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第四話 皇太子デビッド
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お忍びで王国へやって来た帝国皇太子デビッドは、キャロルと会うまでは機嫌が良かった。
王国のアンドリュー王太子に婚約を解消されたことは気の毒に思っていたが、彼女に婚約者がいなくなったことを好機だと考えていたのだ。
デビッドにとってキャロルは、初恋の相手だったから。
キャロルの母の大公令嬢は、デビッドの父皇帝の従妹に当たる。
皇帝夫妻が実の妹のように大公令嬢を可愛がっていたので、祖父が逝去して父が即位するまでは、デビッド一家は何度もクラーク侯爵家へ遊びに来ていた。
可愛くて頑張り屋のキャロルがデビッドは大好きだった。彼女の笑顔をいつまでも見つめていたいと願っていた。
だがキャロルは王国のアンドリュー王太子と婚約した。
それだけなら良かった。初恋の相手の幸せを祈り、自分も新しい恋をしようと思えた。
しかしキャロルとアンドリューが王国の学園へ入学した後で嫌な噂が聞こえて来て、皇太子として訪れた王国の式典で会った彼女からは笑顔が消えていた。仮面のような笑みを浮かべて王太子の婚約者として振る舞うキャロルは人形のように見えた。
(絶対に俺がキャロルの笑顔を取り戻してやると意気込んでたんだがな)
久しぶりに会ったキャロルは笑顔を取り戻していた。
それだけなら良かった。王太子に婚約を解消されたキャロルは帝国へ移住すると言っていた。これからは自分がずっと彼女の笑顔を見守り続ければ良いと思えた。
だけど、キャロルはひとりで笑顔を取り戻したのではなかった。
「なあキャロル」
「なんですか、デビッドお兄様」
「帝国への移住はやめるのか?」
「……いいえ」
キャロルは悲しげに俯いた。せっかく彼女が取り戻した笑顔を自分が消してしまったことが、デビッドは悔しかった。
「そうなのか? チェンバレン公爵家のベンジャミンと結婚して、公爵夫人になるんじゃないのか? あの男には婚約者はいないだろう?」
それがキャロルへの想いのためだということをデビッドは知っていた。
彼女とアンドリューの婚約披露の式典に出席したときに、自分と同じ絶望した顔を晒していたのが彼だったからだ。
彼も自分と同じようにキャロルの幸せを祈っているのだと思っていた。だからこそ、この好機を逃すはずがない。なにより彼女の笑顔を取り戻したのはベンジャミンなのだ。
キャロルは悲しげな表情のまま首を横に振る。
「……ベンジャミン様には私の無実を証明していただくだけですわ。それだけでも過分なお優しさです。それが終わったら、私は帝国へ参ります。デビッドお兄様や小父様にはご迷惑をおかけしますけれど」
「ああ、気にすんな。うちには皇女がいないからな。親父もお袋も弟達もキャロルが来るのを歓迎してる」
「ありがとうございます」
キャロルが浮かべた笑顔に見惚れながら、デビッドは考えていた。
ベンジャミンは長子だが弟がいるはずだ。
上手く手を回して帝国へ招き、キャロルと再会させてやろう。ふたりが結ばれて幸せになるのを見届けたときにこそ、自分の初恋は終わるのだ。
(俺と違ってあの野郎は、婚約者はいなくてもキャロルひと筋ってわけじゃなかったみたいだが)
口調こそ荒っぽいものの、デビッドは生真面目な皇太子である。
自分は遊んでいなかったけれど、兄のように可愛がってくれた父皇帝の親衛隊員にいる女遊びの派手な人間はよく見ていた。
皇太子であるデビッドの前で妙な言動をしていなくても、なんとなくわかるのだ。女性のところから登城したときの乱れた空気と崩れた様子が。デビッドは同じものを学園入学後のベンジャミンに感じていた。
(まあ俺と違って近くにいるぶん、やり切れないことも多かったんだろうな。手を出した女とはちゃんと清算して、これからはキャロルひとりを大切にするってんなら許してやるさ)
ベンジャミンは優秀な男だと聞いている。
皇太子の側近に任命して、少々からかってやっても良いかもしれない。
そんなことを考えながらデビッドは、キャロルに最近の帝国事情を話し始めた。キャロルの兄にクラーク侯爵家の家督を譲って、彼女の両親も帝国へ移住すると聞いている。母親のほうは帰るのだ。
(王国はこれから大変だろうな。キャロルの兄貴のほうも早々に逃げ出してくるかもしれない)
そのときに備えて、皇太子として帝国の地盤を固めておこうとデビッドは決意した。
王国のアンドリュー王太子に婚約を解消されたことは気の毒に思っていたが、彼女に婚約者がいなくなったことを好機だと考えていたのだ。
デビッドにとってキャロルは、初恋の相手だったから。
キャロルの母の大公令嬢は、デビッドの父皇帝の従妹に当たる。
皇帝夫妻が実の妹のように大公令嬢を可愛がっていたので、祖父が逝去して父が即位するまでは、デビッド一家は何度もクラーク侯爵家へ遊びに来ていた。
可愛くて頑張り屋のキャロルがデビッドは大好きだった。彼女の笑顔をいつまでも見つめていたいと願っていた。
だがキャロルは王国のアンドリュー王太子と婚約した。
それだけなら良かった。初恋の相手の幸せを祈り、自分も新しい恋をしようと思えた。
しかしキャロルとアンドリューが王国の学園へ入学した後で嫌な噂が聞こえて来て、皇太子として訪れた王国の式典で会った彼女からは笑顔が消えていた。仮面のような笑みを浮かべて王太子の婚約者として振る舞うキャロルは人形のように見えた。
(絶対に俺がキャロルの笑顔を取り戻してやると意気込んでたんだがな)
久しぶりに会ったキャロルは笑顔を取り戻していた。
それだけなら良かった。王太子に婚約を解消されたキャロルは帝国へ移住すると言っていた。これからは自分がずっと彼女の笑顔を見守り続ければ良いと思えた。
だけど、キャロルはひとりで笑顔を取り戻したのではなかった。
「なあキャロル」
「なんですか、デビッドお兄様」
「帝国への移住はやめるのか?」
「……いいえ」
キャロルは悲しげに俯いた。せっかく彼女が取り戻した笑顔を自分が消してしまったことが、デビッドは悔しかった。
「そうなのか? チェンバレン公爵家のベンジャミンと結婚して、公爵夫人になるんじゃないのか? あの男には婚約者はいないだろう?」
それがキャロルへの想いのためだということをデビッドは知っていた。
彼女とアンドリューの婚約披露の式典に出席したときに、自分と同じ絶望した顔を晒していたのが彼だったからだ。
彼も自分と同じようにキャロルの幸せを祈っているのだと思っていた。だからこそ、この好機を逃すはずがない。なにより彼女の笑顔を取り戻したのはベンジャミンなのだ。
キャロルは悲しげな表情のまま首を横に振る。
「……ベンジャミン様には私の無実を証明していただくだけですわ。それだけでも過分なお優しさです。それが終わったら、私は帝国へ参ります。デビッドお兄様や小父様にはご迷惑をおかけしますけれど」
「ああ、気にすんな。うちには皇女がいないからな。親父もお袋も弟達もキャロルが来るのを歓迎してる」
「ありがとうございます」
キャロルが浮かべた笑顔に見惚れながら、デビッドは考えていた。
ベンジャミンは長子だが弟がいるはずだ。
上手く手を回して帝国へ招き、キャロルと再会させてやろう。ふたりが結ばれて幸せになるのを見届けたときにこそ、自分の初恋は終わるのだ。
(俺と違ってあの野郎は、婚約者はいなくてもキャロルひと筋ってわけじゃなかったみたいだが)
口調こそ荒っぽいものの、デビッドは生真面目な皇太子である。
自分は遊んでいなかったけれど、兄のように可愛がってくれた父皇帝の親衛隊員にいる女遊びの派手な人間はよく見ていた。
皇太子であるデビッドの前で妙な言動をしていなくても、なんとなくわかるのだ。女性のところから登城したときの乱れた空気と崩れた様子が。デビッドは同じものを学園入学後のベンジャミンに感じていた。
(まあ俺と違って近くにいるぶん、やり切れないことも多かったんだろうな。手を出した女とはちゃんと清算して、これからはキャロルひとりを大切にするってんなら許してやるさ)
ベンジャミンは優秀な男だと聞いている。
皇太子の側近に任命して、少々からかってやっても良いかもしれない。
そんなことを考えながらデビッドは、キャロルに最近の帝国事情を話し始めた。キャロルの兄にクラーク侯爵家の家督を譲って、彼女の両親も帝国へ移住すると聞いている。母親のほうは帰るのだ。
(王国はこれから大変だろうな。キャロルの兄貴のほうも早々に逃げ出してくるかもしれない)
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