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46・恋するルーカス<恋敵と話す編>

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「おい色男、陽菜とキスしたんだってな」

 応接室に入ってきたルーカスを見て、開口一番ユーニウスは言った。
 彼の向かいのソファに腰かけて、ルーカスは不機嫌そうに答える。

「陽菜様に聞いたのですか?」
「ああ。さっき会いに行って様子がおかしかったからカマかけた。……なにやってんだ、聖騎士。貴様らは純潔の誓いとやらを立ててるんじゃないのかよ。陽菜を息抜きの道具にしようってんなら許さないぞ」
「そんなつもりはありません」
「まれ人が知識の割にそういうことに疎いからって、無理矢理ものにしようなんて思ってんじゃないだろうな?」
「……そんなわけないでしょう!」

 ルーカスは応接室のテーブルを殴った。
 ちょうどコルネリウスが持ってきたルーカスの分の茶碗が飛び上がる。
 イェルクに命じられた団員がユーニウスのために用意したお茶は、とっくに冷えていた。

「私だって……私だってあんな場所でキスなんてするつもりはありませんでした。でも……」

 テーブルに肘をつき、ルーカスは両手で自分の顔を覆った。

「……陽菜様が可愛過ぎるから……ダンスの後で汗ばんだ体から甘い香りはするし、私の瞳の色に合わせたドレスはとてもよくお似合いだし、肌はすべすべで腕や腰は柔らかくて……私のことを大切だと、大好きだと言ってくださって……」
「はんっ! 貴様がこの世界に来た陽菜を見つけて助けたから感謝してるだけだ。それにつけ込むとは最低の男だな!」
「私だってわかっています。……陽菜様を穢すようなことはしたくないのに」
「……」

 ルーカスの呟きを聞いたユーニウスは、背後に立つイェルクに目を向けた。
 上司を指差して首を傾げる異国の皇子に、イェルクは重々しく頷いて見せる。
 ユーニウスはルーカスに向き直って尋ねた。

「あー聖騎士……ルーカスだったっけ? 貴様、まだ、なのか?」
「なんのことです?」
「いや、その……貴様は純潔の誓いを破ったことはないのか?」
「あるわけないでしょう」

 うわー、という顔を向けられて、イェルクとコルネリウスは何度も頷いた。

「あ、ああ、そうか。うん、それは偉い。自分の立てた誓いを守るとは立派だぞ、うん。エンダーリヒ教団のことには詳しくないが、冬の魔神様でもお褒めくださるだろう。貴様は一生誓いを守り続けるといい。なあに、キスくらいなら誓いを破ったことにはならぬ。陽菜のことは俺に任せて、貴様は今後も清廉潔白な行動に勤しめ」

 ユーニウスは苦笑する口元を手で隠しながら、ルーカスに言う。
 ルーカスは顔を上げ、ユーニウスを睨みつけた。

「失礼ですがユーニウス殿下。皇帝の長男でありながらヒエムス魔帝国の皇太子にも選ばれていないあなたごときに、陽菜様を任せられるわけないじゃないですか。それに……あなたは陽菜様を穢すおつもりでしょう?」
「一々穢すだなんだと大仰な言葉を使うなよ。あー……愛し合って、ひとつになるんだろ? 子どもは三人くらい欲しいな。陽菜に似た女の子と、娘を守る男の子がふたりだ。陽菜が望むなら親父やクィンティーリスを倒して皇帝になってもいいが、アイツはそんなこと望まないだろうな。魔帝国の片隅で、家族五人で炬燵に入って蜜柑を食べるんだ」
「……」

 うっとりと語り始めたユーニウスを睨みつけ、ルーカスが立ち上がった。
 腰の剣を抜き、ユーニウスに突きつける団長を部下のコルネリウスが後ろから羽交い絞めにする。

「ちょ、落ち着いてください、団長! 相手は外国の要人で異教の魔族です!」
「陽菜様に相手にもされてないくせに、くだらない妄想に耽るようなやからは滅するしかありません」
「……本当の自分を見せて嫌われるのが怖くて、穢すなんて言葉で逃げてるガキにどうこう言われる筋合いはないな。俺は昨夜陽菜とダンスを踊ったし、今日はプリンをご馳走になった。恋はこれから始めればいい」
「それくらいで満足しているとは可哀相な男ですね。私はヴァーゲから王都までの旅の間、ずっと陽菜様の料理を食べてきました」

 それは同行していた聖騎士団全員、という言葉をコルネリウスとイェルクは飲み込んだ。
 そして厳密に言えば陽菜の料理ではなく、彼女の活性化の力で増えたり加工されたりした食べ物を元にした料理を食べたのだ。
 一番大切なことを思い出して、ルーカスはほんのりと頬を染める。

「温泉に入った陽菜様に私の肌着を貸して、『彼シャツ』を着てもらいました」
「『彼シャツ』……だと?」

 まれ人との関わりの深いヒエムス魔帝国の皇子ユーニウスは、その言葉を知っていた。
 以前陽菜が考えていたように、こちらの世界の出口は時代も場所もまちまちなのだが、元の世界の入り口は現代日本に限られているのだ。

「貴様、ズルいぞ! まさか温泉に入ってる陽菜を覗いたりしてないだろうな!」
「あなたじゃあるまいし、私はそんなことしませんよ」
「俺だってしないぞ! 俺は堂々と一緒に入る!」
「なに言ってるんですか、いやらしい!」
「男はみんないやらしいんだよ! 大切なのは同意を得ることだ。くだらない誓いに縛られて、陽菜自身の気持ちを無視してる貴様にどうこう言われる筋合いはないっ!」

 興奮して立ち上がったユーニウスの角と翼が伸びる。
 魔族の竜的な身体特徴は体内の魔力に影響され、体内の魔力は本人の感情で状態を変化させるのだ。
 コルネリウスとイェルクが、一触即発のふたりを止める。

「落ち着いてください、団長! 今にも魔導を放ちそうなほど剣が光ってますよ!」
「ユーニウス殿下、尻尾まで伸ばさないでください。壁に刺さってます」
「……壁は弁償してもらうとして、ふたりには練兵場で対決してもらえばいいんじゃない? くだらない対立だからこそ、一度爆発しないと収まらないよ。団長は団長でなんか拗らせてるし」

 応接室の使われていない古い食器棚からエーリヒが現れて言った。

「お前、いつもそんなとこに隠れてたのかよ」
「だがまあ一理ある。……ルーカス団長、ユーニウス殿下、練兵場で好きなだけ戦ってください。魔力が漏れないよう結界も張りますから」
「俺、結界用の魔結晶強化してくる。……いくつか交換して、魔族の魔力を吸収させてみよう」
「ああ、頼む。……なんか言ったか、エーリヒ」
「お前なんか悪いこと考えてない?」
「……別に」

 エーリヒの顔は怪しさいっぱいだったけれど、自分達の目の前にいるルーカスとユーニウスを押さえているコルネリウスとイェルクに彼は追えない。
 ──しばらくして、練兵場に宿舎にいた聖騎士団の団員が集まった。
 団長の執務室を護衛しているものを除いて。
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