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第一話 恋敵は『俺』
8・アイツのスキャンダル①
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忍野くんとの結婚を拒むわたしに溜息を漏らして、招木さんが言葉を続ける。
「忍野くん、プロポーズを断られたショックで俳優業を引退するかもしれませんよ?」
「招木さんにまで、そんなふざけたこと言ったんですか?」
「結構本気だと思いますよ?」
「そんなの……困ります。それに忍野くん、役者を辞めるなんてできないと思います」
忍野くん本人にも言ったものの、それが俳優忍野薫ファンであるわたしの願望であることはわかっていた。
彼の本当の気持ちは、彼にしかわからない。
「どうでしょうね。彼が引退したら、お父さんが嬉々として生前分与してくださるんじゃないですか? お父さんの奥さんにしても、夫の不義の証拠が衆目に晒されることを思えば多少の出費も受け入れることでしょう」
「でも……忍野くんは俳優を辞めないと思います。これくらいで辞められるなら、とっくの昔に辞めてましたよ。わたしは、俳優忍野薫は天才だと思ってます。だけど天才だからって最初っからなんでもできるはずがないし、役者である以上周囲に合わせて演技しなくちゃいけないし、監督やプロデューサーの意向にも沿わなくてはいけない」
「ええ、そうですね。はは、忍野くんが大学生のときに主演した自主製作映画は酷かったですねえ」
わたしは、招木さんの言葉に大きく頷いた。
必死でバイトして貯めたお金で観に行った自主製作映画の惨憺たる内容が蘇る。
映画研究会を仕切っていた女性会長が忍野くんとつき合っていたのよね。
言っちゃ悪いけど、相手が望んでいることではなく自分の思い込みを押しつけて感謝を強要するタイプの自称『尽くす女』だった。
「ですよね。ほかの登場人物がみんな忍野くんをマンセーするだけの映画だったせいで、せっかくの彼の演技が薄っぺらくなっちゃって。……招木さん、どうして止めてくれなかったんですか?」
「期待しちゃったんです。裏川さんたちの高校の演劇部が全国大会で優勝した『源氏物語』のときのように周囲の演者が忍野くんに引き上げられて、結果名作が生まれることを。失敗したとしても学生のお遊びに過ぎませんし、ちゃんとした演技修行は当時所属していた劇団のほうでやってもらえばいいと思って」
柔らかな物腰に騙されそうになるが、招木さんはかなりのスパルタだ。
放任主義ともいう。
それでいて必要なときにはちゃんと手を差し伸べてくれるのだから、俳優忍野薫はいい事務所に入ったものだ。
「もう……とにかく、いろいろ辛いことがあっても彼は続けてきたんです。整った顔とお父さんのお金で楽に生きるより、苦しんでも俳優忍野薫として生きる道を選んで……」
「どんなに好きな道でも、認められないのは苦しいものですよ」
「俳優忍野薫は認められてきてます。『キラーナイト』シリーズは映画化したし、テレビの連続ドラマだって決まってるんですよ? 来年の今ごろには、きっと日本中のだれもが彼の演技を見たいと思ってます」
「だったら僕も嬉しいんですけどねえ」
招木さんが諦観を込めた苦笑を漏らした。
「間違いありません!」
思わず熱く断言したけれど、招木さんの声は諦観を含んだままだ。
「でもね、裏川さん。これまでの忍野くんは、あなた以外には認められてなかったんですよ」
「五年前の『ムーンドール』の舞台での暗殺者役のとき、大絶賛されてたじゃないですか!」
「スキャンダルが明らかになるまでの間だけ、ですね」
「忍野くん、プロポーズを断られたショックで俳優業を引退するかもしれませんよ?」
「招木さんにまで、そんなふざけたこと言ったんですか?」
「結構本気だと思いますよ?」
「そんなの……困ります。それに忍野くん、役者を辞めるなんてできないと思います」
忍野くん本人にも言ったものの、それが俳優忍野薫ファンであるわたしの願望であることはわかっていた。
彼の本当の気持ちは、彼にしかわからない。
「どうでしょうね。彼が引退したら、お父さんが嬉々として生前分与してくださるんじゃないですか? お父さんの奥さんにしても、夫の不義の証拠が衆目に晒されることを思えば多少の出費も受け入れることでしょう」
「でも……忍野くんは俳優を辞めないと思います。これくらいで辞められるなら、とっくの昔に辞めてましたよ。わたしは、俳優忍野薫は天才だと思ってます。だけど天才だからって最初っからなんでもできるはずがないし、役者である以上周囲に合わせて演技しなくちゃいけないし、監督やプロデューサーの意向にも沿わなくてはいけない」
「ええ、そうですね。はは、忍野くんが大学生のときに主演した自主製作映画は酷かったですねえ」
わたしは、招木さんの言葉に大きく頷いた。
必死でバイトして貯めたお金で観に行った自主製作映画の惨憺たる内容が蘇る。
映画研究会を仕切っていた女性会長が忍野くんとつき合っていたのよね。
言っちゃ悪いけど、相手が望んでいることではなく自分の思い込みを押しつけて感謝を強要するタイプの自称『尽くす女』だった。
「ですよね。ほかの登場人物がみんな忍野くんをマンセーするだけの映画だったせいで、せっかくの彼の演技が薄っぺらくなっちゃって。……招木さん、どうして止めてくれなかったんですか?」
「期待しちゃったんです。裏川さんたちの高校の演劇部が全国大会で優勝した『源氏物語』のときのように周囲の演者が忍野くんに引き上げられて、結果名作が生まれることを。失敗したとしても学生のお遊びに過ぎませんし、ちゃんとした演技修行は当時所属していた劇団のほうでやってもらえばいいと思って」
柔らかな物腰に騙されそうになるが、招木さんはかなりのスパルタだ。
放任主義ともいう。
それでいて必要なときにはちゃんと手を差し伸べてくれるのだから、俳優忍野薫はいい事務所に入ったものだ。
「もう……とにかく、いろいろ辛いことがあっても彼は続けてきたんです。整った顔とお父さんのお金で楽に生きるより、苦しんでも俳優忍野薫として生きる道を選んで……」
「どんなに好きな道でも、認められないのは苦しいものですよ」
「俳優忍野薫は認められてきてます。『キラーナイト』シリーズは映画化したし、テレビの連続ドラマだって決まってるんですよ? 来年の今ごろには、きっと日本中のだれもが彼の演技を見たいと思ってます」
「だったら僕も嬉しいんですけどねえ」
招木さんが諦観を込めた苦笑を漏らした。
「間違いありません!」
思わず熱く断言したけれど、招木さんの声は諦観を含んだままだ。
「でもね、裏川さん。これまでの忍野くんは、あなた以外には認められてなかったんですよ」
「五年前の『ムーンドール』の舞台での暗殺者役のとき、大絶賛されてたじゃないですか!」
「スキャンダルが明らかになるまでの間だけ、ですね」
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