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第十二話 皇帝陛下は思い悩む。
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「よお、エルトン王太子殿下。ご機嫌麗しゅう」
「遅くなって申し訳ありませんでした、皇帝陛下」
「なぁに、構わぬさ。協力を約束していたわけではなかろう。魔の森が、どちらの国にとっても大事な場所だというだけだ」
ドラゴンの体力削りを部下に任せて、余が別の部下に補助魔導をかけさせているときにフィーニス王国のエルトン王太子がやって来た。
銀の髪に青い瞳、白馬に乗った王子様だ。
この大陸では、こやつのような外見こそが貴族らしいと喜ばれる。我が国の口先だけの貴族どもは、余の外見がこんな風なら受け入れたのだろうか。
森の中には、ゴロゴロと死体が転がっている。
フィーニス王国の警備隊のものではない。もちろん我が帝国軍の兵士でもない。
滅亡の日教団という邪教の狂信者どもの死体だ。我が帝国では彼らの危険性に気づき、以前から取り締まりを続けてきた。この森から起こる大暴走の元凶の多くは、彼らの儀式によって呼び出されたものだったのだ。今回はフィーニス王国からも排斥され始めていた分、元凶召喚の儀式に使われた生贄が多かったのだろう。
仲間を斥候に行かせ、王太子は余と同じように残った仲間に補助魔導をかけさせる。
最初は足を引っ張るしか能のない莫迦だったのに、この数ヶ月で成長したものだ。
余も王太子も、補助魔導は攻撃力増幅に特化したものをかけさせている。防御力を高める必要はない。お互い国の上部に立つものとして最高の防具を装備しているのもある。しかしそれ以上に余と王太子は、強い力によって守られていた。神涙獣の加護だ。
……ああ、胸糞悪いっ!
彼女──フィーニス王国の伯爵令嬢シャーリーだということは、調査するとすぐにわかった。神涙獣が北の王国から来ているということは、前から知っていたしな。
シャーリーが自国の王太子と婚約をしていて、最近解消したこともわかった。
未来の国王と王妃だというのに、ふたりが婚約をしているという事実は国外には知らされていなかった。シャーリーが神涙獣の愛し子だったからだろう。それを知っていれば余だって会ったことがなかったとしても求婚する。神涙獣が邪獣になればなったで利用価値はあるからな。
シャーリーと会ってしばらくしての小規模な大暴走で、余は自分がなにかに守られていることを悟った。
その後一匹だけで訪ねて来た神涙獣に聞くと、彼女が余を案じているからだろうと言われた。その言葉を耳にした途端、全身が燃え上がった。今すぐにでも王国に押し入ってシャーリーを奪い去りたいと思った。
たった一度会って軽く会話を交わしただけなのに、余は彼女に恋していたのだ。悔しいけれど認めざるを得なかった。
喜びに浸れたのは数日だけだった。
次の大暴走で顔を合わせたフィーニスの王太子も加護を受けたままだと気づいたからだ。婚約を解消したというのに、どうして今もシャーリーはあの男を守り続けているのだろう。
名前は調べるまで知らなかったが、神涙獣は自分の愛し子の話をよく余に愚痴っていた。……あの子は優し過ぎる、と。いきなり戦場に放り込まれた幼なじみの元婚約者を案じているだけだろうか。わからない。わからないから不安が余を苛む。
「皇帝陛下、直に囮がこちらへ弱らせたドラゴンを誘き寄せます!」
「エルトン王太子殿下、ご準備を!」
うちの部下と王太子の仲間が同時に戻ってきて告げる。
まあドラゴンの体力を削ったのは帝国軍だけどな。
ドラゴンは強い。神に等しい力を持つが、邪獣と違って神の助けは期待出来ない。神は人間にドラゴンを倒す力を与えているのだ。
ついに来た。シャーリーが言っていたドラゴン、余を殺す運命が。
余は愛用の大剣を握り締めた。大剣は補助魔導で光を纏っている。
ドラゴンに止めを刺すのは余だ。シャーリーが言った不吉な予言など覆してやる。
フィーニスの王太子も馬から降り、槍を握り締めていた。賢い判断だ。魔獣の大暴走に慣れた馬でもドラゴン相手ではどうなるかわからない。王太子の槍先も仲間の補助魔導で輝きを放っていた。
ドラゴンを倒したら、余はシャーリーに求婚しようと思っている。
ただ問題は、神涙獣目当てだと思われないかということだ。
そう思われるのは当たり前なのに、シャーリーにだけはそう思われたくない。彼女が余の地位や権力目当てでも構わないけれど、余がこの胸の想い以外で彼女を求めているのだとは思われたくなかった。どうしたら良いのだろう。自分がこんなことで思い悩む男だなんて知らなかった。
──やがて現れたドラゴンとの戦いは昼前に始まって夕暮れ時、昼と夜の狭間のときまで続いた。
「遅くなって申し訳ありませんでした、皇帝陛下」
「なぁに、構わぬさ。協力を約束していたわけではなかろう。魔の森が、どちらの国にとっても大事な場所だというだけだ」
ドラゴンの体力削りを部下に任せて、余が別の部下に補助魔導をかけさせているときにフィーニス王国のエルトン王太子がやって来た。
銀の髪に青い瞳、白馬に乗った王子様だ。
この大陸では、こやつのような外見こそが貴族らしいと喜ばれる。我が国の口先だけの貴族どもは、余の外見がこんな風なら受け入れたのだろうか。
森の中には、ゴロゴロと死体が転がっている。
フィーニス王国の警備隊のものではない。もちろん我が帝国軍の兵士でもない。
滅亡の日教団という邪教の狂信者どもの死体だ。我が帝国では彼らの危険性に気づき、以前から取り締まりを続けてきた。この森から起こる大暴走の元凶の多くは、彼らの儀式によって呼び出されたものだったのだ。今回はフィーニス王国からも排斥され始めていた分、元凶召喚の儀式に使われた生贄が多かったのだろう。
仲間を斥候に行かせ、王太子は余と同じように残った仲間に補助魔導をかけさせる。
最初は足を引っ張るしか能のない莫迦だったのに、この数ヶ月で成長したものだ。
余も王太子も、補助魔導は攻撃力増幅に特化したものをかけさせている。防御力を高める必要はない。お互い国の上部に立つものとして最高の防具を装備しているのもある。しかしそれ以上に余と王太子は、強い力によって守られていた。神涙獣の加護だ。
……ああ、胸糞悪いっ!
彼女──フィーニス王国の伯爵令嬢シャーリーだということは、調査するとすぐにわかった。神涙獣が北の王国から来ているということは、前から知っていたしな。
シャーリーが自国の王太子と婚約をしていて、最近解消したこともわかった。
未来の国王と王妃だというのに、ふたりが婚約をしているという事実は国外には知らされていなかった。シャーリーが神涙獣の愛し子だったからだろう。それを知っていれば余だって会ったことがなかったとしても求婚する。神涙獣が邪獣になればなったで利用価値はあるからな。
シャーリーと会ってしばらくしての小規模な大暴走で、余は自分がなにかに守られていることを悟った。
その後一匹だけで訪ねて来た神涙獣に聞くと、彼女が余を案じているからだろうと言われた。その言葉を耳にした途端、全身が燃え上がった。今すぐにでも王国に押し入ってシャーリーを奪い去りたいと思った。
たった一度会って軽く会話を交わしただけなのに、余は彼女に恋していたのだ。悔しいけれど認めざるを得なかった。
喜びに浸れたのは数日だけだった。
次の大暴走で顔を合わせたフィーニスの王太子も加護を受けたままだと気づいたからだ。婚約を解消したというのに、どうして今もシャーリーはあの男を守り続けているのだろう。
名前は調べるまで知らなかったが、神涙獣は自分の愛し子の話をよく余に愚痴っていた。……あの子は優し過ぎる、と。いきなり戦場に放り込まれた幼なじみの元婚約者を案じているだけだろうか。わからない。わからないから不安が余を苛む。
「皇帝陛下、直に囮がこちらへ弱らせたドラゴンを誘き寄せます!」
「エルトン王太子殿下、ご準備を!」
うちの部下と王太子の仲間が同時に戻ってきて告げる。
まあドラゴンの体力を削ったのは帝国軍だけどな。
ドラゴンは強い。神に等しい力を持つが、邪獣と違って神の助けは期待出来ない。神は人間にドラゴンを倒す力を与えているのだ。
ついに来た。シャーリーが言っていたドラゴン、余を殺す運命が。
余は愛用の大剣を握り締めた。大剣は補助魔導で光を纏っている。
ドラゴンに止めを刺すのは余だ。シャーリーが言った不吉な予言など覆してやる。
フィーニスの王太子も馬から降り、槍を握り締めていた。賢い判断だ。魔獣の大暴走に慣れた馬でもドラゴン相手ではどうなるかわからない。王太子の槍先も仲間の補助魔導で輝きを放っていた。
ドラゴンを倒したら、余はシャーリーに求婚しようと思っている。
ただ問題は、神涙獣目当てだと思われないかということだ。
そう思われるのは当たり前なのに、シャーリーにだけはそう思われたくない。彼女が余の地位や権力目当てでも構わないけれど、余がこの胸の想い以外で彼女を求めているのだとは思われたくなかった。どうしたら良いのだろう。自分がこんなことで思い悩む男だなんて知らなかった。
──やがて現れたドラゴンとの戦いは昼前に始まって夕暮れ時、昼と夜の狭間のときまで続いた。
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