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『王太子、お前は前の巫女に教えなかったんだね。お前が病弱だったことなんかないって。ああ、言うわけないよね。この国は婚約者である王太子が病弱だと騙して同情を買うことで、巫女自身の意思で前の悪霊と契約するよう仕向けてきたんだから。巫女が願うのはいつも王太子の幸せだけ。王太子は巫女を操って、悪霊に国を守らせる』
そう言って、悪霊サタナスは笑う。
「ディアヴォロス様はお姉様を騙していたのですか?」
怯えた顔で、ポルニが自分の婚約者を見つめる。
「ああ、そうだ。なにが悪い。この国はそうやって生き長らえてきたんだ。……なのに本当の巫女がいなくなるなんて、これからどうしたらいいんだ」
サタナスはくすくすと笑う。
『ああ、これからが楽しみだ。本当の巫女がいないから、私はだれにも止められることはない。私が新しく張った結界は、中には入れるけど外には出られないのさ。お前達が前の悪霊の力を利用するために作った仕組みは便利だね。ああ、もちろん私の結界に昔の護符は通用しないよ』
「お前の契約者はこの女なんだな?」
「ひっ!」
ディアヴォロスは婚約者ポルニの腕をつかみ、サタナスの前に突き出した。
「どんな条件で契約を結んだ」
上手く立ち回れば利益を得られる契約かもしれない。
一縷の望みをつないで、王太子は尋ねた。
サタナスが答える。
『私はその子のためにこの国の新しい神になって、その子を巫女にする』
「代償は?」
『その子を愛すること。その子を巫女にしたら、その子を愛してもいいんだってさ。霊力はほかの人間から勝手に食らえって言われたよ』
「愛すること?」
『そう。日に日に弱っていく姿が見てられなくて、会いに行くこともしなくなった前の巫女への罪悪感の裏返しで、その子の両親は異常にその子を可愛がっていた。どちらがその子を愛しているかで争ったりもしていたよ。だから、幼いその子は思ったのさ。だれもが自分を愛したがっているってね』
侯爵夫妻が妹にも巫女の真実を教えなかったのは、姉に対する罪悪感からだった。
姉を悪霊の生贄に差し出した親だと蔑まれたくなかったのだろう。
「わ、私を愛しているのなら前の神のようにこの国を守護して」
『愛し方は私が決めるよ。とりあえず、私以外がその子を愛さないように、その子の両親は食らい殺してきた。お前は殺せないけど……最初からその子を愛していないよね』
「ディアヴォロス様?」
「うるさいっ!」
侯爵家の長女メディはこの悪霊サタナスと前の悪霊に霊力を食われ、骨と皮だけになっていた。
所詮悪霊の生贄に過ぎないから巫女の貞節は重要視されていないものの、若く血気盛んなディアヴォロスでも彼女に手を出す気にはなれなかった。
ディアヴォロスがポルニに望んだのは欲望の発散だけだ。巫女になりたいと願ったのはポルニ自身、自分達の罪悪感から妹娘にも真実を教えなかったのは侯爵夫妻の勝手に過ぎない。
『その子を愛すること、お前に寿命を全うさせること。それさえ守れば食らい放題! この国の人間はすべて食らってしまおうか。それともその子とお前に子を作らせて、私のための食糧庫を作ろうか。人間はそういうの、牧場って言うんだったっけ? ああ、私はポルニの命も守るよ。だって愛しているからね。たとえその子がどんな姿になっても愛し続けるよ』
アハハハハ、と高らかに笑って新しい神こと悪霊サタナスは消え去った。
香を焚いてもポルニが呼んでも現れない。それは契約に入っていないからだ。
サタナスは古い悪霊を倒して彼女を巫女にした。後は好きにするだけだ。今回現れたのも、ただの気まぐれだろう。
王太子ディアヴォロスは考える。
しかしどんなに考えても、契約していない悪霊を利用する方法はわからない。
そもそもスィンヴォレオ王国の王家がやって来たのは、サタナスが言った通り王太子が病弱な振りをして幼い巫女を騙すことだけだ。婚約者を愛する巫女の強い霊力だけが古い悪霊を縛り付けていた。
建国王でさえ、自分を愛した王妃の霊力を利用していたにすぎない。
そして、スィンヴォレオ王国の王家には彼女の血は流れていなかった。
子孫と同じように建国王は王妃を裏切り別の女と結ばれていたのだ。
王太子の婚約者ポルニは、呆然とした顔で神殿の床に膝をついていた。
そんなつもりはなかったのだ。自分を猫可愛がりしながらも、両親が常に姉のメディのことを気にしているのが気に食わなかっただけなのだ。
神殿に閉じ籠った骨と皮のような姉が王太子の婚約者で、いずれ王妃になるのが妬ましかっただけなのだ。──それがすべて嘘だったとも知らずに。
これからどうなるのだろう、とポルニは思う。サタナスは自分が諸悪の根源であることを秘密にしてくれるだろうか。
いいや、サタナスだけが自分を愛するため国中に知らせるに違いない。
自分以外のだれも彼女を愛さないように。
神殿に閉じ籠るのは王太子の婚約者の間だけ、ディアヴォロスが即位したら王妃として外に出られるのだと思っていた。
だけど、ポルニはきっともう二度と外には出られない。
サタナスに支配され、気まぐれに家族を食らわれた国民に憎まれるのは間違いないからだ。
サタナスはポルニの命は守ってくれるかもしれないが、罵詈雑言や暴力からは守ってくれないだろう。
たとえどんな姿になってもポルニを愛すると言ったのだから。
ポルニは、巫女になるという自分を泣き叫んで止めてきた両親の言葉を聞かなかったことを後悔していた。ふたりはもういない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
お姉様のものが全部欲しいの。巫女の地位も王太子様の婚約者の座も。
そうね、あなたが新しい神様になって、私を巫女にしてちょうだい。
──お願いよ。霊力? 私の霊力では足りないって言うの? だったらどこかで勝手に食べてきたらいいじゃない。そうね、お姉様の霊力がいいわ。とっても強いから巫女に選ばれたんだもの。ズルいわよね。
そう言って、悪霊サタナスは笑う。
「ディアヴォロス様はお姉様を騙していたのですか?」
怯えた顔で、ポルニが自分の婚約者を見つめる。
「ああ、そうだ。なにが悪い。この国はそうやって生き長らえてきたんだ。……なのに本当の巫女がいなくなるなんて、これからどうしたらいいんだ」
サタナスはくすくすと笑う。
『ああ、これからが楽しみだ。本当の巫女がいないから、私はだれにも止められることはない。私が新しく張った結界は、中には入れるけど外には出られないのさ。お前達が前の悪霊の力を利用するために作った仕組みは便利だね。ああ、もちろん私の結界に昔の護符は通用しないよ』
「お前の契約者はこの女なんだな?」
「ひっ!」
ディアヴォロスは婚約者ポルニの腕をつかみ、サタナスの前に突き出した。
「どんな条件で契約を結んだ」
上手く立ち回れば利益を得られる契約かもしれない。
一縷の望みをつないで、王太子は尋ねた。
サタナスが答える。
『私はその子のためにこの国の新しい神になって、その子を巫女にする』
「代償は?」
『その子を愛すること。その子を巫女にしたら、その子を愛してもいいんだってさ。霊力はほかの人間から勝手に食らえって言われたよ』
「愛すること?」
『そう。日に日に弱っていく姿が見てられなくて、会いに行くこともしなくなった前の巫女への罪悪感の裏返しで、その子の両親は異常にその子を可愛がっていた。どちらがその子を愛しているかで争ったりもしていたよ。だから、幼いその子は思ったのさ。だれもが自分を愛したがっているってね』
侯爵夫妻が妹にも巫女の真実を教えなかったのは、姉に対する罪悪感からだった。
姉を悪霊の生贄に差し出した親だと蔑まれたくなかったのだろう。
「わ、私を愛しているのなら前の神のようにこの国を守護して」
『愛し方は私が決めるよ。とりあえず、私以外がその子を愛さないように、その子の両親は食らい殺してきた。お前は殺せないけど……最初からその子を愛していないよね』
「ディアヴォロス様?」
「うるさいっ!」
侯爵家の長女メディはこの悪霊サタナスと前の悪霊に霊力を食われ、骨と皮だけになっていた。
所詮悪霊の生贄に過ぎないから巫女の貞節は重要視されていないものの、若く血気盛んなディアヴォロスでも彼女に手を出す気にはなれなかった。
ディアヴォロスがポルニに望んだのは欲望の発散だけだ。巫女になりたいと願ったのはポルニ自身、自分達の罪悪感から妹娘にも真実を教えなかったのは侯爵夫妻の勝手に過ぎない。
『その子を愛すること、お前に寿命を全うさせること。それさえ守れば食らい放題! この国の人間はすべて食らってしまおうか。それともその子とお前に子を作らせて、私のための食糧庫を作ろうか。人間はそういうの、牧場って言うんだったっけ? ああ、私はポルニの命も守るよ。だって愛しているからね。たとえその子がどんな姿になっても愛し続けるよ』
アハハハハ、と高らかに笑って新しい神こと悪霊サタナスは消え去った。
香を焚いてもポルニが呼んでも現れない。それは契約に入っていないからだ。
サタナスは古い悪霊を倒して彼女を巫女にした。後は好きにするだけだ。今回現れたのも、ただの気まぐれだろう。
王太子ディアヴォロスは考える。
しかしどんなに考えても、契約していない悪霊を利用する方法はわからない。
そもそもスィンヴォレオ王国の王家がやって来たのは、サタナスが言った通り王太子が病弱な振りをして幼い巫女を騙すことだけだ。婚約者を愛する巫女の強い霊力だけが古い悪霊を縛り付けていた。
建国王でさえ、自分を愛した王妃の霊力を利用していたにすぎない。
そして、スィンヴォレオ王国の王家には彼女の血は流れていなかった。
子孫と同じように建国王は王妃を裏切り別の女と結ばれていたのだ。
王太子の婚約者ポルニは、呆然とした顔で神殿の床に膝をついていた。
そんなつもりはなかったのだ。自分を猫可愛がりしながらも、両親が常に姉のメディのことを気にしているのが気に食わなかっただけなのだ。
神殿に閉じ籠った骨と皮のような姉が王太子の婚約者で、いずれ王妃になるのが妬ましかっただけなのだ。──それがすべて嘘だったとも知らずに。
これからどうなるのだろう、とポルニは思う。サタナスは自分が諸悪の根源であることを秘密にしてくれるだろうか。
いいや、サタナスだけが自分を愛するため国中に知らせるに違いない。
自分以外のだれも彼女を愛さないように。
神殿に閉じ籠るのは王太子の婚約者の間だけ、ディアヴォロスが即位したら王妃として外に出られるのだと思っていた。
だけど、ポルニはきっともう二度と外には出られない。
サタナスに支配され、気まぐれに家族を食らわれた国民に憎まれるのは間違いないからだ。
サタナスはポルニの命は守ってくれるかもしれないが、罵詈雑言や暴力からは守ってくれないだろう。
たとえどんな姿になってもポルニを愛すると言ったのだから。
ポルニは、巫女になるという自分を泣き叫んで止めてきた両親の言葉を聞かなかったことを後悔していた。ふたりはもういない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
お姉様のものが全部欲しいの。巫女の地位も王太子様の婚約者の座も。
そうね、あなたが新しい神様になって、私を巫女にしてちょうだい。
──お願いよ。霊力? 私の霊力では足りないって言うの? だったらどこかで勝手に食べてきたらいいじゃない。そうね、お姉様の霊力がいいわ。とっても強いから巫女に選ばれたんだもの。ズルいわよね。
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