婚約破棄まで死んでいます。

豆狸

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第四話 さようなら、王子様

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 結局私は、父に抱き着いて泣きじゃくってしまいました。
 父は私が泣き止むまで、優しく頭を撫で続けてくれました。涙と一緒に処刑される未来という悪夢も流れ落ちていくような気持ちになりました。
 実際、婚約を解消する前より記憶が薄れているような気がします。

 泣きじゃくる私と抱き締める父を置いて、王太子殿下方は近衛兵と一緒にどこかへ行ってしまいました。もちろん捕らえられたペルブランディ様もです。
 私は午後の授業を欠席してしまいましたが、この日は午後の授業自体がおこなわれなかったようです。教員を確保したと言っていましたものね。
 家へ帰ると、王太子殿下に邪険されていることを、どうしてもっと早くに相談しなかったのだと、母に怒られながら泣かれてしまいました。母に抱き締められて、私もまた泣きました。

 泣き疲れて眠りに就いた翌朝、学園はしばらくお休みになると聞かされました。
 その間伯爵領で過ごさないかと言われ、私は喜んで頷きました。
 王太子殿下の婚約者になってから、ずっと王都で過ごしていたので伯爵領は久しぶりなのです。幼いころ、殿下との婚約が決まった直後に行ったのが最後でしょうか。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「……滅亡の日教団、ですか?」

 父母と伯爵領へと向かう馬車の中、今回の事情を説明してもらいます。
 ペルブランディ様は王太子殿下方を誘惑してこの国を乗っ取るため、滅亡の日教団という邪教が学園に送り込んできた色仕掛け要因だったそうです。
 教員として潜り込んでいた教団の信者が特待生になれるよう入学試験の成績を操作したのだとか。その教員は保護者への報告も捻じ曲げて、王太子殿下と側近候補の方々が彼女に傾倒していったことを隠ぺいしていたようです。雇われの監視兼護衛でもあったらしく、あのとき彼女が探していたのはその教員の姿だったのかもしれません。

「初めて聞きます。色仕掛けで国を乗っ取ろうとするなんて、どのような教団なのですか?」
「世界を滅ぼし、滅ぼした後の世界を自分達が支配するというのが彼らの目的だよ」
「滅ぼしてしまったら、支配する世界もなくなるのではないですか?」
「はは、そうだね。けれど彼らは滅びるのは今の穢れた世界だけで、清らかな自分達には美しい新世界が用意されると信じ込んでいるんだ」

 世界を滅ぼそうとしながら、自分達は清らかだなんてよく言えたものです。
 ですが、彼らの手腕を認めないわけにはいきません。
 私が処刑される未来、悪夢で見たあの世界は確かに滅びかけていたと思います。即位なさった王太子殿下と側近方の心次第で法は捻じ曲げられ、貴族は処刑され庇護を失った民は先日までの私のように瞳から光を失っていました。人が心を殺すとき、世界は滅びるのではないでしょうか。

「あのペルブランディとかいう女は教団に雇われていただけで信者ではなかったから、正体に気づかれたと悟って逃げ出そうとしたんだが、教員のほうは秘密を守るために自害しようとしたんだよ。教団のために死ねば、美しい新世界に生まれ変われると信じている狂信者だったんだ」

 教団の教義も狂信者も怖いですが、そんな教団にお金で雇われる人がいるというのも恐ろしい気がします。教団からの依頼だと知らなかったのでしょうか。
 父の話を聞きながら、私は隣に座る母の肩に頭を預けました。頭があるのは良いものです。
 このまま頭を斬り落とされることなく生きていけますようにと願いながら、私は眠りに落ちていきました。

 意識を失う寸前に、ふと王太子殿下のお顔が浮かんできました。
 銀の髪に青い瞳のお美しい殿下は、ペルブランディ様に騙されているとは知らずに本気で恋をしていたのでしょうか。
 だとしたら、今はどんなにお辛いことでしょう。お可哀相に、とは思いましたが、お慰めしたいとは思いませんでした。もう婚約者ではありませんしね。
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