46 / 51
46・恋するルーカス<恋敵と話す編>
しおりを挟む
「おい色男、陽菜とキスしたんだってな」
応接室に入ってきたルーカスを見て、開口一番ユーニウスは言った。
彼の向かいのソファに腰かけて、ルーカスは不機嫌そうに答える。
「陽菜様に聞いたのですか?」
「ああ。さっき会いに行って様子がおかしかったからカマかけた。……なにやってんだ、聖騎士。貴様らは純潔の誓いとやらを立ててるんじゃないのかよ。陽菜を息抜きの道具にしようってんなら許さないぞ」
「そんなつもりはありません」
「まれ人が知識の割にそういうことに疎いからって、無理矢理ものにしようなんて思ってんじゃないだろうな?」
「……そんなわけないでしょう!」
ルーカスは応接室のテーブルを殴った。
ちょうどコルネリウスが持ってきたルーカスの分の茶碗が飛び上がる。
イェルクに命じられた団員がユーニウスのために用意したお茶は、とっくに冷えていた。
「私だって……私だってあんな場所でキスなんてするつもりはありませんでした。でも……」
テーブルに肘をつき、ルーカスは両手で自分の顔を覆った。
「……陽菜様が可愛過ぎるから……ダンスの後で汗ばんだ体から甘い香りはするし、私の瞳の色に合わせたドレスはとてもよくお似合いだし、肌はすべすべで腕や腰は柔らかくて……私のことを大切だと、大好きだと言ってくださって……」
「はんっ! 貴様がこの世界に来た陽菜を見つけて助けたから感謝してるだけだ。それにつけ込むとは最低の男だな!」
「私だってわかっています。……陽菜様を穢すようなことはしたくないのに」
「……」
ルーカスの呟きを聞いたユーニウスは、背後に立つイェルクに目を向けた。
上司を指差して首を傾げる異国の皇子に、イェルクは重々しく頷いて見せる。
ユーニウスはルーカスに向き直って尋ねた。
「あー聖騎士……ルーカスだったっけ? 貴様、まだ、なのか?」
「なんのことです?」
「いや、その……貴様は純潔の誓いを破ったことはないのか?」
「あるわけないでしょう」
うわー、という顔を向けられて、イェルクとコルネリウスは何度も頷いた。
「あ、ああ、そうか。うん、それは偉い。自分の立てた誓いを守るとは立派だぞ、うん。エンダーリヒ教団のことには詳しくないが、冬の魔神様でもお褒めくださるだろう。貴様は一生誓いを守り続けるといい。なあに、キスくらいなら誓いを破ったことにはならぬ。陽菜のことは俺に任せて、貴様は今後も清廉潔白な行動に勤しめ」
ユーニウスは苦笑する口元を手で隠しながら、ルーカスに言う。
ルーカスは顔を上げ、ユーニウスを睨みつけた。
「失礼ですがユーニウス殿下。皇帝の長男でありながらヒエムス魔帝国の皇太子にも選ばれていないあなたごときに、陽菜様を任せられるわけないじゃないですか。それに……あなたは陽菜様を穢すおつもりでしょう?」
「一々穢すだなんだと大仰な言葉を使うなよ。あー……愛し合って、ひとつになるんだろ? 子どもは三人くらい欲しいな。陽菜に似た女の子と、娘を守る男の子がふたりだ。陽菜が望むなら親父やクィンティーリスを倒して皇帝になってもいいが、アイツはそんなこと望まないだろうな。魔帝国の片隅で、家族五人で炬燵に入って蜜柑を食べるんだ」
「……」
うっとりと語り始めたユーニウスを睨みつけ、ルーカスが立ち上がった。
腰の剣を抜き、ユーニウスに突きつける団長を部下のコルネリウスが後ろから羽交い絞めにする。
「ちょ、落ち着いてください、団長! 相手は外国の要人で異教の魔族です!」
「陽菜様に相手にもされてないくせに、くだらない妄想に耽るような輩は滅するしかありません」
「……本当の自分を見せて嫌われるのが怖くて、穢すなんて言葉で逃げてるガキにどうこう言われる筋合いはないな。俺は昨夜陽菜とダンスを踊ったし、今日はプリンをご馳走になった。恋はこれから始めればいい」
「それくらいで満足しているとは可哀相な男ですね。私はヴァーゲから王都までの旅の間、ずっと陽菜様の料理を食べてきました」
それは同行していた聖騎士団全員、という言葉をコルネリウスとイェルクは飲み込んだ。
そして厳密に言えば陽菜の料理ではなく、彼女の活性化の力で増えたり加工されたりした食べ物を元にした料理を食べたのだ。
一番大切なことを思い出して、ルーカスはほんのりと頬を染める。
「温泉に入った陽菜様に私の肌着を貸して、『彼シャツ』を着てもらいました」
「『彼シャツ』……だと?」
まれ人との関わりの深いヒエムス魔帝国の皇子ユーニウスは、その言葉を知っていた。
以前陽菜が考えていたように、こちらの世界の出口は時代も場所もまちまちなのだが、元の世界の入り口は現代日本に限られているのだ。
「貴様、ズルいぞ! まさか温泉に入ってる陽菜を覗いたりしてないだろうな!」
「あなたじゃあるまいし、私はそんなことしませんよ」
「俺だってしないぞ! 俺は堂々と一緒に入る!」
「なに言ってるんですか、いやらしい!」
「男はみんないやらしいんだよ! 大切なのは同意を得ることだ。くだらない誓いに縛られて、陽菜自身の気持ちを無視してる貴様にどうこう言われる筋合いはないっ!」
興奮して立ち上がったユーニウスの角と翼が伸びる。
魔族の竜的な身体特徴は体内の魔力に影響され、体内の魔力は本人の感情で状態を変化させるのだ。
コルネリウスとイェルクが、一触即発のふたりを止める。
「落ち着いてください、団長! 今にも魔導を放ちそうなほど剣が光ってますよ!」
「ユーニウス殿下、尻尾まで伸ばさないでください。壁に刺さってます」
「……壁は弁償してもらうとして、ふたりには練兵場で対決してもらえばいいんじゃない? くだらない対立だからこそ、一度爆発しないと収まらないよ。団長は団長でなんか拗らせてるし」
応接室の使われていない古い食器棚からエーリヒが現れて言った。
「お前、いつもそんなとこに隠れてたのかよ」
「だがまあ一理ある。……ルーカス団長、ユーニウス殿下、練兵場で好きなだけ戦ってください。魔力が漏れないよう結界も張りますから」
「俺、結界用の魔結晶強化してくる。……いくつか交換して、魔族の魔力を吸収させてみよう」
「ああ、頼む。……なんか言ったか、エーリヒ」
「お前なんか悪いこと考えてない?」
「……別に」
エーリヒの顔は怪しさいっぱいだったけれど、自分達の目の前にいるルーカスとユーニウスを押さえているコルネリウスとイェルクに彼は追えない。
──しばらくして、練兵場に宿舎にいた聖騎士団の団員が集まった。
団長の執務室を護衛しているものを除いて。
応接室に入ってきたルーカスを見て、開口一番ユーニウスは言った。
彼の向かいのソファに腰かけて、ルーカスは不機嫌そうに答える。
「陽菜様に聞いたのですか?」
「ああ。さっき会いに行って様子がおかしかったからカマかけた。……なにやってんだ、聖騎士。貴様らは純潔の誓いとやらを立ててるんじゃないのかよ。陽菜を息抜きの道具にしようってんなら許さないぞ」
「そんなつもりはありません」
「まれ人が知識の割にそういうことに疎いからって、無理矢理ものにしようなんて思ってんじゃないだろうな?」
「……そんなわけないでしょう!」
ルーカスは応接室のテーブルを殴った。
ちょうどコルネリウスが持ってきたルーカスの分の茶碗が飛び上がる。
イェルクに命じられた団員がユーニウスのために用意したお茶は、とっくに冷えていた。
「私だって……私だってあんな場所でキスなんてするつもりはありませんでした。でも……」
テーブルに肘をつき、ルーカスは両手で自分の顔を覆った。
「……陽菜様が可愛過ぎるから……ダンスの後で汗ばんだ体から甘い香りはするし、私の瞳の色に合わせたドレスはとてもよくお似合いだし、肌はすべすべで腕や腰は柔らかくて……私のことを大切だと、大好きだと言ってくださって……」
「はんっ! 貴様がこの世界に来た陽菜を見つけて助けたから感謝してるだけだ。それにつけ込むとは最低の男だな!」
「私だってわかっています。……陽菜様を穢すようなことはしたくないのに」
「……」
ルーカスの呟きを聞いたユーニウスは、背後に立つイェルクに目を向けた。
上司を指差して首を傾げる異国の皇子に、イェルクは重々しく頷いて見せる。
ユーニウスはルーカスに向き直って尋ねた。
「あー聖騎士……ルーカスだったっけ? 貴様、まだ、なのか?」
「なんのことです?」
「いや、その……貴様は純潔の誓いを破ったことはないのか?」
「あるわけないでしょう」
うわー、という顔を向けられて、イェルクとコルネリウスは何度も頷いた。
「あ、ああ、そうか。うん、それは偉い。自分の立てた誓いを守るとは立派だぞ、うん。エンダーリヒ教団のことには詳しくないが、冬の魔神様でもお褒めくださるだろう。貴様は一生誓いを守り続けるといい。なあに、キスくらいなら誓いを破ったことにはならぬ。陽菜のことは俺に任せて、貴様は今後も清廉潔白な行動に勤しめ」
ユーニウスは苦笑する口元を手で隠しながら、ルーカスに言う。
ルーカスは顔を上げ、ユーニウスを睨みつけた。
「失礼ですがユーニウス殿下。皇帝の長男でありながらヒエムス魔帝国の皇太子にも選ばれていないあなたごときに、陽菜様を任せられるわけないじゃないですか。それに……あなたは陽菜様を穢すおつもりでしょう?」
「一々穢すだなんだと大仰な言葉を使うなよ。あー……愛し合って、ひとつになるんだろ? 子どもは三人くらい欲しいな。陽菜に似た女の子と、娘を守る男の子がふたりだ。陽菜が望むなら親父やクィンティーリスを倒して皇帝になってもいいが、アイツはそんなこと望まないだろうな。魔帝国の片隅で、家族五人で炬燵に入って蜜柑を食べるんだ」
「……」
うっとりと語り始めたユーニウスを睨みつけ、ルーカスが立ち上がった。
腰の剣を抜き、ユーニウスに突きつける団長を部下のコルネリウスが後ろから羽交い絞めにする。
「ちょ、落ち着いてください、団長! 相手は外国の要人で異教の魔族です!」
「陽菜様に相手にもされてないくせに、くだらない妄想に耽るような輩は滅するしかありません」
「……本当の自分を見せて嫌われるのが怖くて、穢すなんて言葉で逃げてるガキにどうこう言われる筋合いはないな。俺は昨夜陽菜とダンスを踊ったし、今日はプリンをご馳走になった。恋はこれから始めればいい」
「それくらいで満足しているとは可哀相な男ですね。私はヴァーゲから王都までの旅の間、ずっと陽菜様の料理を食べてきました」
それは同行していた聖騎士団全員、という言葉をコルネリウスとイェルクは飲み込んだ。
そして厳密に言えば陽菜の料理ではなく、彼女の活性化の力で増えたり加工されたりした食べ物を元にした料理を食べたのだ。
一番大切なことを思い出して、ルーカスはほんのりと頬を染める。
「温泉に入った陽菜様に私の肌着を貸して、『彼シャツ』を着てもらいました」
「『彼シャツ』……だと?」
まれ人との関わりの深いヒエムス魔帝国の皇子ユーニウスは、その言葉を知っていた。
以前陽菜が考えていたように、こちらの世界の出口は時代も場所もまちまちなのだが、元の世界の入り口は現代日本に限られているのだ。
「貴様、ズルいぞ! まさか温泉に入ってる陽菜を覗いたりしてないだろうな!」
「あなたじゃあるまいし、私はそんなことしませんよ」
「俺だってしないぞ! 俺は堂々と一緒に入る!」
「なに言ってるんですか、いやらしい!」
「男はみんないやらしいんだよ! 大切なのは同意を得ることだ。くだらない誓いに縛られて、陽菜自身の気持ちを無視してる貴様にどうこう言われる筋合いはないっ!」
興奮して立ち上がったユーニウスの角と翼が伸びる。
魔族の竜的な身体特徴は体内の魔力に影響され、体内の魔力は本人の感情で状態を変化させるのだ。
コルネリウスとイェルクが、一触即発のふたりを止める。
「落ち着いてください、団長! 今にも魔導を放ちそうなほど剣が光ってますよ!」
「ユーニウス殿下、尻尾まで伸ばさないでください。壁に刺さってます」
「……壁は弁償してもらうとして、ふたりには練兵場で対決してもらえばいいんじゃない? くだらない対立だからこそ、一度爆発しないと収まらないよ。団長は団長でなんか拗らせてるし」
応接室の使われていない古い食器棚からエーリヒが現れて言った。
「お前、いつもそんなとこに隠れてたのかよ」
「だがまあ一理ある。……ルーカス団長、ユーニウス殿下、練兵場で好きなだけ戦ってください。魔力が漏れないよう結界も張りますから」
「俺、結界用の魔結晶強化してくる。……いくつか交換して、魔族の魔力を吸収させてみよう」
「ああ、頼む。……なんか言ったか、エーリヒ」
「お前なんか悪いこと考えてない?」
「……別に」
エーリヒの顔は怪しさいっぱいだったけれど、自分達の目の前にいるルーカスとユーニウスを押さえているコルネリウスとイェルクに彼は追えない。
──しばらくして、練兵場に宿舎にいた聖騎士団の団員が集まった。
団長の執務室を護衛しているものを除いて。
2
お気に入りに追加
854
あなたにおすすめの小説
27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?
藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。
結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの?
もう、みんな、うるさい!
私は私。好きに生きさせてよね。
この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。
彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。
私の人生に彩りをくれる、その人。
その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。
⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。
⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。
どんなに私が愛しても
豆狸
恋愛
どんなに遠く離れていても、この想いがけして届かないとわかっていても、私はずっと殿下を愛しています。
これからもずっと貴方の幸せを祈り続けています。
※子どもに関するセンシティブな内容があります。
妹に呪われてモフモフにされたら、王子に捕まった
秋月乃衣
恋愛
「お姉様、貴女の事がずっと嫌いでした」
満月の夜。王宮の庭園で、妹に呪いをかけられた公爵令嬢リディアは、ウサギの姿に変えられてしまった。
声を発する事すら出来ず、途方に暮れながら王宮の庭園を彷徨っているリディアを拾ったのは……王太子、シオンだった。
※サクッと読んでいただけるように短め。
そのうち後日談など書きたいです。
他サイト様でも公開しております。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
【完結】オトナのお付き合いの彼を『友達』と呼んではいけないらしい(震え声)
佐倉えび
恋愛
貧乏子爵家の三女のミシェルは結婚する気がなく、父親に言われて仕方なく出席した夜会で助けてもらったことをきっかけに、騎士のレイモンドと大人の恋愛をしていた。そんな関係がずるずると続き、四年が経ってしまう。そろそろ潮時かと思っていたころ、レイモンドを「友達」と言ってしまい、それを本人に聞かれてしまった。あわや『わからせ』られてしまうかと身構えていたら、お誘いがパタリと止み、同時にレイモンドの結婚話が浮上する。いよいよレイモンドとの別れを覚悟したミシェルにも結婚話が浮上して……?
鈍感な我がままボディヒロイン×冷静沈着な計算高いどSヒーロー。
*ムーンライトノベルズにもタイトルを少し変更してR18版を掲載
舞台装置は壊れました。
ひづき
恋愛
公爵令嬢は予定通り婚約者から破棄を言い渡された。
婚約者の隣に平民上がりの聖女がいることも予定通り。
『お前は未来の国王と王妃を舞台に押し上げるための装置に過ぎん。それをゆめゆめ忘れるな』
全てはセイレーンの父と王妃の書いた台本の筋書き通り───
※一部過激な単語や設定があるため、R15(保険)とさせて頂きます
2020/10/30
お気に入り登録者数50超え、ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o)))
2020/11/08
舞台装置は壊れました。の続編に当たる『不確定要素は壊れました。』を公開したので、そちらも宜しくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる