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第一話 恋敵は『俺』
13・推し変の予定はありません。
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自宅でのDVD鑑賞の誘いを断ってこれからの予定を告げたら、忍野くんは溜息をついて近くのウェイターを呼び止めた。
ここは注文品が届いたらお金を支払うシステムだ。
ホットコーヒーをふたつ頼んで、彼がわたしを見つめる。
「目の前でスマホいじっててもかまわないから、映画館の上映時間くらい座って調べろ。車で運んでやるから、電車の時間は気にしなくていい。最低限の移動時間だけ計算に入れとけ」
「忍野くん……俳優忍野薫の情報提供以外でも役に立つんだね」
あ、いけない。
ついつい失礼な本音がこぼれ出ちゃった。
忍野くんは形の良い眉毛を吊り上げた。……ゴメン。
「ゴメン、ありがとう。でもいいよ、悪いから」
「俺も一緒に観るから遠慮すんな。なんたって『友達』だからな」
「応援上映じゃないから鑑賞中はしゃべらないよ? 忍野くんさっき、わたしの感想が楽しみだって言ってたのに」
「ナイトショー上映の後で夕食くらいつき合え。感想はそのとき聞かせてくれたらいい。しかしお前、一日に同じの何度も観てなにが楽しいんだ?」
「フィルム自体は同じでも、わたしの見るところが違うんだよ。初回は俳優忍野薫だけ見ちゃうし、二度目は全体を見て、三度目はほかの役者さんも見て……ああでも、今回は本当に良かったから、ずっと俳優忍野薫だけを目で追っちゃうかもしれない!」
お金がかかるから観劇や映画鑑賞の繰り返しが不思議に思われるだけで、本当はだれでも好きなものは繰り返すんだと思う。
そして、繰り返すたびに好きになるのだ。
忍野くんは、なんだか眩しそうな顔をしていた。
「大丈夫? そっち日が当たるなら場所替わろうか?」
「なんで」
「なんだか眩しそうな顔してたから」
「バーカ。お前に見とれてたんだよ」
「……っ?」
言葉に詰まったわたしの前で、忍野くんはウェイターからコーヒーを受け取って代金を支払ってくれた。
猫舌のわたしのためにたっぷりミルクを入れて渡してくれる。
自分のぶんのカップには砂糖をあるだけ入れていた。
「冷めるまで飲めなくても、スマホいじるんだから触って指先温めろ」
「……うん」
忍野くんがニヤリと笑う。
「俺、気が利くだろ?」
「そうだね。さすが女性関係が途切れないだけあるね」
「この三年間は女作ってないって言っただろ。……これからはずっとお前だけだ」
あまりに真面目な声で言われて、なんだか心臓が跳ねる。
タイミングを逸してしまうと、いつものように受け流せない。
「裏川……」
「な、なに? あくまで恋人に『なるかもしれない』友達なんだから、強引に口説いたりするのはやめてよね」
「わかってる。あのさ、いつか俳優忍野薫じゃなくて、素顔の俺に推し変してくれる可能性って、なんパーセントくらいある?」
もちろん答えは決まっている。
「いや、それは絶対にない」
一瞬弾んだ心臓は、あっという間に通常運転に戻っていた。
あんまり交際経験がないからうろたえちゃったけど、俳優忍野薫と忍野くんを同列で語られてはたまらない。
しかし忍野くん、よく推し変なんて言葉知ってたな。
忍野くんは唇を尖らせて、自分のコーヒーを飲み始めた。
わたしはカップで指先を温めながら、上手く組み合わせたらこれから映画が二回鑑賞できそうな映画館がないか、スマホで調べ始めたのだった。
いや、三回でもいいんだけど。
東京のベッドタウンなだけあって、この町には結構娯楽施設が充実している。
忍野くんの呟きが耳に忍び込んできた。
「……自分が恋敵ってなんなんだよ……」
だから同列で語るなってば。
ここは注文品が届いたらお金を支払うシステムだ。
ホットコーヒーをふたつ頼んで、彼がわたしを見つめる。
「目の前でスマホいじっててもかまわないから、映画館の上映時間くらい座って調べろ。車で運んでやるから、電車の時間は気にしなくていい。最低限の移動時間だけ計算に入れとけ」
「忍野くん……俳優忍野薫の情報提供以外でも役に立つんだね」
あ、いけない。
ついつい失礼な本音がこぼれ出ちゃった。
忍野くんは形の良い眉毛を吊り上げた。……ゴメン。
「ゴメン、ありがとう。でもいいよ、悪いから」
「俺も一緒に観るから遠慮すんな。なんたって『友達』だからな」
「応援上映じゃないから鑑賞中はしゃべらないよ? 忍野くんさっき、わたしの感想が楽しみだって言ってたのに」
「ナイトショー上映の後で夕食くらいつき合え。感想はそのとき聞かせてくれたらいい。しかしお前、一日に同じの何度も観てなにが楽しいんだ?」
「フィルム自体は同じでも、わたしの見るところが違うんだよ。初回は俳優忍野薫だけ見ちゃうし、二度目は全体を見て、三度目はほかの役者さんも見て……ああでも、今回は本当に良かったから、ずっと俳優忍野薫だけを目で追っちゃうかもしれない!」
お金がかかるから観劇や映画鑑賞の繰り返しが不思議に思われるだけで、本当はだれでも好きなものは繰り返すんだと思う。
そして、繰り返すたびに好きになるのだ。
忍野くんは、なんだか眩しそうな顔をしていた。
「大丈夫? そっち日が当たるなら場所替わろうか?」
「なんで」
「なんだか眩しそうな顔してたから」
「バーカ。お前に見とれてたんだよ」
「……っ?」
言葉に詰まったわたしの前で、忍野くんはウェイターからコーヒーを受け取って代金を支払ってくれた。
猫舌のわたしのためにたっぷりミルクを入れて渡してくれる。
自分のぶんのカップには砂糖をあるだけ入れていた。
「冷めるまで飲めなくても、スマホいじるんだから触って指先温めろ」
「……うん」
忍野くんがニヤリと笑う。
「俺、気が利くだろ?」
「そうだね。さすが女性関係が途切れないだけあるね」
「この三年間は女作ってないって言っただろ。……これからはずっとお前だけだ」
あまりに真面目な声で言われて、なんだか心臓が跳ねる。
タイミングを逸してしまうと、いつものように受け流せない。
「裏川……」
「な、なに? あくまで恋人に『なるかもしれない』友達なんだから、強引に口説いたりするのはやめてよね」
「わかってる。あのさ、いつか俳優忍野薫じゃなくて、素顔の俺に推し変してくれる可能性って、なんパーセントくらいある?」
もちろん答えは決まっている。
「いや、それは絶対にない」
一瞬弾んだ心臓は、あっという間に通常運転に戻っていた。
あんまり交際経験がないからうろたえちゃったけど、俳優忍野薫と忍野くんを同列で語られてはたまらない。
しかし忍野くん、よく推し変なんて言葉知ってたな。
忍野くんは唇を尖らせて、自分のコーヒーを飲み始めた。
わたしはカップで指先を温めながら、上手く組み合わせたらこれから映画が二回鑑賞できそうな映画館がないか、スマホで調べ始めたのだった。
いや、三回でもいいんだけど。
東京のベッドタウンなだけあって、この町には結構娯楽施設が充実している。
忍野くんの呟きが耳に忍び込んできた。
「……自分が恋敵ってなんなんだよ……」
だから同列で語るなってば。
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