知ったこっちゃないのです。

豆狸

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第三話 眼鏡

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『黄色い裸族が、ぷらんぷらんさせながら徘徊しているらしい』

 そんな都市伝説が巷を騒がしている。
 夜更けに街中で見かけた警邏の隊員が「そこのキミ、ちょっと待ちなさい」と声をかけて、うしろから肩を掴んだら、とたんにパシャンと崩れて消えてしまったとか。あとの地面がべっちょりと濡れてオシッコを漏らしたみたいに黄色くなっていたとか。

 この話をわたしに聞かせてくれたのは、移住村の女の子。以前より熱心な要望があったので、公園にブランコを増設に行ったときに教えてくれた。
 いま子どもたちの間で、一番ホットな話題なんだとか。
 子どもってばビビりのくせして、この手の怖い話ってわりと好きだからねえ。
 わたしにも覚えがあるよ。小さい頃にテレビでホラー映画とか心霊特番を見ては、夜中にお母さんの布団に潜り込んで、しょっちゅう夫婦の営みを邪魔したものである。もしもあんなことがなかったら、今頃かわいい弟や妹の一人や二人いたのかもしれない。
 まぁ、それはともかくとして、この「黄色い裸族」の話を聞いたとき、わたしの脳裏にサッとよぎったのは、かつて魔族領の隅っこにあるダンジョンにて遭遇したヤツのこと。
 スーラと呼ばれる、歩くこんにゃくゼリーの塊みたいなモンスター。
 ゴミだろうが死肉だろうが生餌だろうが、なんでも消化して食べる。食べた物によって色が変わるというから、おもしろがって光の剣の残骸を与えてみたら、超絶進化して黄色いオッサンになった。
 しかしあまりにもウザい言動と、見苦しい股間のぶらぶら具合にイヤ気がさして、穴を掘って地中深くに埋めて、コレを封印。
 もしや、そいつが復活したのかっ!
 まさか、いや、そんなハズはあるまい。そう思い込み忘れようとした。しかし一抹の不安をどうしても拭いきれない。気になるあまり夢にまで見て、ぷらんぷらんされる始末。
 そこでわたしは、この心のモヤモヤを晴らすべく宇宙戦艦「たまさぶろう」にて、確認に赴くことにした。



 魔族領の端っこの方にある深い深い森の奥が目的地。
 いちおうは魔族領ということもあり、鬼メイドのアルバに先導をさせる。
 だが、ひさしぶりに訪れた現地は、すっかり様変わりしていた。

「すごい賑わいですねえ」とアルバ。
「あの寂れっぷりは、いったいどこへ」あまりの盛況ぶりに唖然とするわたし。
「宿屋に武器屋に道具屋に酒場にと、すっかり開拓されていますね」とはルーシー。

 訪れる者とてほとんどおらず、世間から忘れさられて、自然に埋没しかかっていたダンジョン。
 だが、いまでは周囲の森が開拓され、ダンジョンを中心にして建物が乱立し、ちょっとした町のよう。
 そこに集いひしめき合うは、腕に覚えアリと云わんばかりの魔族の猛者たち。
 アルバがその辺にいる連中に声をかけて事情をたずねたところでは、すべては聖魔戦線の停戦締結から始まったらしい。

 いきなり戦争が終わって、お役御免となり、ヒマになった連中が巷に溢れた。
 かつては戦場で勇ましく武器を手に奮闘していたお父ちゃんも、家に帰ればただの置物。
 はじめの数日こそは、お母ちゃんも労をねぎらい大切にしてくれていた。それこそ上げ膳据え膳にて。新婚の頃のようにかいがいしく世話を焼いてくれた。
 が、十日も過ぎれば「いい加減にしろ! このごく潰し。いつまでも調子こいて、ゴロゴロしてんじゃないよ。掃除の邪魔だ。アンタ、そんなに暇ならダンジョンにでも行って稼いできな」となった。
 どこのご家庭も似たり寄ったりにて、家に居場所のないお父ちゃんたちはゾロゾロとダンジョンへと向かうことに。
 かくして大盛況となったらしい。おかげで長らく放置されてあった各地のダンジョンが見直され、開発ラッシュの真っ最中。魔族領全域にてダンジョンバブル到来。
 前向きなんだか後ろ向きなんだか、よくわからない理由だ。
 しかし、そのせいで自ら口を閉ざしていたダンジョンが、ふたたびその口を開いてしまったようだな。
 ダンジョンはノットガルド八不思議の一つに数えられる存在にて、その正体は超巨大生物。
 体内に招き入れた者らから、生命エネルギーやら魔力をかすめ取って生きている。そんなダンジョンにとって、大挙して押し寄せてくる来客はごちそう。
 目の前にそんなものをぶら下げられて、これをガマンしろというのが酷というもの。

 念のために、黄色いオッサンを埋めた地点も調べたかったのだが、それは叶わない。
 なぜなら、わたしたちは一歩たりともダンジョン内に立ち入ることが許されなかったからだ。
 いい加減、アレからずいぶんと時間も経っているし、イケるかと思ったのだが考えが甘かった。
 正面入り口に立ったとたんに、バタンとダンジョンの入り口が閉じた。
 明確なる拒絶の意志。
 どうやらわたしに対する出禁は、まだ解除されていなかったらしい。
 いきなりダンジョンの入り口が閉じちゃったものだから、周辺および内部に取り残された連中がパニック。
 一時、現場が騒然となる。騒ぎを聞きつけてどんどんと集まって来るゴリゴリの魔族たち。
 このままではマズいと判断し、わたしたちがその場を離れてしばらくすると、ダンジョンの口がふたたびゆっくりと開いたので、どうには騒動は自然に収まってくれた。

 この一件にて内部調査は諦め、外部での聞き取り調査にシフト。
 そしてここでも「黄色いオッサン」の目撃談らしき情報を得る。
 あくまでまた聞きのまた聞きなので、正確なところではないが、周辺開拓初期の頃、夜中に「自由への飛翔! 臥薪嘗胆、復讐するは我にアリ!」と叫びながら、ダンジョンからものスゴイ勢いで飛び出してきた、黄色い裸族を見かけたとかなんとか。
 って、もう確定だよね。これは……。

 その後もリンネ組を動員してウワサや目撃情報を追う。
 宇宙戦艦「たまさぶろう」の艦橋内にて地図を広げて、情報があったところにバツ印を入れていく。
 するとそれは魔族領を飛び出し、あちこちを移動しながらも、ある方へとじょじょに向かっていることがわかった。

「これは……、まさかヤツはすでにリスターナに侵入しているのか!」

 判明した事実にわたしは戦慄を禁じ得ない。

「いえ、リンネさま。あくまでウワサが先行しているようです。ですがこの分では時間の問題かと」
「ルーシー先輩、ヤツの目的はやはり生き埋めにした我々への復讐でしょうか?」
「目撃証言からはそう推察されますが。アレの言動はちんぷんかんぷんにて、まともに付き合うだけバカをみます。その辺のことはこの際、丸っとムシして、まずは身柄を抑えることに専念すべきでしょう」

 ルーシーの提言を受けてわたしは「わかった。いそいで戻って、対策を練ろう」と言った。
 だがしかし、そのときすでにリスターナでは……。


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