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第一話 恋敵は『俺』
5・友達だった覚えはない
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わたしは忍野くんに駆け寄って、その顔を見上げた。
彼は百八十センチちょっとの身長で、わたしは百五十センチ前後だ。
少々距離はあるものの、覗き込んだ瞳はウソをついていないように思えた。
驚きと喜びで体が震えるのを感じながら、確認する。
「ホント? いつのDVD? 一年のときのロミジュリ? 二年のときのハムレット? 三年のときの源氏物語?」
「全部」
「うわー。わたし演劇部関係者じゃないし、忍野くんは捨てたっていうから諦めてたんだよねー。貸してくれるの?」
「一緒に観ようっつっただろうが。……泊まってけよ。エロいことはまだ、しないから」
なに言ってるんだ、コイツ。
一緒に観ようって言われたのは、あえて聞き流したんだよ。
これまでも一緒に俳優忍野薫の出演作を鑑賞したことはあるけど、いつも昼間だったでしょうが。
忍野くんがどこに住んでたときも、訪ねたことはあるが泊まったことはない。
女の子が泊まりに来る前に掃除させられたこともあったっけ。
五年前干されてから、しばらく忍野くん荒れてたのよね。
わたしはガチ恋勢じゃないから、演技の肥やしになるんなら俳優忍野薫の女性関係ドンと来いってスタンス。
どっちかというとナンパよりも熱愛のほうが演技に深みが出ていいと思うんだけど。
ただ相手のいる女性とだけは勘弁してほしい。
スキャンダル起こすと、干されないまでも露出が減っちゃったりするからなあ。
というか、プロポーズされただけでも青天の霹靂なのに、忍野くんはわたしにエロいことまでするつもりなのか。
どうしちゃったんだよ!
役者として頑張ると決めて立ち直ったものの、禁欲が行き過ぎたのかな。
「……貸してくれないんならいいよ。帰る」
わたしはスマホに向き直った。
その反応が意外だったのか、忍野くんが焦り出す。
「ちょっと待て、ちょっと待て、お前。せめて車で送らせろ、危ないから。ここらは酒場の看板で明るいが、お前のアパートの周りは真っ暗だぞ?」
「タクシー呼ぶから」
さっきも言ったでしょ?
わたしはネットで、このマンションの近くにあるタクシー会社を検索した。
「裏川っ!」
「……人がスマホしてるときにうるさい」
睨みつけてやると、忍野くんは潤んだ瞳で見つめてきた。
「おっお前が俺を捨てるなら、俺は役者を辞めるぞ? お前の大好きな俳優忍野薫が消えちまうんだぞ? それでもいいのか?」
……バカじゃないの?
わたしはスマホの画面に視線を戻した。
適当なタクシー会社の電話番号をタップする。
わたしを口説くなんてくだらないことで役者を辞めるなんて口にした忍野くんにムカつきながら、反論する。
「……忍野くんは役者を辞めない、辞められないよ。わたしにプロポーズを断られたくらいで辞められるんなら、とっくの昔に辞めてるでしょ。むしろ俳優忍野薫として頑張るより、素顔の忍野くんでチャラチャラしてたほうが楽に生きられたと思うよ?」
忍野くんは実は、とあるお金持ちの家の庶子、愛人の子どもだ。
お父さんに似た顔で俳優稼業をすることを反対されて、援助をすべて断って自力で生活している。
大学のときの授業料も、奨学金とバイト代で賄ったはずだ。
お母さんは彼が高校に入学する前に亡くなったらしい。
「……裏川」
「なに」
忍野くんは、わたしの前に土下座した。
床のカーペットに額を擦りつけながら言う。
「い、いきなりプロポーズなんかして悪かった。お前も戸惑うよな? 俺には前科もたくさんあるし、変わったと言っても信じられないだろう。だから……まずは恋人同士から始めないか? 友達から、一歩踏み出してくれるだけでいいんだ」
「ヤダ。というか、忍野くんと友達だった覚えはないんだけど?」
彼は百八十センチちょっとの身長で、わたしは百五十センチ前後だ。
少々距離はあるものの、覗き込んだ瞳はウソをついていないように思えた。
驚きと喜びで体が震えるのを感じながら、確認する。
「ホント? いつのDVD? 一年のときのロミジュリ? 二年のときのハムレット? 三年のときの源氏物語?」
「全部」
「うわー。わたし演劇部関係者じゃないし、忍野くんは捨てたっていうから諦めてたんだよねー。貸してくれるの?」
「一緒に観ようっつっただろうが。……泊まってけよ。エロいことはまだ、しないから」
なに言ってるんだ、コイツ。
一緒に観ようって言われたのは、あえて聞き流したんだよ。
これまでも一緒に俳優忍野薫の出演作を鑑賞したことはあるけど、いつも昼間だったでしょうが。
忍野くんがどこに住んでたときも、訪ねたことはあるが泊まったことはない。
女の子が泊まりに来る前に掃除させられたこともあったっけ。
五年前干されてから、しばらく忍野くん荒れてたのよね。
わたしはガチ恋勢じゃないから、演技の肥やしになるんなら俳優忍野薫の女性関係ドンと来いってスタンス。
どっちかというとナンパよりも熱愛のほうが演技に深みが出ていいと思うんだけど。
ただ相手のいる女性とだけは勘弁してほしい。
スキャンダル起こすと、干されないまでも露出が減っちゃったりするからなあ。
というか、プロポーズされただけでも青天の霹靂なのに、忍野くんはわたしにエロいことまでするつもりなのか。
どうしちゃったんだよ!
役者として頑張ると決めて立ち直ったものの、禁欲が行き過ぎたのかな。
「……貸してくれないんならいいよ。帰る」
わたしはスマホに向き直った。
その反応が意外だったのか、忍野くんが焦り出す。
「ちょっと待て、ちょっと待て、お前。せめて車で送らせろ、危ないから。ここらは酒場の看板で明るいが、お前のアパートの周りは真っ暗だぞ?」
「タクシー呼ぶから」
さっきも言ったでしょ?
わたしはネットで、このマンションの近くにあるタクシー会社を検索した。
「裏川っ!」
「……人がスマホしてるときにうるさい」
睨みつけてやると、忍野くんは潤んだ瞳で見つめてきた。
「おっお前が俺を捨てるなら、俺は役者を辞めるぞ? お前の大好きな俳優忍野薫が消えちまうんだぞ? それでもいいのか?」
……バカじゃないの?
わたしはスマホの画面に視線を戻した。
適当なタクシー会社の電話番号をタップする。
わたしを口説くなんてくだらないことで役者を辞めるなんて口にした忍野くんにムカつきながら、反論する。
「……忍野くんは役者を辞めない、辞められないよ。わたしにプロポーズを断られたくらいで辞められるんなら、とっくの昔に辞めてるでしょ。むしろ俳優忍野薫として頑張るより、素顔の忍野くんでチャラチャラしてたほうが楽に生きられたと思うよ?」
忍野くんは実は、とあるお金持ちの家の庶子、愛人の子どもだ。
お父さんに似た顔で俳優稼業をすることを反対されて、援助をすべて断って自力で生活している。
大学のときの授業料も、奨学金とバイト代で賄ったはずだ。
お母さんは彼が高校に入学する前に亡くなったらしい。
「……裏川」
「なに」
忍野くんは、わたしの前に土下座した。
床のカーペットに額を擦りつけながら言う。
「い、いきなりプロポーズなんかして悪かった。お前も戸惑うよな? 俺には前科もたくさんあるし、変わったと言っても信じられないだろう。だから……まずは恋人同士から始めないか? 友達から、一歩踏み出してくれるだけでいいんだ」
「ヤダ。というか、忍野くんと友達だった覚えはないんだけど?」
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