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45・恋するルーカス<恋敵が来た!編>
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聖騎士団の宿舎、団長の執務室で、ルーカスは書類の山を前にしていた。
陽菜の護衛をしていた間の仕事が溜まっていたわけではない。
ルーカスはそれくらい両立できた。今日の定例業務ももう終わっている。今目の前にある書類の山は、各地から届いた報告書だ。
ヴァーゲの町の大暴走は人為的なものだった。
ほかの町でも同じような陰謀が進められているのではないかと考え、部下や各地の支部に命令して調査をおこなわせていたことの報告書である。
ヴァーゲの町を出発する前に命令を下していたので半月以上経つ。かなりの情報が集まっていた。調査は人間が行かなくてはできないが、報告書だけなら魔導で運ぶことができる。
いくつかの町の周辺で、穢れを放って魔獣を生み出す呪具が見つかっていた。
見つかったのはいずれもエンダーリヒ教団を受け入れていない町の近くだ。
いつ置かれたのかまではわからないので、目撃情報は得られていない。
それらの町が大暴走で滅びれば、ゾンターク王国におけるエンダーリヒ教団に与する町の割合が高くなる。
聖騎士団が大暴走を防げば、教団の名声が上がる。
どちらの結果が出ても教団の損にはならない。だが聖王選挙が近い今、ただ教団の勢力を増すためだけの策略とは思えない。
この策略は、どちらの候補者に利益をもたらすのか。
あるいは、そう考えられることを見越して教団の敵がおこなっていることなのか。
「……金稼ぎが上手いベトリューガー卿は魔導者としてはさほどでもありません。こういったものの扱いはナール卿のほうが長けています。しかし、金があれば魔導者は雇えます」
優れた魔導者は国や組織に属しているのがほとんどだが、非人道的な実験をおこないたいがために個人で行動しているものもいる。
そういった輩は常に研究費を欲していると聞く。
報告書に書かれた情報をまとめながらルーカスがひとりごちたとき、執務室の扉を叩く音がした。
「なんです?」
「……ヒエムス魔帝国のユーニウス殿下がおいでです」
「わかりました。約束はしていませんでしたが、お会いしましょう」
ルーカスは立ち上がった。
人為的な大暴走について考えていたときは澄み切っていた頭の中に、陽菜とユーニウスが踊る光景が浮かんできてドロリと濁る。
陽菜にキスしてしまったことに対する罪悪感やいけないと思いつつも求めずにはいられない恋情が混沌を深めていく。彼が迎えに来ないことを王宮の陽菜が寂しがっていたように、護衛として彼女を迎えに行けないことをルーカスは悲しんでいた。
「……ひっ……」
赤毛のコルネリウスは貧乏くじを引きやすいことで定評がある。
聖騎士団宿舎の団長執務室前の護衛当番だった彼は、様々な感情が入り混じって凍りつかせる金剛石と化していたルーカスの色の薄い青灰色の瞳に射られて身を縮めた。
彼の不幸はそれだけでは終わらない。
「コルネリウス、あなたも一緒に来てください」
「え? お、俺は執務室の見張りが……」
「ユーニウス殿下が待つ応接室に入る前に、ほかの団員に引き継げばいいでしょう。どうせ盗まれて困るようなものはありません」
各地で見つかった呪具に関する報告書は、知らない人間に読まれても土地ごとの魔獣の分布について書かれているとしか思われないよう隠語が使われている。
人為的な大暴走のことは異母姉のイヴォンヌには教えていたが、ほかの人間には──ナールとベトリューガーを始めとする聖騎士団以外のエンダーリヒ教団の聖職者達にも秘密にしている。
迂闊なことをして噂が広がれば、大混乱を引き起こしかねない大事件なのだ。
「お願いしますよ、コルネリウス。私がユーニウス殿下の顔を見るなり襲いかかろうとしたとき、止められるのはあなたくらいですからね。もちろんユーニウス殿下をもてなしているのはイェルクなのでしょう?」
「はい……」
コルネリウスはしょぼんと項垂れた。
ルーカスの言う通り、彼とユーニウスを抑えられるのは自分とイェルクしかいない。
茶色い髪のエーリヒも実力はあるのだが、彼は要領が良い。今日は王都の見回りに出ているし、帰ってきたとしても自分だけの隠れ場所に籠もってしまうだろう。彼の部下達にすら見つけられない場所だ。
溜息を飲み込んで歩き出すコルネリウスと並んで、ルーカスも足を動かし始めた。
陽菜の護衛をしていた間の仕事が溜まっていたわけではない。
ルーカスはそれくらい両立できた。今日の定例業務ももう終わっている。今目の前にある書類の山は、各地から届いた報告書だ。
ヴァーゲの町の大暴走は人為的なものだった。
ほかの町でも同じような陰謀が進められているのではないかと考え、部下や各地の支部に命令して調査をおこなわせていたことの報告書である。
ヴァーゲの町を出発する前に命令を下していたので半月以上経つ。かなりの情報が集まっていた。調査は人間が行かなくてはできないが、報告書だけなら魔導で運ぶことができる。
いくつかの町の周辺で、穢れを放って魔獣を生み出す呪具が見つかっていた。
見つかったのはいずれもエンダーリヒ教団を受け入れていない町の近くだ。
いつ置かれたのかまではわからないので、目撃情報は得られていない。
それらの町が大暴走で滅びれば、ゾンターク王国におけるエンダーリヒ教団に与する町の割合が高くなる。
聖騎士団が大暴走を防げば、教団の名声が上がる。
どちらの結果が出ても教団の損にはならない。だが聖王選挙が近い今、ただ教団の勢力を増すためだけの策略とは思えない。
この策略は、どちらの候補者に利益をもたらすのか。
あるいは、そう考えられることを見越して教団の敵がおこなっていることなのか。
「……金稼ぎが上手いベトリューガー卿は魔導者としてはさほどでもありません。こういったものの扱いはナール卿のほうが長けています。しかし、金があれば魔導者は雇えます」
優れた魔導者は国や組織に属しているのがほとんどだが、非人道的な実験をおこないたいがために個人で行動しているものもいる。
そういった輩は常に研究費を欲していると聞く。
報告書に書かれた情報をまとめながらルーカスがひとりごちたとき、執務室の扉を叩く音がした。
「なんです?」
「……ヒエムス魔帝国のユーニウス殿下がおいでです」
「わかりました。約束はしていませんでしたが、お会いしましょう」
ルーカスは立ち上がった。
人為的な大暴走について考えていたときは澄み切っていた頭の中に、陽菜とユーニウスが踊る光景が浮かんできてドロリと濁る。
陽菜にキスしてしまったことに対する罪悪感やいけないと思いつつも求めずにはいられない恋情が混沌を深めていく。彼が迎えに来ないことを王宮の陽菜が寂しがっていたように、護衛として彼女を迎えに行けないことをルーカスは悲しんでいた。
「……ひっ……」
赤毛のコルネリウスは貧乏くじを引きやすいことで定評がある。
聖騎士団宿舎の団長執務室前の護衛当番だった彼は、様々な感情が入り混じって凍りつかせる金剛石と化していたルーカスの色の薄い青灰色の瞳に射られて身を縮めた。
彼の不幸はそれだけでは終わらない。
「コルネリウス、あなたも一緒に来てください」
「え? お、俺は執務室の見張りが……」
「ユーニウス殿下が待つ応接室に入る前に、ほかの団員に引き継げばいいでしょう。どうせ盗まれて困るようなものはありません」
各地で見つかった呪具に関する報告書は、知らない人間に読まれても土地ごとの魔獣の分布について書かれているとしか思われないよう隠語が使われている。
人為的な大暴走のことは異母姉のイヴォンヌには教えていたが、ほかの人間には──ナールとベトリューガーを始めとする聖騎士団以外のエンダーリヒ教団の聖職者達にも秘密にしている。
迂闊なことをして噂が広がれば、大混乱を引き起こしかねない大事件なのだ。
「お願いしますよ、コルネリウス。私がユーニウス殿下の顔を見るなり襲いかかろうとしたとき、止められるのはあなたくらいですからね。もちろんユーニウス殿下をもてなしているのはイェルクなのでしょう?」
「はい……」
コルネリウスはしょぼんと項垂れた。
ルーカスの言う通り、彼とユーニウスを抑えられるのは自分とイェルクしかいない。
茶色い髪のエーリヒも実力はあるのだが、彼は要領が良い。今日は王都の見回りに出ているし、帰ってきたとしても自分だけの隠れ場所に籠もってしまうだろう。彼の部下達にすら見つけられない場所だ。
溜息を飲み込んで歩き出すコルネリウスと並んで、ルーカスも足を動かし始めた。
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