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第一話 死神令嬢キャロル
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私はクラーク侯爵家の娘キャロルです。
死神令嬢と呼ばれています。
以前は取り巻きもいましたが、今は私の周囲にはだれもいません。
私は王太子アンドリュー殿下の婚約者です。
ええ、まだ婚約者なのです。
今日のお茶会でも殿下の隣にいるのは私ではないのに、婚約者は私のままなのです。私と殿下の婚約は政略的なものです。この王国の王家が、北の帝国の大公令嬢だった母の血を引く私を求めたのです。
私がこの婚約を受け入れたのは……最初は、殿下が初恋だからだと思っていました。
でも最近は違うのではないかと考えています。
子どもだった私は殿下の優しさに舞い上がり、恋に恋していただけだったのではないでしょうか。私の殿下への気持ちは、きっと最初から恋ではなかったのでしょう。
もし本当の恋だったとしたら、今の状況に耐えられるわけがありません。
婚約者の私の周りにはだれもいないのに、殿下が声をかけてくださることはありません。笑いかけてくださることもありません。
殿下の微笑みを独占しているのは、男爵令嬢のグリーディ様なのです。
そして、彼女がひとり目ではありません。
彼女は三人目です。
この王国の学園に通うようになってから、殿下は私以外のご令嬢と親しくなさるようになりました。最初は伯爵家のご令嬢、次は公爵家のご令嬢でしたかしら。
以前のおふたりはお亡くなりになりました。
なんの証拠もないのですが、私が犯人だと言われています。
婚約者の殿下を奪われたことで嫉妬に狂って、ご令嬢方を殺めたと思われているから、私は死神令嬢と呼ばれているのです。
でも違います。私はあのおふたりを殺していません。
嫉妬に狂った覚えもありません。
……そうなのです。殿下が私の初恋の方のはずなのに、私は殿下がほかのご令嬢と親しくなさっていても嫉妬することはなかったのです。ただ心が冷たく、冷たく凍りついてしまっただけだったのです。
だから私は思うのです。
殿下が初恋だと思っていたのは、私の勘違いだったのではないかと。
初恋だったなら、殿下の寵愛を受けている方々を殺すほど嫉妬するのが本当なのではないかと。
「……キャロル嬢。ここにいたんですね、探しましたよ」
お茶会の開かれている王宮の中庭の片隅にいた私に声をかけてくださったのは、チェンバレン公爵家のご令息ベンジャミン様でした。
ベンジャミン様は殿下と同い年の従兄です。私もおふたりと同い年です。
その関係で、幼いころから私とも仲良くしてくださっていました。
「私がいると、周囲の皆様が不快になられるでしょうから」
「莫迦な話ですね。前の二回の事件のとき、貴女はちゃんと取り調べを受けて無実が証明されている。それなのに、どこの愚か者が貴女が嫉妬に狂った連続殺人犯だなどとおっしゃっているのだか」
ベンジャミン様は従弟を見つめて、溜息交じりに言われました。
そうです、私を一番に疑ってらっしゃるのは殿下なのです。
ですのでいつまで経っても私の悪い噂が消えることはありません。婚約者の殿下が疑っているのだから間違いない、クラーク侯爵家の力で真実を握り潰しただけだ、などと陰で囁かれ続けているのです。
心が冷たく凍りついていても、悪意に満ちた視線に晒されていれば疲弊していきます。
殿下の寵愛に嫉妬するほど熱くもない私の心は擦り減っていくばかりです。
いっそもう婚約を破棄してくだされば良いのに、そう思う毎日でした。
王宮の給仕が、グリーディ様に杯を渡すのが見えました。
嫌な予感がします。これまでもそうでした。
殿下に寵愛された方々は、いつも私の目の前で血を吐いて倒れ込みました。
「……ッ!」
ああ! 私が恐れた通り、グリーディ様は杯に口を付けた後で体を折り曲げました。
硝子の杯が庭の地面に転がります。
盃に入っていたのは透明の液体なのに、うずくまった後で倒れ込んだグリーディ様の口の端からは赤いものが滴っています。
「グリーディ!」
隣にいた殿下がしゃがんで、彼女を抱き起こしました。
どうやらまだ息があるようです。
良かった、と心から思います。これまでに寵愛された方々は、そのままお亡くなりになっていたのです。
安堵で体の力が抜けた私を隣にいたベンジャミン様が支えてくださっていました。
彼も驚いているのでしょう。
瞳を見開いて、どうして……と呟いています。
「クラーク侯爵令嬢キャロル。……また君の仕業だな」
私に視線を投げかけた殿下は、眉を吊り上げておっしゃいました。
「帝国との関係を重視する父上と母上でも、さすがに三度目となっては庇うまい。死神令嬢を未来の王妃にするわけにはいかない。私は、君との婚約を破棄するッ!」
「かしこまりました」
私は妃教育で学んできた最高のカーテシーをして殿下に答えました。
グリーディ様も、これまでの方々も私が殺したのではありません。
ですが殿下の婚約者でなくなったなら、王宮でのお茶会や夜会への出席義務がなくなります。これでもう目の前でだれかが亡くなるところを見なくても良くなるのです。私はとても幸せな気持ちでした。
死神令嬢と呼ばれています。
以前は取り巻きもいましたが、今は私の周囲にはだれもいません。
私は王太子アンドリュー殿下の婚約者です。
ええ、まだ婚約者なのです。
今日のお茶会でも殿下の隣にいるのは私ではないのに、婚約者は私のままなのです。私と殿下の婚約は政略的なものです。この王国の王家が、北の帝国の大公令嬢だった母の血を引く私を求めたのです。
私がこの婚約を受け入れたのは……最初は、殿下が初恋だからだと思っていました。
でも最近は違うのではないかと考えています。
子どもだった私は殿下の優しさに舞い上がり、恋に恋していただけだったのではないでしょうか。私の殿下への気持ちは、きっと最初から恋ではなかったのでしょう。
もし本当の恋だったとしたら、今の状況に耐えられるわけがありません。
婚約者の私の周りにはだれもいないのに、殿下が声をかけてくださることはありません。笑いかけてくださることもありません。
殿下の微笑みを独占しているのは、男爵令嬢のグリーディ様なのです。
そして、彼女がひとり目ではありません。
彼女は三人目です。
この王国の学園に通うようになってから、殿下は私以外のご令嬢と親しくなさるようになりました。最初は伯爵家のご令嬢、次は公爵家のご令嬢でしたかしら。
以前のおふたりはお亡くなりになりました。
なんの証拠もないのですが、私が犯人だと言われています。
婚約者の殿下を奪われたことで嫉妬に狂って、ご令嬢方を殺めたと思われているから、私は死神令嬢と呼ばれているのです。
でも違います。私はあのおふたりを殺していません。
嫉妬に狂った覚えもありません。
……そうなのです。殿下が私の初恋の方のはずなのに、私は殿下がほかのご令嬢と親しくなさっていても嫉妬することはなかったのです。ただ心が冷たく、冷たく凍りついてしまっただけだったのです。
だから私は思うのです。
殿下が初恋だと思っていたのは、私の勘違いだったのではないかと。
初恋だったなら、殿下の寵愛を受けている方々を殺すほど嫉妬するのが本当なのではないかと。
「……キャロル嬢。ここにいたんですね、探しましたよ」
お茶会の開かれている王宮の中庭の片隅にいた私に声をかけてくださったのは、チェンバレン公爵家のご令息ベンジャミン様でした。
ベンジャミン様は殿下と同い年の従兄です。私もおふたりと同い年です。
その関係で、幼いころから私とも仲良くしてくださっていました。
「私がいると、周囲の皆様が不快になられるでしょうから」
「莫迦な話ですね。前の二回の事件のとき、貴女はちゃんと取り調べを受けて無実が証明されている。それなのに、どこの愚か者が貴女が嫉妬に狂った連続殺人犯だなどとおっしゃっているのだか」
ベンジャミン様は従弟を見つめて、溜息交じりに言われました。
そうです、私を一番に疑ってらっしゃるのは殿下なのです。
ですのでいつまで経っても私の悪い噂が消えることはありません。婚約者の殿下が疑っているのだから間違いない、クラーク侯爵家の力で真実を握り潰しただけだ、などと陰で囁かれ続けているのです。
心が冷たく凍りついていても、悪意に満ちた視線に晒されていれば疲弊していきます。
殿下の寵愛に嫉妬するほど熱くもない私の心は擦り減っていくばかりです。
いっそもう婚約を破棄してくだされば良いのに、そう思う毎日でした。
王宮の給仕が、グリーディ様に杯を渡すのが見えました。
嫌な予感がします。これまでもそうでした。
殿下に寵愛された方々は、いつも私の目の前で血を吐いて倒れ込みました。
「……ッ!」
ああ! 私が恐れた通り、グリーディ様は杯に口を付けた後で体を折り曲げました。
硝子の杯が庭の地面に転がります。
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「グリーディ!」
隣にいた殿下がしゃがんで、彼女を抱き起こしました。
どうやらまだ息があるようです。
良かった、と心から思います。これまでに寵愛された方々は、そのままお亡くなりになっていたのです。
安堵で体の力が抜けた私を隣にいたベンジャミン様が支えてくださっていました。
彼も驚いているのでしょう。
瞳を見開いて、どうして……と呟いています。
「クラーク侯爵令嬢キャロル。……また君の仕業だな」
私に視線を投げかけた殿下は、眉を吊り上げておっしゃいました。
「帝国との関係を重視する父上と母上でも、さすがに三度目となっては庇うまい。死神令嬢を未来の王妃にするわけにはいかない。私は、君との婚約を破棄するッ!」
「かしこまりました」
私は妃教育で学んできた最高のカーテシーをして殿下に答えました。
グリーディ様も、これまでの方々も私が殺したのではありません。
ですが殿下の婚約者でなくなったなら、王宮でのお茶会や夜会への出席義務がなくなります。これでもう目の前でだれかが亡くなるところを見なくても良くなるのです。私はとても幸せな気持ちでした。
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