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9・『まれ人』とは、

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 秋の女神の神殿大広間にいた怪我人は聖騎士団の団員だけでなく、ヴァーゲの町民からなる自警団、ご領主様の私兵もいた。
 一番数が多く損傷の度合いも激しいのは聖騎士で、彼らはルーカスさんと彼に治療された隊長達の回復魔導で癒されていった。
 もちろん自警団やご領主様の私兵も回復していく。

 わたしはルーカスさん専用の活性化係だった。
 ルーカスさんに治療してもらった人達がわたしにまで感謝の視線を向けてくるのが、なんだか気恥ずかしい。あんまり役に立ってないと思うよ?
 パイチェ君はともかく、ルーカスさんは気を使って役に立ってると言ってくれてるだけなんじゃないかなあ。

 とかなんとか思いつつ、怪我人の治療を終えた。
 ヴァーゲの町民はそれぞれの家へ帰り、聖騎士達はルーカスさんが浄化した大広間で眠るそうだ。
 ルーカスさんの剣はなんでもできるみたい。

 わたしは神殿が用意してくれた部屋に入った。
 今はベティーナちゃんひとりだけど、秋の女神の愛し子は数人、数十人存在することもあるようで、わたしに用意されたのは愛し子用の部屋のひとつだった。
 ルーカスさんと一緒にスープと硬いパンの夕食を摂る。……あんまり美味しくない。

「秋の女神様を信仰するヴァーゲの町は食材が豊富なので、本来ならゾンターク王国で一番の料理が楽しめるのですが」

 ルーカスさんが申し訳なさそうに言う。
 大暴走スタンピードの発生は昨日からだが、それ以前から兆候はあった。
 少しずつ増えていく魔獣が城壁の外にある畑を荒らしていたのだ。魔獣は収穫物を踏み潰し、穢れを与えて毒にする。ひどいときは収穫物自体が魔獣に変じることもあるという。……魔獣=モンスターって理解でいいかな。

「今年の冬は厳しいことになりそうですね」

 この世界の季節は冬だった。
 元の世界の季節もそうだ。
 冬といえばお正月。炬燵からお尻と尻尾を出していたコロ太のことを思い出す。中に顔を入れたままだから、お鼻が乾いてないか確認しなくちゃ。

「……陽菜様?」
「あ、ごめんなさい」

 いけないいけない、現実逃避していたよ。
 ちゃんとルーカスさんの話を聞いて、今の状況を把握しなくちゃいけないのに。
 ルーカスさんは優しく微笑む。

「まれ人様についてお話ししましょうか」
「お願いします」

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 ──かつて、とてつもない力を持つ大魔導士がいた。
 大魔導士は永遠を求め、さまざまな実験を繰り返した。
 その実験のひとつで、この世界と別の世界に穴が開いた。異なるふたつの世界のつながりは混沌を生み、双方の終焉を呼び寄せかけた。

 そのとき伝説の種族であるハイエルフが立ち上がり、自分達の不老不死の力と引き換えにふたつの世界をつなぐ穴を塞いだ。
 わずかに生き残ったハイエルフは大魔導士の生み出した禁術を封じて、だれも知らないところに隠れ住んでいるのだという。
 しかし、穴は完全に塞がれたわけではなかった。

「時間が経ったことで綻びて、あの黒い巨獣のように強過ぎる魔力を持つ存在が現れると穴が開いてしまうようになったのです」

 その穴を通って『まれ』に現れる異世界人が『まれ人』ということらしい。

「陽菜様の世界には、魔導という言葉はあっても現象はないのですよね?」

 わたしは頷いた。
 『魔導』よりも『魔法』や『魔術』のほうが一般的な気がするけど、そんなことを追及していても仕方がない。
 というか、なんか勝手に訳されてる感じなんだよね。この世界の言葉だとなんて言ってるんだろう。

「おそらく陽菜様の世界では使われないため魔力が潤沢なのだと思われます。こちらの世界は魔導を使うので魔力が減少気味で、それゆえまれ人様は常にそちらからこちらへの一方通行なのではないかと」
「一方通行なんですか?」
「元の世界に戻られたまれ人様がいるという話は聞いたことがありません」
「……そうですか」

 まれ人がこちらへ来ることで、開いていた穴は塞がる。
 まれ人の持つ潤沢な魔力が糊の役目を果たすのではないかと思われているそうだ。
 穴を塞ぐのが使命で、それももう終わってるってことかなあ。
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