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第二話 ご機嫌な彼女
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サンデルとローサリンダの婚約が解消されると、モーンはすぐサンデルに近づかなくなった。
口では自分のせいで婚約を解消されることになったから申し訳ない、などと言っていたけれど、実際は贈り物をする金がなくなったからだということはわかっていた。
度重なる災害でセードルフ侯爵家が疲弊するまでは、サンデルとモーンは仲の良い幼馴染だった。だれもがふたりを恋人同士だと思っていた。侯爵家が疲弊した途端季節の便りも届かなくなって、サンデルはモーンが金目当てだと知ったのだ。
それでもサンデルはモーンを愛していた。
婚約した最初のうちはちゃんとローサリンダを愛そうと思っていたのだ。
ふたりでセードルフ侯爵家の未来を語り笑い合うのは楽しかった。
激しい恋情はなくても温かい愛情はある関係が二年続いて、再会したモーンに擦り寄られたときは不快にしか思えなかった。金目当てなのは明らかだったからだ。
なのに初恋の相手で、以前よりも美しく艶やかになったモーンに迫られて、いつしかサンデルの理性は溶け去ってしまった。
ローサリンダも可愛らしいのだが、モーンよりもふたつも年上だったくせに、彼女はモーンよりも色気がなかった。
(モーンが金目当てなら、僕が金を得れば良いだけだ)
セードルフ侯爵家の立て直しで疲れ切っていた当主の父は、サンデルの考えを渋々ながらも受け入れてくれた。
ほかに方法がないと理解していたのだろう。
サンデルは新しい相手と婚約を結ぶことにしたのだ。
そして今日、サンデルは王宮へ来ていた。
領地が疲弊していても侯爵子息なので、初めから登城の資格は持っている。
しかし王族の私的空間にまで入るのは今回が初めてだった。
「ええ、ええ。愛し合うふたりが結ばれるのは素晴らしいことですわ。アタクシは愛しい騎士と、アナタは愛する幼馴染と結ばれて、一緒に仮面夫婦を演じましょう」
彼女はこの王国の王女だ。
サンデルよりもいつつほど年上で、隣国の王子と婚約が結ばれていたにもかかわらず、自分の護衛騎士と関係を持ってそれを台無しにした。
以来王宮内の離宮で騎士と睦み合う生活を送っている。父親の国王は最愛の側妃が遺した王女を溺愛していて、隣国の王子との婚約が王女有責で破棄された後も罰を与えることはなかった。けれど国王としてはすべてを許すことも出来なかった。
「アナタがアタクシの結婚相手として声を上げてくださって良かったですわ。お父様もお兄様も、騎士と愛し合うことは許してくださっても、騎士の子どもを産むことは許してくださらなかったのですもの。ええ、もちろんセードルフ侯爵家を継ぐのはアナタとアナタの愛する幼馴染の子どもですわ。アタクシと騎士の子どもには、侯爵家が持つ低い爵位で十分です。アタクシと騎士の子どもなのですもの。最初の身分が低くても、自分の力で成り上がりましてよ」
サンデルが答える間もなく、王女は陶然とした顔で語り続ける。
王家はこの問題児を引き受ける代わりにセードルフ侯爵家を支援すると約束してくれた。国王の誓約だけでは信用しきれたものではないが、しっかり者の王妃の血を受け継いだ王太子も確約してくれている。
王女の兄は亡き側妃そっくりの異母妹を毛嫌いしていて、なんとしても王宮から追い出したいと願っていたらしい。
サンデルは王宮からの支援で、モーンを侯爵領のセードルフ邸の離れに囲うつもりでいる。
もしローサリンダと結婚していたら、さすがに同じ家の敷地内には囲えなかっただろう。王都か侯爵領の下町に家を借りて囲うことになっていたに違いない。
自身も情夫を持つ王女との婚約だから手が届くことになった未来だ。
(僕は幸せだ。……幸せになるんだ)
何度自分に言い聞かせても、目の前にいる王女の瞳に映っているのは、ご機嫌な彼女とは正反対の不機嫌そうな男の姿だった。
口では自分のせいで婚約を解消されることになったから申し訳ない、などと言っていたけれど、実際は贈り物をする金がなくなったからだということはわかっていた。
度重なる災害でセードルフ侯爵家が疲弊するまでは、サンデルとモーンは仲の良い幼馴染だった。だれもがふたりを恋人同士だと思っていた。侯爵家が疲弊した途端季節の便りも届かなくなって、サンデルはモーンが金目当てだと知ったのだ。
それでもサンデルはモーンを愛していた。
婚約した最初のうちはちゃんとローサリンダを愛そうと思っていたのだ。
ふたりでセードルフ侯爵家の未来を語り笑い合うのは楽しかった。
激しい恋情はなくても温かい愛情はある関係が二年続いて、再会したモーンに擦り寄られたときは不快にしか思えなかった。金目当てなのは明らかだったからだ。
なのに初恋の相手で、以前よりも美しく艶やかになったモーンに迫られて、いつしかサンデルの理性は溶け去ってしまった。
ローサリンダも可愛らしいのだが、モーンよりもふたつも年上だったくせに、彼女はモーンよりも色気がなかった。
(モーンが金目当てなら、僕が金を得れば良いだけだ)
セードルフ侯爵家の立て直しで疲れ切っていた当主の父は、サンデルの考えを渋々ながらも受け入れてくれた。
ほかに方法がないと理解していたのだろう。
サンデルは新しい相手と婚約を結ぶことにしたのだ。
そして今日、サンデルは王宮へ来ていた。
領地が疲弊していても侯爵子息なので、初めから登城の資格は持っている。
しかし王族の私的空間にまで入るのは今回が初めてだった。
「ええ、ええ。愛し合うふたりが結ばれるのは素晴らしいことですわ。アタクシは愛しい騎士と、アナタは愛する幼馴染と結ばれて、一緒に仮面夫婦を演じましょう」
彼女はこの王国の王女だ。
サンデルよりもいつつほど年上で、隣国の王子と婚約が結ばれていたにもかかわらず、自分の護衛騎士と関係を持ってそれを台無しにした。
以来王宮内の離宮で騎士と睦み合う生活を送っている。父親の国王は最愛の側妃が遺した王女を溺愛していて、隣国の王子との婚約が王女有責で破棄された後も罰を与えることはなかった。けれど国王としてはすべてを許すことも出来なかった。
「アナタがアタクシの結婚相手として声を上げてくださって良かったですわ。お父様もお兄様も、騎士と愛し合うことは許してくださっても、騎士の子どもを産むことは許してくださらなかったのですもの。ええ、もちろんセードルフ侯爵家を継ぐのはアナタとアナタの愛する幼馴染の子どもですわ。アタクシと騎士の子どもには、侯爵家が持つ低い爵位で十分です。アタクシと騎士の子どもなのですもの。最初の身分が低くても、自分の力で成り上がりましてよ」
サンデルが答える間もなく、王女は陶然とした顔で語り続ける。
王家はこの問題児を引き受ける代わりにセードルフ侯爵家を支援すると約束してくれた。国王の誓約だけでは信用しきれたものではないが、しっかり者の王妃の血を受け継いだ王太子も確約してくれている。
王女の兄は亡き側妃そっくりの異母妹を毛嫌いしていて、なんとしても王宮から追い出したいと願っていたらしい。
サンデルは王宮からの支援で、モーンを侯爵領のセードルフ邸の離れに囲うつもりでいる。
もしローサリンダと結婚していたら、さすがに同じ家の敷地内には囲えなかっただろう。王都か侯爵領の下町に家を借りて囲うことになっていたに違いない。
自身も情夫を持つ王女との婚約だから手が届くことになった未来だ。
(僕は幸せだ。……幸せになるんだ)
何度自分に言い聞かせても、目の前にいる王女の瞳に映っているのは、ご機嫌な彼女とは正反対の不機嫌そうな男の姿だった。
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