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17・恋するルーカス<自覚後>

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 世界は美しい。
 まれ人陽菜と出会った翌日、ルーカスの青灰色ブルーグレイの瞳に映る空はたとえようもないほど美しかった。
 神殿に用意された個室から大広間へ向かい、部下達を叩き起こす。聖騎士団は千人近い団員がいるが、秋の女神を祭るヴァーゲの町の神殿前庭は広い。祭りのときは近隣の町からも信者が集まるのだ。戦闘訓練をするのに十分な空間がある。

「「「おはようございます」」」

 礼儀正しい挨拶の後、訓練を始める。
 少々騒いでも陽菜が泊まっている奥の部屋までは響かない。
 朝食は訓練が終わってからだ。

 それぞれの剣は、持ち主の魔力に合わせた魔導銀製だ。
 銀と言っても一般的な銀とは硬度が違う。色が同じなだけだ。
 魔導銀製の剣を媒体にすると、放出系魔導者でなく蓄積系魔導者であっても魔力を放つことができる。体内に魔力を張り巡らして強化できる分、蓄積系魔導者のほうが強くなれるかもしれない。

 イェルクがその蓄積系魔導者であった。
 彼は大地の魔力を吸収して自身を活性化することも可能で、聖騎士団内ではルーカスに次ぐ強者である。

「イェルク、私の相手をしてください」
「かしこまりました」

 ──魔力を帯びた剣が煌めき、剣戟の響きが青い空へと吸い込まれていく。

 異教の集団による戦闘訓練だったけれど、秋の女神の神官達は受け入れてくれた。
 むしろ昨日大暴走スタンピードを食い止めたばかりでも訓練をする聖騎士達に賞賛を送っている。秋の女神の神官に妙齢の女性が多いせいもあるのだろうか。
 手の早い部下の言動に目を光らせておかなくては、とルーカスは思った。

「す、すいません。遅くなりました!」

 訓練が終わりかけたころ、コルネリウスが現れた。
 彼はずっと裏庭で寝ていたらしい。

「風邪はひいていませんか?」

 大暴走スタンピードを解決したとはいえ、まだ数日は事後処理がある。
 同じ神殿で生活して、陽菜に風邪をうつされてはたまらない。
 風邪の兆候はないかとコルネリウスを見つめていたら、彼は笑顔で言った。

「陽菜様に活性化してもらったおかげで、一晩中安眠できました!」

 背後でイェルクが、あーあ、と呟く。
 倒れ伏していたコルネリウスは、昨夜のルーカスとイェルクの会話を聞いていなかったようだ。
 コルネリウスの赤い頭に指を立てた後で、ルーカスは訓練の最後に彼と対決するようみなに告げてその場を去った。

 陽菜の部屋へと向かいながら、剣に魔力を通して浄化をする。
 汚れの度合いが激しくなければ、これだけで服や体の汗や埃を落とすことができる便利な魔導だ。
 もっとも昨日の大広間でおこなったのは、陽菜の前で魔導の腕をひけらかしたいという見栄だった。井戸で神官達が包帯を洗っていたように、あれだけ血塗れの状態では浄化を使っても意味はない。

 扉を叩こうとして、ルーカスはためらった。
 彼女は異世界からやって来たばかりだ。ふたつの世界間の移動が一方通行だと聞いて泣いていた。昨日は眠れなかったかもしれない。
 眠っているのを起こすのは忍びなかった。

 ルーカスは足音を潜めて、陽菜の部屋の前の廊下を往復した。
 気が付くと彼女に会いたいという希望があふれ出て足音が大きくなっていたので、何度も調整した。
 心臓の動悸も激しいが、こちらは聞こえないから構わない。

 しばらくして、部屋の中から衣擦れの音がした気がした。
 今来たばかりを装って足音の大きさを普通に戻す。
 部屋の扉が開く。

 顔が見えた途端、口が勝手に名前を呼んでいた。

「陽菜様」
「ルーカスさん。おはようございます」
「はい、おはようございます。ご気分はいかがですか? お目覚めになられたのなら、厨房から朝食を取って来ましょう。私と一緒に食べていただいてよろしいですか?」

 世界は美しい。
 ルーカスは心からそう思った。
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