忍び寄るものたちディープストーカー》が現れた」
そして、それをキョウは襲った。
10人程度だったが、相手の武器を奪い、その武器で全員を倒し、そして、彼らの財産とも言うべきすべてを奪った。
それ以来通りすがる人々を襲っていた。
ただ、それも生きるためだ。
生きる以上のものは、とりあえず、いらなかった。
「…いや、それは何回も聞いているんで分かっています。そういう意味ではなくて、どうしてアニキは地上へ出て行かないのかってことです」
それがダミアン以下には疑問だった。
キョウは頭を抱えると、こう続けた。
「…まあ、なんだろうな。俺もそうしたいが、その機会というのが中々訪れねぇ。その内、そういうときがあればそうするかも知れないな」
なんとも、ハッキリとしない物言いである。
「なんですか、そりゃあ…?」
「まあ、半分はそういうことだ」
「ではもう半分は?」
「俺はなんかこれは勘だけどな」
「はい」
「なんか、この場所でやることがあるような気がするんだよ…」
キョウはそんな台詞を冗談とは思えないほどの真顔で言っていたのだった。
「アニキーっ!」
セバスの声が聞こえた。何かしらの報告かも知れない。
その場にいた二人は向き直る。
「新しい冒険者がやってきました! 人数は三人です!」
やれやれ今日は忙しい日だ。面倒くさいからといって逃してもいいが、生憎と今は休憩よりも、強奪したい気分だったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

──いいえ。わたしがあなたとの婚約を破棄したいのは、あなたに愛する人がいるからではありません。

ふまさ
恋愛
 伯爵令息のパットは、婚約者であるオーレリアからの突然の別れ話に、困惑していた。 「確かにぼくには、きみの他に愛する人がいる。でもその人は平民で、ぼくはその人と結婚はできない。だから、きみと──こんな言い方は卑怯かもしれないが、きみの家にお金を援助することと引き換えに、きみはそれを受け入れたうえで、ぼくと婚約してくれたんじゃなかったのか?!」  正面に座るオーレリアは、膝のうえに置いたこぶしを強く握った。 「……あなたの言う通りです。元より貴族の結婚など、政略的なものの方が多い。そんな中、没落寸前の我がヴェッター伯爵家に援助してくれたうえ、あなたのような優しいお方が我が家に婿養子としてきてくれるなど、まるで夢のようなお話でした」 「──なら、どうして? ぼくがきみを一番に愛せないから? けれどきみは、それでもいいと言ってくれたよね?」  オーレリアは答えないどころか、顔すらあげてくれない。  けれどその場にいる、両家の親たちは、その理由を理解していた。  ──そう。  何もわかっていないのは、パットだけだった。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

婚約者に選んでしまってごめんなさい。おかげさまで百年の恋も冷めましたので、お別れしましょう。

ふまさ
恋愛
「いや、それはいいのです。貴族の結婚に、愛など必要ないですから。問題は、僕が、エリカに対してなんの魅力も感じられないことなんです」  はじめて語られる婚約者の本音に、エリカの中にあるなにかが、音をたてて崩れていく。 「……僕は、エリカとの将来のために、正直に、自分の気持ちを晒しただけです……僕だって、エリカのことを愛したい。その気持ちはあるんです。でも、エリカは僕に甘えてばかりで……女性としての魅力が、なにもなくて」  ──ああ。そんな風に思われていたのか。  エリカは胸中で、そっと呟いた。

【完結】愛していないと王子が言った

miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。 「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」 ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。 ※合わない場合はそっ閉じお願いします。 ※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。

【完結】不倫をしていると勘違いして離婚を要求されたので従いました〜慰謝料をアテにして生活しようとしているようですが、慰謝料請求しますよ〜

よどら文鳥
恋愛
※当作品は全話執筆済み&予約投稿完了しています。  夫婦円満でもない生活が続いていた中、旦那のレントがいきなり離婚しろと告げてきた。  不倫行為が原因だと言ってくるが、私(シャーリー)には覚えもない。  どうやら騎士団長との会話で勘違いをしているようだ。  だが、不倫を理由に多額の金が目当てなようだし、私のことは全く愛してくれていないようなので、離婚はしてもいいと思っていた。  離婚だけして慰謝料はなしという方向に持って行こうかと思ったが、レントは金にうるさく慰謝料を請求しようとしてきている。  当然、慰謝料を払うつもりはない。  あまりにもうるさいので、むしろ、今までの暴言に関して慰謝料請求してしまいますよ?

私の名前を呼ぶ貴方

豆狸
恋愛
婚約解消を申し出たら、セパラシオン様は最後に私の名前を呼んで別れを告げてくださるでしょうか。

【完結】誠意を見せることのなかった彼

野村にれ
恋愛
婚約者を愛していた侯爵令嬢。しかし、結婚できないと婚約を白紙にされてしまう。 無気力になってしまった彼女は消えた。 婚約者だった伯爵令息は、新たな愛を見付けたとされるが、それは新たな愛なのか?

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

処理中です...