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33・大広間で

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 大広間に入ったら、そのままイヴォンヌさんの前まで連れていかれて、出席者全員の前で挨拶をさせられた。
 これまでに会ったゾンターク王国の重要人物のみなさんの顔は、正直覚えていない。
 だって一日に何人もの貴族に会ったりしたからね。

 はっきりわかるのは最初に会ったナール卿と、その次に会ったベトリューガー卿くらいだ。

 ナール卿は相変わらず美しい銀髪で、優しい笑顔で挨拶してくれた。
 元の世界へ戻るための魔導はまだ見つかってないと謝ってくれたけれど、あるかどうかもわからないものだ。
 前に会ってから十日しか経ってないのだし、気にかけてくれていただけで嬉しかった。

 ベトリューガー卿は気難しそうなご老体なので、ちょっと怖い。
 六十歳だったっけ?
 ナール卿とベトリューガー卿が同い年って、本当なのかなあ。

 覚えていない貴族の方々との挨拶の前に、国外から来た方々にご挨拶。って、各国の重鎮だよね?
 この世界の礼儀作法を知らないわたしが挨拶したりしていいの? 元の世界の礼儀だって怪しいよ?……いいんだよね。だってこのパーティ、わたしのお披露目なんだもんね。
 ううう、もっとなにかいい方法がなかったかなあ。

「……ご安心ください。異世界から来たまれ人様に無理を押し付けるような人間はいませんし、なにか問題が起こりそうならば私が出ます」

 委縮しているわたしに、隣のルーカスさんが小声で囁いてくれる。
 いきなり異世界に転移して、右も左もわからない状態で、ルーカスさんに助けてもらえなかったら今まで生き延びられていたかどうかもわからない。植物を活性化して食料を得られても、魔獣に襲われたらどうしようもないしね。
 そのルーカスさんはエンダーリヒ教団の聖騎士団団長で、ゾンターク王国の女王イヴォンヌさんの弟だったんだから、この状況は仕方がない。

 せめて滞りなくパーティを進めるのが恩返しだと思い、わたしは笑顔を作った。
 イヴォンヌさん、ドレスの調整に付き合ってくれたり、その後で実らせた栗を一緒に焼いて食べてくれたりしたのは嬉しかったですが、少しはこの世界の礼儀作法も教えておいてもらいたかったです。

「初めまして、異世界から参りました陽菜と申します」

 名前を告げてお辞儀。元の世界のネット小説で流行ってたカーテシーってどんなだったっけ?
 最初に引き合わされた外国の人は、ゾンターク王国のある大陸北部を支配する強大なヒエムス魔帝国の皇子様だった。
 ヒエムス魔帝国は、竜に変身する力を持つ魔族の国。冬の魔神様を信仰しているのだという。帝国なのは、国内にいくつかの異種族の国を内包しているからだそうだ。

「よろしく、まれ人様。俺はヒエムス魔帝国第一皇子ユーニウスだ」

 見たところ、竜っぽい感じはなかった。
 褐色の肌に黒い髪、髪から覗く耳は尖っていて、なんとなくダークエルフっぽい。
 ルーカスさんより背が高く、大柄で筋肉質な感じだ。

「怪訝そうな顔してるな。長男のくせに俺が皇太子でないのは双子の弟のほうが優秀だからだよ」
「あ、いえ……」

 そんなところに疑問を持っていたわけじゃないです。
 黙って見つめて申し訳ありませんでした。

「それとも竜らしくないのが不思議だったか? ほら、ちゃんと角もあるぞ」
「あ」

 ユーニウス殿下が髪をかき上げると、耳の上に角が見えた。
 元の世界の東洋の竜と同じ、鹿のような角だ。元の世界の公園にいた鹿のように短く切られて髪から出ない大きさにされていたが、それでもわかる。
 驚くわたしを見て、ユーニウス殿下が笑う。

「ああ、やっぱりまれ人様にはこっちの角のほうが受けるんだな。皇太子を務める優秀な弟は『セーヨーフー』? の角を持つ竜なんだ」
「……っと、なんかジロジロ見ちゃってすみません」

 会話は自動翻訳されているみたいなんだけど、さっきの『セーヨーフー(西洋風)』は元の世界の言葉だとわかった。
 以前来たまれ人は言葉が自動翻訳じゃなかったのかもしれない。
 大変だったろうなあ。

「いいさ。俺達は親戚みたいなもんだからな」
「親戚?」
「ああ、聞いてないのか? 魔帝国を築いた初代魔皇帝の正妃はまれ人だった。その後も現れたまれ人の多くは魔族と結ばれて血をつないできたんだ。魔帝国にはまれ人が遺したいろんな文化や技術が息づいてるぞ。ほかの国みたくまれ人の魔力に頼り切ってて、まれ人がいなくなった途端継承が途切れたなんてことがなかったからな」

 前のまれ人とわたしの間に血縁関係はないものの、心くすぐられる話だった。
 いつかヒエムス魔帝国にも行ってみたいな。
 ついつい話し込みそうになるけど、今はまだ挨拶の途中だった。ルーカスさんが竜の皇子様に声をかけてくれる。ルーカスさんは聖騎士なのに、わたしの執事のようなことをさせてしまってすみません。

「ユーニウス殿下、ほかの方がまれ人様との挨拶を待ってらっしゃいますので」
「そうか、悪かったな。……陽菜。後でダンスが始まったら俺と踊ってくれ。予約しとく」

 ルーカスさんの顔を見る。
 だって気軽にOKしていいものかどうか、わからないんだもん。
 ルーカスさんは困ったように微笑んで頷いてくれたので、わたしはユーニウス殿下に首肯した。

 ──そんな感じで、ルーカスさんに頼りっきりで挨拶を終えた。
 国外の方々に挨拶した後は、前に会ったはずだけど覚えてないゾンターク王国の貴族の面々の名前も教えてもらったのだった。
 ううう、申し訳ない。

 色とりどりで素朴な感じの民族衣装風のドレスを着ていたベティーナちゃんのことは、ちゃんとわかったよ。
 パイチェ君は不機嫌そうだったけど、赤と金を上手くあしらった騎士風の衣装が良く似合ってた。
 実際猫妖精騎士ケットシーナイトだしね。
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