不機嫌な彼女

豆狸

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最終話 上機嫌な彼

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 キェーエー。

 響き渡る甲高い鳥のような声はモーンの叫びだ。
 王女との婚約でサンデルが金を得ても、幼馴染は戻ってこなかった。
 家の外に囲われるのは良いが、家の中に囲われるのは嫌だったようだ。モーンが本当に愛しているのは、サンデルに贈られた装身具を換金して貢いでいる吟遊詩人だったから。その彼と自由に会えなくなるような状況は嫌だったのだ。

 災害が続いたセードルフ侯爵領の隣領だったドリーセン子爵領も疲弊していた。
 モーンの両親は彼女の意思を無視して、娘をサンデルの愛妾として売り払った。
 味方がいなくなった彼女は吟遊詩人と逃げた。とはいえ吟遊詩人がモーンを愛していたわけではない。何人もいる金蔓のひとりに過ぎないモーンが持っていた金目のものを全部失った時点で、吟遊詩人は彼女を娼館へ売り払った。

 乱暴な客に殴られたモーンは頭を打って正気を失い、貴族令嬢を売った吟遊詩人は捕まって処刑された。
 侯爵領のセードルフ邸の離れで、狂女となったモーンは甲高い叫び声を上げ続けている。
 それでも彼女は自分が吟遊詩人を愛していたことだけは覚えていて、彼ではないとサンデルを拒む。吟遊詩人との駆け落ちという不適切な行為の報いとして、モーンは学園から退学させられていた。

 再会した彼女が美しく艶やかで、ふたつ年上のローサリンダよりも色気があったのは、単に吟遊詩人と関係を持っていたからだった。
 もちろんモーンがサンデルに擦り寄って来たのは、吟遊詩人に貢ぐためだ。
 サンデルが簡単に篭絡されたのは、モーンが吟遊詩人のために自分を殺してサンデルの望むままに振る舞ってくれたからだった。

 キェーエー。

 自分で選んだ愛しい幼馴染の叫びを聞きながら息絶えていくサンデルの脳裏には、ともにセードルフ侯爵家の未来を語っていたときのローサリンダの笑顔が浮かんでいた。
 色欲を愛だと思い込んでも幸せにはなれない。
 それはたぶん王女と騎士も。

★ ★ ★ ★ ★

「セードルフ侯爵家が滅んだよ」

 学園を卒業して数ヶ月ほど経ったころ、私は新しい婚約者のリーベン様に言われました。
 リーベン様はハルマン伯爵領に近いヴァンダム伯爵家のご子息で、次男なのでご実家は継ぎません。
 私と婚約するまでは決まった方もいらっしゃいませんでした。

 在学中に騎士爵を授かったリーベン様は、我が家を継ぐお兄様に忠誠を誓ってくれました。
 私も文官としてお兄様を補佐しようと思っています。
 サンデル様と婚約していた間に学んだ領地経営の知識は無駄にはしないつもりです。

「そうなのですか? サンデル様は急病でお亡くなりになったと聞いていましたが、ご当主の侯爵様はご健勝ですし、王女殿下は彼の子どもを身籠っていらっしゃったのではないのですか?」
「そのふたりとも死んじゃったんだよ。侯爵領のセードルフ侯爵邸が火事で焼け落ちたんだ。ご当主様と王女殿下だけでなく、王女殿下の忠実なる騎士もサンデル殿が愛した幼馴染も一緒にね」
「まあ……」

 なにか裏があるような気もしますが、他家のことに首を突っ込んでも良いことはないでしょう。

「セードルフ侯爵領はどうなるのですか?」
「しばらくは王家預かりだろうけど、そのまま王領にしたんじゃ王女殿下を降嫁させて乗っ取ったって言われそうだよね」
「切り分けて、領地の近い我がハルマン伯爵家やリーベン様のヴァンダム伯爵家へ押し付けて来そうですね」
「俺が土地をもらって領主になったら嬉しい? ローサリンダなら領主夫人としてもやっていけるだろ?」

 ありがたいことにリーベン様は私を好いてくださっています。
 婚約を結ぶ前の顔見せの際に、学んだ領地経営について話したら気に入ってくださったのです。
 騎士爵を得て独立したとはいえ、貴族子息として育ったリーベン様は領主の仕事の大変さを知ってらっしゃいますし、領民を幸せにしたいとも願っていらっしゃいます。私と一緒に民のために生きていきたいと言ってくださいました。

「……リーベン様の妻となれるのなら、領主でも騎士の家でもかまいませんわ」
「俺も。ローサリンダがいてくれるなら、どっちでも良いな。そのうち義父上や義兄上ともお話してみよう」
「はい、そうですね」

 私といるだけで上機嫌になってくださるリーベン様と一緒にいると、私も上機嫌になっていくのがわかります。
 サンデル様と私は、互いに不機嫌になるしかない関係だったのでしょう。
 モーン様が現れるまでは笑顔を交わし合っていた気もしますが、それはもう思い出せないほど遠い記憶でしかありません。私の頭に蘇るのは、不機嫌なお顔のサンデル様だけなのです。やがて、それも上機嫌なリーベン様の笑顔が消していってくれることでしょう──
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