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第四話 本当のバルバラ
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「お爺様はお変わりないのね!」
最近やっと落ち着いたフォーゲル辺境伯領から自分を迎えに来た祖父を見て、バルバラは嬉しげな笑顔を浮かべた。
王妃の言葉によって、国王は第一王子アルトゥールとバルバラの婚約を白紙撤回することを決めたのだ。
そちらの処理はすでに終わっており、今日の辺境伯はメーラー侯爵家とバルバラを絶縁させる手続きを取りに来た。
バルバラの見た目は十八歳のままでも心は六歳ということになっている。
王太子の婚約者ではなくなった今、女当主としてメーラー侯爵家を継ぐことも難しい。
辺境伯家はバルバラの母の兄である伯父、もしくは伯父の息子である従兄弟のだれかが継ぐ予定だが、祖父はバルバラを自分か息子の養女にして辺境伯家がいくつか持つ爵位を与えて独立させるか家臣に降嫁させるつもりであった。
「あ、でも私の体が大きくなったから、飛び跳ねなくてもおヒゲに手が届くわ!」
優しく微笑んだ後で、辺境伯は孫娘を見つめた。
ふたりは王都の侯爵邸に停まった辺境伯家の馬車の前にいた。
周囲にはヘレーネと辺境伯家の騎士団がいる。バルバラの味方ばかりだ。
辺境伯は侯爵家との絶縁の手続きにバルバラを立ち会わせる気はなく、馬車の中で待たせて、終わり次第王都の辺境伯邸へ向かおうと考えていた。
本人の将来にも関係する事柄ではあるけれど、六歳であるのなら立ち会っても出来ることはない。
それに──
「バルバラ。王妃殿下はお前を王家から解放してくださった。お前が知ってしまった王家の秘は、いずれ王妃殿下によってお前が口にしても意味のない過去の異物に変わるだろう。だから教えておくれ。お前は本当に六歳なのか? それとも……」
「お爺様?」
バルバラは首を傾げた。
祖父の言っていることがわからない。いや、これまでの日々でちゃんとヘレーネに聞いていた。本当の自分は十八歳なのだと。
祖父は自分が六歳の子どもを演じているのだと疑っているのだろう。
「私、私は……」
答えようとして、バルバラ自身が疑問を持った。
自分は本当に六歳なのだろうか。
身体と違い、心は鏡に映して見ることは出来ない。
「嘘なんかついてないわ、でも……『盛りのついた雄犬』を見たのは、七歳の誕生パーティのときだった。私が六歳だったなら覚えているはずがないわ」
「バルバラ……」
バルバラの瞳から涙がこぼれ落ちた。思い出したくなかった記憶が、ゆっくりと頭に満ちていく。
七歳の誕生パーティでいなくなった父を探していて、彼がこっそり呼び寄せていた恋人、ゲファレナの母親と抱き合って口付けを交わしているのを見てしまったこと。
そのときは父だと気づかなくて、後で母に聞いたら『盛りのついた雄犬』だと言われたこと。
おそらく母はそれで父を見限ったのだということ。
それからの母は心を閉ざして喪った婚約者のことだけを夢見、ついには夢うつつのまま階段から落ちて死んでしまったこと。
母が死ぬと父は喜々として、異母妹ゲファレナとその母親を侯爵邸に連れ込んだこと。
侯爵邸を訪れたアルトゥールがゲファレナの儚げな美しさに目を奪われていたこと。
嫉妬してゲファレナに罵声を浴びせれば浴びせるほど、アルトゥールの心が離れていったこと。
そしてあの日、アルトゥールを探していたバルバラが学園の生徒会室へ辿り着いたこと。
うっすら開いていた扉の隙間から、ゲファレナを抱き締めて口付けをするアルトゥールの姿を目撃してしまったこと。
七歳の誕生パーティのときの父を彷彿させる光景に衝撃を受けて、とにかくその場から逃げ出したくて後から来たダーフィトの制止も聞かずに走り出して──
最近やっと落ち着いたフォーゲル辺境伯領から自分を迎えに来た祖父を見て、バルバラは嬉しげな笑顔を浮かべた。
王妃の言葉によって、国王は第一王子アルトゥールとバルバラの婚約を白紙撤回することを決めたのだ。
そちらの処理はすでに終わっており、今日の辺境伯はメーラー侯爵家とバルバラを絶縁させる手続きを取りに来た。
バルバラの見た目は十八歳のままでも心は六歳ということになっている。
王太子の婚約者ではなくなった今、女当主としてメーラー侯爵家を継ぐことも難しい。
辺境伯家はバルバラの母の兄である伯父、もしくは伯父の息子である従兄弟のだれかが継ぐ予定だが、祖父はバルバラを自分か息子の養女にして辺境伯家がいくつか持つ爵位を与えて独立させるか家臣に降嫁させるつもりであった。
「あ、でも私の体が大きくなったから、飛び跳ねなくてもおヒゲに手が届くわ!」
優しく微笑んだ後で、辺境伯は孫娘を見つめた。
ふたりは王都の侯爵邸に停まった辺境伯家の馬車の前にいた。
周囲にはヘレーネと辺境伯家の騎士団がいる。バルバラの味方ばかりだ。
辺境伯は侯爵家との絶縁の手続きにバルバラを立ち会わせる気はなく、馬車の中で待たせて、終わり次第王都の辺境伯邸へ向かおうと考えていた。
本人の将来にも関係する事柄ではあるけれど、六歳であるのなら立ち会っても出来ることはない。
それに──
「バルバラ。王妃殿下はお前を王家から解放してくださった。お前が知ってしまった王家の秘は、いずれ王妃殿下によってお前が口にしても意味のない過去の異物に変わるだろう。だから教えておくれ。お前は本当に六歳なのか? それとも……」
「お爺様?」
バルバラは首を傾げた。
祖父の言っていることがわからない。いや、これまでの日々でちゃんとヘレーネに聞いていた。本当の自分は十八歳なのだと。
祖父は自分が六歳の子どもを演じているのだと疑っているのだろう。
「私、私は……」
答えようとして、バルバラ自身が疑問を持った。
自分は本当に六歳なのだろうか。
身体と違い、心は鏡に映して見ることは出来ない。
「嘘なんかついてないわ、でも……『盛りのついた雄犬』を見たのは、七歳の誕生パーティのときだった。私が六歳だったなら覚えているはずがないわ」
「バルバラ……」
バルバラの瞳から涙がこぼれ落ちた。思い出したくなかった記憶が、ゆっくりと頭に満ちていく。
七歳の誕生パーティでいなくなった父を探していて、彼がこっそり呼び寄せていた恋人、ゲファレナの母親と抱き合って口付けを交わしているのを見てしまったこと。
そのときは父だと気づかなくて、後で母に聞いたら『盛りのついた雄犬』だと言われたこと。
おそらく母はそれで父を見限ったのだということ。
それからの母は心を閉ざして喪った婚約者のことだけを夢見、ついには夢うつつのまま階段から落ちて死んでしまったこと。
母が死ぬと父は喜々として、異母妹ゲファレナとその母親を侯爵邸に連れ込んだこと。
侯爵邸を訪れたアルトゥールがゲファレナの儚げな美しさに目を奪われていたこと。
嫉妬してゲファレナに罵声を浴びせれば浴びせるほど、アルトゥールの心が離れていったこと。
そしてあの日、アルトゥールを探していたバルバラが学園の生徒会室へ辿り着いたこと。
うっすら開いていた扉の隙間から、ゲファレナを抱き締めて口付けをするアルトゥールの姿を目撃してしまったこと。
七歳の誕生パーティのときの父を彷彿させる光景に衝撃を受けて、とにかくその場から逃げ出したくて後から来たダーフィトの制止も聞かずに走り出して──
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