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22・三人の隊長は世界を憂う。
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「ルーカス団長って、まれ人様のこと好きだよねー」
「なにを今さら」
「コルネリウスの目は節穴だから」
「ひどいー」
赤毛のコルネリウス、黒髪のイェルク、茶色い髪のエーリヒは仲が良い。
野営のとき、本来なら隊ごとに分かれて天幕で眠るのだが、彼らは部下と離れて三人でひとつの天幕を使っていた。この天幕の見張りは、それぞれの部下が交代でする。
それぐらいの優遇がないとやっていけないと、三人は思っている。
はっきり言ってこの三人は、ルーカスのお目付け役であった。
八つ当たり係ともいう。
彼らはまだ二十歳前後で入団からも間がないが、庶子とはいえ王家の血を引く変に潔癖症な上に無駄に実力もある団長の世話係をさせるには最適な三人だった。
高貴な血筋で実力があり、若いから体が丈夫。
そして、ルーカスと違い汚いことにも理解がある。
入団祝いにと先輩団員に悪所で奢られた後、三人は隊長兼団長の世話係を任命されたのだった。その後も個人でたまに通っているし、普通に女の子を口説いたりもしている。
聖騎士団は独立採算制で、大暴走を防いだ町からの謝礼や倒した魔獣から得られた魔結晶などの販売で得た金を分配し運営資金にしていた。
ルーカスが団長になってからは、資産がこれまでの三倍になったと言われている。
エンダーリヒ教団内で一番資金が潤沢な組織だ。今度の聖王選挙で、聖騎士団がついたほうが勝つとだれもが思っていた。
「でもさ、なんでまれ人様なんだろ。まれ人様より美人で色っぽい女の子に迫られてたこともあったよね?」
「お前はまれ人様が嫌いなのか?」
「そういうわけじゃないけどさー」
「団長は口説かれるの嫌がってたじゃん」
コルネリウスの疑問を聞いて、エーリヒが肩を竦める。
ルーカスは見た目が良い。
色の薄い青灰色の瞳は『凍りついた金剛石』と呼ばれ、目にした女性達の心を奪っていた。必要なとき以外は冷たい彼の態度も、一度恋をした女性達の炎は消せなかった。
「まれ人様は口説いてこないから、ってこと?」
「それもあるし……まれ人様は異世界から来てて、こっちの人間と全然見かけが違うからじゃないかな? 口説かれたり利用されそうになったりした嫌な記憶を生み出した人間を思い出さなくて済むじゃん」
「なるほどー」
「活性化の心地良さもあるんじゃないか? 団長の回復魔導と違って、まれ人様の活性化は気持ち良いんだろう?」
王都へ向かって旅に出てからも、陽菜は力の検証を続けていた。
旅路で見つかる食べ物を増やしたり変化させたりするだけでなく、ルーカスの手を握って力の強弱を調整しているのだ。そのときのルーカスは、今にも蕩けそうな顔をしている。
彼と猫妖精騎士のパイチェ以外で唯ひとり陽菜の活性化を経験したことのあるコルネリウスは、イェルクの問いに首肯した。
「うん。すっごく気持ちいい! 下半身に来る系じゃないんだけど……なんか、母さんに抱き締められたときのことを思い出すな」
コルネリウスの母は平民だ。
とある高位貴族の屋敷で女中として働いていたときに手を付けられ、主人を誘惑したふしだらな女として追い出された。
その後疫病が流行り幼くして母を亡くした彼は、日々力を増すエンダーリヒ教団とのつながりを作ろうと考えた父の一族に引き取られて聖騎士団へ送り込まれた。そのときの疫病を鎮静化したのはナール手製のポーションである。
「親に抱き締められる感触か、団長が一番知らないものだな」
「奔放な女を気取って、実際は夫に糸を引かれて男をくわえ込んでいた母親と違って、先代の国王陛下は結構暑苦しい愛情表現する人だったと思うけど」
「うちは親との関係は悪くなかったが、それでも父親に抱き締められても嬉しくはなかったな」
イェルクは庶子ではない。
貴族の父とその正妻の間に生まれた。
夫婦仲も家族仲も良い。良過ぎた。それなりに裕福な貴族であっても十数人の息子全部は養えない。跡取りの長男とその予備の次男を残し、三男坊のイェルクが出稼ぎ気分で聖騎士団に入ったのだった。ちなみに弟は、まだ増え続けている。
「ふーん。まあいろいろな要因があるんだろうね。団長さ、たぶん近いうちに還俗して女王陛下に爵位もらって隠遁するよね。僕のことも連れてってくれないかなあ。まれ人様の世界のこと研究したい!」
エーリヒも嫡子だが、彼は家族との仲が悪かった。
ヒト族こそが選ばれた存在だと信じるエンダーリヒ教団の敬虔な信徒である両親と異なり、ヒト族以外の文化や技術に興味津々だったからだ。
彼は自主的に聖騎士団に入った。敵を知るという口実で異教徒の文化や技術を研究するためだ。
「それなんだけどさー」
「なんだ、コルネリウス」
「団長がまれ人様を好きなのはわかるんだけど、まれ人様はどうなのかな、と思って」
「好きなんじゃないか? 団長はあの美貌で……いや、異世界から来たまれ人様の好みではないかもしれないな」
「感謝はしてる感じだけど、まれ人様ってだれに対しても感謝の気持ちが大きいんだよね。ヴァーゲの町にもなにかお礼がしたいって言って牧草活性化してたし」
「しかも結局それは俺達聖騎士団の手柄にしてくれたんだよな」
自己顕示欲が薄く、とんでもない贈り物を平気でする陽菜は、伝説通りのまれ人だ。
「伝説通りなら、ヒト族より獣人のほうが好きだったりしてね」
「おいコラ、やめろ」
「あーそっか。そういう可能性もあるんだよね。まれ人様が団長を振ったら……」
「俺達が世界を守るしかないな」
「責任重大だー」
赤毛のコルネリウス、黒髪のイェルク、茶色い髪のエーリヒは、団長ルーカスの恋を実らせてくださいと神に祈った。
「なにを今さら」
「コルネリウスの目は節穴だから」
「ひどいー」
赤毛のコルネリウス、黒髪のイェルク、茶色い髪のエーリヒは仲が良い。
野営のとき、本来なら隊ごとに分かれて天幕で眠るのだが、彼らは部下と離れて三人でひとつの天幕を使っていた。この天幕の見張りは、それぞれの部下が交代でする。
それぐらいの優遇がないとやっていけないと、三人は思っている。
はっきり言ってこの三人は、ルーカスのお目付け役であった。
八つ当たり係ともいう。
彼らはまだ二十歳前後で入団からも間がないが、庶子とはいえ王家の血を引く変に潔癖症な上に無駄に実力もある団長の世話係をさせるには最適な三人だった。
高貴な血筋で実力があり、若いから体が丈夫。
そして、ルーカスと違い汚いことにも理解がある。
入団祝いにと先輩団員に悪所で奢られた後、三人は隊長兼団長の世話係を任命されたのだった。その後も個人でたまに通っているし、普通に女の子を口説いたりもしている。
聖騎士団は独立採算制で、大暴走を防いだ町からの謝礼や倒した魔獣から得られた魔結晶などの販売で得た金を分配し運営資金にしていた。
ルーカスが団長になってからは、資産がこれまでの三倍になったと言われている。
エンダーリヒ教団内で一番資金が潤沢な組織だ。今度の聖王選挙で、聖騎士団がついたほうが勝つとだれもが思っていた。
「でもさ、なんでまれ人様なんだろ。まれ人様より美人で色っぽい女の子に迫られてたこともあったよね?」
「お前はまれ人様が嫌いなのか?」
「そういうわけじゃないけどさー」
「団長は口説かれるの嫌がってたじゃん」
コルネリウスの疑問を聞いて、エーリヒが肩を竦める。
ルーカスは見た目が良い。
色の薄い青灰色の瞳は『凍りついた金剛石』と呼ばれ、目にした女性達の心を奪っていた。必要なとき以外は冷たい彼の態度も、一度恋をした女性達の炎は消せなかった。
「まれ人様は口説いてこないから、ってこと?」
「それもあるし……まれ人様は異世界から来てて、こっちの人間と全然見かけが違うからじゃないかな? 口説かれたり利用されそうになったりした嫌な記憶を生み出した人間を思い出さなくて済むじゃん」
「なるほどー」
「活性化の心地良さもあるんじゃないか? 団長の回復魔導と違って、まれ人様の活性化は気持ち良いんだろう?」
王都へ向かって旅に出てからも、陽菜は力の検証を続けていた。
旅路で見つかる食べ物を増やしたり変化させたりするだけでなく、ルーカスの手を握って力の強弱を調整しているのだ。そのときのルーカスは、今にも蕩けそうな顔をしている。
彼と猫妖精騎士のパイチェ以外で唯ひとり陽菜の活性化を経験したことのあるコルネリウスは、イェルクの問いに首肯した。
「うん。すっごく気持ちいい! 下半身に来る系じゃないんだけど……なんか、母さんに抱き締められたときのことを思い出すな」
コルネリウスの母は平民だ。
とある高位貴族の屋敷で女中として働いていたときに手を付けられ、主人を誘惑したふしだらな女として追い出された。
その後疫病が流行り幼くして母を亡くした彼は、日々力を増すエンダーリヒ教団とのつながりを作ろうと考えた父の一族に引き取られて聖騎士団へ送り込まれた。そのときの疫病を鎮静化したのはナール手製のポーションである。
「親に抱き締められる感触か、団長が一番知らないものだな」
「奔放な女を気取って、実際は夫に糸を引かれて男をくわえ込んでいた母親と違って、先代の国王陛下は結構暑苦しい愛情表現する人だったと思うけど」
「うちは親との関係は悪くなかったが、それでも父親に抱き締められても嬉しくはなかったな」
イェルクは庶子ではない。
貴族の父とその正妻の間に生まれた。
夫婦仲も家族仲も良い。良過ぎた。それなりに裕福な貴族であっても十数人の息子全部は養えない。跡取りの長男とその予備の次男を残し、三男坊のイェルクが出稼ぎ気分で聖騎士団に入ったのだった。ちなみに弟は、まだ増え続けている。
「ふーん。まあいろいろな要因があるんだろうね。団長さ、たぶん近いうちに還俗して女王陛下に爵位もらって隠遁するよね。僕のことも連れてってくれないかなあ。まれ人様の世界のこと研究したい!」
エーリヒも嫡子だが、彼は家族との仲が悪かった。
ヒト族こそが選ばれた存在だと信じるエンダーリヒ教団の敬虔な信徒である両親と異なり、ヒト族以外の文化や技術に興味津々だったからだ。
彼は自主的に聖騎士団に入った。敵を知るという口実で異教徒の文化や技術を研究するためだ。
「それなんだけどさー」
「なんだ、コルネリウス」
「団長がまれ人様を好きなのはわかるんだけど、まれ人様はどうなのかな、と思って」
「好きなんじゃないか? 団長はあの美貌で……いや、異世界から来たまれ人様の好みではないかもしれないな」
「感謝はしてる感じだけど、まれ人様ってだれに対しても感謝の気持ちが大きいんだよね。ヴァーゲの町にもなにかお礼がしたいって言って牧草活性化してたし」
「しかも結局それは俺達聖騎士団の手柄にしてくれたんだよな」
自己顕示欲が薄く、とんでもない贈り物を平気でする陽菜は、伝説通りのまれ人だ。
「伝説通りなら、ヒト族より獣人のほうが好きだったりしてね」
「おいコラ、やめろ」
「あーそっか。そういう可能性もあるんだよね。まれ人様が団長を振ったら……」
「俺達が世界を守るしかないな」
「責任重大だー」
赤毛のコルネリウス、黒髪のイェルク、茶色い髪のエーリヒは、団長ルーカスの恋を実らせてくださいと神に祈った。
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