婚約破棄まで死んでいます。

豆狸

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第二話 また死ぬ日まで

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 断頭台で処刑されたはずの私は、気がつくと学園の最終学年の始まりの日に戻っていました。
 あれはなんだったのでしょうか?
 ただの悪夢? 予知? 私は本当に処刑された上で心だけが過去に戻って来たの? それともこの世界こそが、死に至る直前に見る夢の中?

 あれから数日経ちますが、この世界から目覚める様子はありません。
 私が覚えている過去に、そのまま戻って来たように感じます。
 婚約者のエルトン王太子殿下は、特待生のペルブランディ様に夢中。殿下の側近候補の方々もそうで、彼女が私に苛められたという証言を信じて私を嫌っています。私だけでなく、彼らはペルブランディ様を嗜める人間すべてに噛みついていました。いくら学園が身分の上下を気にせず自由に交流することを奨励していても、婚約者のいる異性にすり寄る行為は許されていないのに。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 昼休み、私はひとり中庭のベンチに座って昼食を摂っていました。

 お友達のご令嬢の方々は私を信じて寄り添ってくれようとするのですが、あの恐ろしい悪夢を見た身では彼女達の優しさに縋ることは出来ません。
 処刑される未来については口に出さず、私に構っていると皆様も巻き込まれる、と本当のことを告げて距離を置きました。私が親しくしているご令嬢方は殿下の側近候補の婚約者がほとんどです。処刑される未来が来なくても、殿下に嫌われている私の肩を持っていたら婚約者の方々との中に亀裂が入ってしまいます。
 悪夢の中では、そんなことを考えるほどの余裕もなく皆様の優しさに甘えていました。私が距離を置くことで、皆様が幸せな未来を迎えられると良いのですけれど。

 距離を置いたのはお友達に対してだけではありません。
 同じ家に暮らしているので意味はないかもしれませんが、両親とも距離を置くつもりです。事が起こったときに捨てやすい、不愛想で可愛くない娘だと思われるためです。
 あの悪夢、処刑される未来が本当のものになるかどうかはわかりません。けれど、その可能性は高いのではないかと思っています。

「……なんだ。こんなところでひとりで食べているのか」
「お可哀相」

 ぼんやりと昼食のパンを食んでいたら、裏庭に通じる細道からエルトン王太子殿下とペルブランディ様が現れました。ペルブランディ様は長く真っ直ぐな髪が印象的な、清楚なようでいてどこか妖艶な雰囲気を漂わせている女性です。側近候補の方々もご一緒でした。
 王太子殿下の銀の髪が風に揺れ、青い瞳が私を映しました。このフィーニス王国を始めとする大陸の王侯貴族は血縁関係にあることが多く、ほとんどが金か銀の髪と青い瞳をお持ちです。私は茶色い髪に緑色の瞳なので、あまり貴族らしくないと言われます。
 彼らはひとりぼっちの私を見て鼻で笑います。

「当然ですね。あなたのような人間と親しくする者がいるはずがありません」
「本当は学園からも追い出したいんだが、ペルブランディは優し過ぎるからなあ」
「そもそも伯爵令嬢風情が王太子殿下の婚約者だということがおかしいんだよ」
「ボサボサの茶色い髪に濁った緑色の瞳、伝統ある血筋ではありませんね」
「貴様みたいなみすぼらしいのが殿下の隣に立つだけで恥晒しなんだよ」
「せめて学園の試験でくらいは上位に食い込んでほしいよね」

 口々に罵声を浴びせてきますが、心を動かさないように努めます。
 どうして婚約が結ばれたのか、私も知りません。
 見た目が地味でさほど優秀でもない私が王太子殿下の婚約者に相応しくないということは、だれよりも私が一番存じています。学園の成績については自分の努力不足を実感していますので、返す言葉はございません。

 同い年のエルトン王太子殿下と六歳で婚約を結ばされて十二年。
 夜会にエスコートしていただいた覚えはありませんし、誕生日やなにかのお祝いで贈り物をいただいたこともございません。
 王命で結ばれた婚約であるがゆえに、こちらから不満の声を上げることは憚られました。考えてみると、悪夢で処刑される前から私は死んでいたようなものでした。

 本当は、私がお嫌いならすぐにでも婚約を解消してくだされば良いのにと思います。
 今側近候補の方々に言われた通り、我が家は伯爵家に過ぎません。王命である婚約をこちらから断ることは出来ません。
 私の我儘で王家との婚約をどうこう出来るような権力は我が家にはないのです。

 だから、私はいつかあの処刑される未来が来るか、絶対に来ないと確信出来るまで死んでいます。
 悪夢の中でも助けてくださった優しい方々に気づかれないよう、心を殺して存在を隠します。
 本当に死ぬことは出来ません。婚約を嫌がって自殺するのも王命に逆らうことにほかならないのですから。

「その通りですな! 伯爵家の娘が王太子殿下の婚約者になるのはおかしなことです。ましてシャーリーはひとり娘、王家に嫁げと言われても困ります」
「お父様?」

 王太子殿下と側近候補の方々の言葉から必死に耳を塞いでいた私の前に、父が現れました。
 校舎のほうから中庭にいらしたようです。
 父は私に微笑むと、殿下方にお辞儀をしました。丁寧な挨拶の後で、彼らに告げます。

「……ですので、本日をもって我が娘シャーリーとエルトン王太子殿下の婚約は解消させていただきました」
「お父様……王命に逆らうようなことをしたら我が家は」
「気にすることはない。王家から、どうしても、と言われて結んだ婚約だ。君が苦しむのなら結び続ける必要はないんだよ」
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