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第四話 結婚式の日
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ジェレミアがアンナを訪ねる一ヶ月前のこと──
★ ★ ★ ★ ★
だれにでも、大切なたったひとつの愛がある。
ディッタトゥーラのたったひとつはイザッコだった。
ふたりは王都の下町で一緒に育った。
イザッコはだれよりも喧嘩が強くて頭も見た目も良かった。
犯罪組織に入って悪さをしていても、女癖が悪くて言うことを聞いてくれなくても、ディッタトゥーラのたったひとつの愛はイザッコだった。
これから王都の聖神殿で結婚式を挙げる公爵令息ジェレミアではない。
公爵家に付けられたメイドによって美しく装わされていく自分の鏡像を見つめて、ディッタトゥーラは溜息を飲み込んだ。
イザッコはもういないのだ。
ジェレミアと結婚することがディッタトゥーラの幸せなのだ。
今の公爵家は裕福だし、ジェレミアはディッタトゥーラに夢中だ。
なにしろ幼いころからの婚約者で、病弱だったジェレミアのために高額な薬を原料から生産して治療に勤しんでくれた子爵家の令嬢アンナと婚約破棄をしてまで、公爵家の下働きだったディッタトゥーラと結婚しようとしているのだから。
治療の甲斐あって健康になったジェレミアが、豪商から叙爵された子爵家の地味な令嬢よりも、平民とはいえだれよりも美しい自分のほうを選んだのは当然のことだと、ディッタトゥーラは思っている。
もともとジェレミアは、地味だが頭の良いアンナに劣等感を抱いていた。
今でこそ裕福な公爵家だけれど、子爵家と婚約を結んだころは没落寸前で、彼は高い身分を笠に着て金目当てで婚約したのだと揶揄されていることにも苦しんでいた。
見下せる平民の女で自分から擦り寄って来て、真面目なアンナが許さないことも自由にさせるディッタトゥーラに心を移したのは自然な流れだった。
ディッタトゥーラも努力した。
ジェレミアから少しでも金を巻き上げるために、アンナに虐められていると嘘を吹き込んだ。
はっきり言葉にして子爵令嬢に反論されたりしないよう、だれかに睨まれているように感じる、どこからか暴言が聞こえてくる、公爵邸でだれかわからない令嬢の姿が視界を過ぎると悪いことが起きた、とどうとでも取れるように話をした。
ジェレミアが婚約破棄の際にアンナがディッタトゥーラを虐めていたことを理由にしたと聞いたときには戸惑ったけれど、王家から分かれた公爵家のほうが身分が高いのだから、子爵家が嘘だと言って訴えてきても権力でねじ伏せられるだろう。
アンナとジェレミアが婚約していた間に子爵家から受けた援助によって、今の公爵家は身分に相応しい資産を手に入れているのだから。
今日、公爵家の一員となるディッタトゥーラのことも守ってくれるに違いない。
(公爵と夫人がアタシ達の結婚を許してくれたのには驚いたけど……あのふたりもあの地味女よりアタシのほうが気に入ったのかしらね)
今後、公爵夫婦が平民の嫁に対する不満を口にしたとしても、結婚してしまえばこっちのものだ。
ディッタトゥーラは公爵子息の妻となり、未来の公爵夫人となる。
それが少し早まったって問題はないはずだ。
ディッタトゥーラは、下町で親しくしていた男の顔を思い浮かべる。
イザッコと同じ犯罪組織で成り上がっている大柄な男だ。
幼いころからディッタトゥーラに夢中で、ちょっと甘えてやればなんでも言うことを聞いてくれる。親友のイザッコのことだって裏切ってくれたのだから、見ず知らずの公爵夫婦だって喜んで始末してくれるだろう。
(でもそれで脅されたり言いなりにされたりするのは嫌だわ)
公爵夫婦が馬車に乗っているときにでも襲わせて、後から善意の第三者を装って目撃証言を貴族の事件を担当する騎士団詰所に投げ込もうか、なんてことをディッタトゥーラは思う。
ディッタトゥーラはだれにも支配されたくない。
支配するのはいつも自分であるべきだ。イザッコだって、おとなしくディッタトゥーラに従っていれば良かったのだ。彼が魔力減衰病になったのは、きっとディッタトゥーラの言うことを聞かなかったからに違いない。
(それに、アイツはイザッコほど見た目が良くないもんね。連れ歩くならジェレミアのほうがマシだわ)
病弱で溺愛されて育ったジェレミアは少々善人ぶりが鼻につくものの、ディッタトゥーラのように要領が良くて機転の利く人間には扱いやすい男性だった。
善人だからこそ、婚約者に罪悪感を抱いているからこそ、浮気相手のディッタトゥーラに溺れて禁断の不貞を貪ったのだ。
自分が悪いと思いたくないから、婚約者を悪人にして婚約を破棄し、真実の愛だと思い込むために浮気相手と結婚しようとしているのだ。
(なんて便利な道具なのかしら!)
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だれにでも、大切なたったひとつの愛がある。
ディッタトゥーラのたったひとつはイザッコだった。
ふたりは王都の下町で一緒に育った。
イザッコはだれよりも喧嘩が強くて頭も見た目も良かった。
犯罪組織に入って悪さをしていても、女癖が悪くて言うことを聞いてくれなくても、ディッタトゥーラのたったひとつの愛はイザッコだった。
これから王都の聖神殿で結婚式を挙げる公爵令息ジェレミアではない。
公爵家に付けられたメイドによって美しく装わされていく自分の鏡像を見つめて、ディッタトゥーラは溜息を飲み込んだ。
イザッコはもういないのだ。
ジェレミアと結婚することがディッタトゥーラの幸せなのだ。
今の公爵家は裕福だし、ジェレミアはディッタトゥーラに夢中だ。
なにしろ幼いころからの婚約者で、病弱だったジェレミアのために高額な薬を原料から生産して治療に勤しんでくれた子爵家の令嬢アンナと婚約破棄をしてまで、公爵家の下働きだったディッタトゥーラと結婚しようとしているのだから。
治療の甲斐あって健康になったジェレミアが、豪商から叙爵された子爵家の地味な令嬢よりも、平民とはいえだれよりも美しい自分のほうを選んだのは当然のことだと、ディッタトゥーラは思っている。
もともとジェレミアは、地味だが頭の良いアンナに劣等感を抱いていた。
今でこそ裕福な公爵家だけれど、子爵家と婚約を結んだころは没落寸前で、彼は高い身分を笠に着て金目当てで婚約したのだと揶揄されていることにも苦しんでいた。
見下せる平民の女で自分から擦り寄って来て、真面目なアンナが許さないことも自由にさせるディッタトゥーラに心を移したのは自然な流れだった。
ディッタトゥーラも努力した。
ジェレミアから少しでも金を巻き上げるために、アンナに虐められていると嘘を吹き込んだ。
はっきり言葉にして子爵令嬢に反論されたりしないよう、だれかに睨まれているように感じる、どこからか暴言が聞こえてくる、公爵邸でだれかわからない令嬢の姿が視界を過ぎると悪いことが起きた、とどうとでも取れるように話をした。
ジェレミアが婚約破棄の際にアンナがディッタトゥーラを虐めていたことを理由にしたと聞いたときには戸惑ったけれど、王家から分かれた公爵家のほうが身分が高いのだから、子爵家が嘘だと言って訴えてきても権力でねじ伏せられるだろう。
アンナとジェレミアが婚約していた間に子爵家から受けた援助によって、今の公爵家は身分に相応しい資産を手に入れているのだから。
今日、公爵家の一員となるディッタトゥーラのことも守ってくれるに違いない。
(公爵と夫人がアタシ達の結婚を許してくれたのには驚いたけど……あのふたりもあの地味女よりアタシのほうが気に入ったのかしらね)
今後、公爵夫婦が平民の嫁に対する不満を口にしたとしても、結婚してしまえばこっちのものだ。
ディッタトゥーラは公爵子息の妻となり、未来の公爵夫人となる。
それが少し早まったって問題はないはずだ。
ディッタトゥーラは、下町で親しくしていた男の顔を思い浮かべる。
イザッコと同じ犯罪組織で成り上がっている大柄な男だ。
幼いころからディッタトゥーラに夢中で、ちょっと甘えてやればなんでも言うことを聞いてくれる。親友のイザッコのことだって裏切ってくれたのだから、見ず知らずの公爵夫婦だって喜んで始末してくれるだろう。
(でもそれで脅されたり言いなりにされたりするのは嫌だわ)
公爵夫婦が馬車に乗っているときにでも襲わせて、後から善意の第三者を装って目撃証言を貴族の事件を担当する騎士団詰所に投げ込もうか、なんてことをディッタトゥーラは思う。
ディッタトゥーラはだれにも支配されたくない。
支配するのはいつも自分であるべきだ。イザッコだって、おとなしくディッタトゥーラに従っていれば良かったのだ。彼が魔力減衰病になったのは、きっとディッタトゥーラの言うことを聞かなかったからに違いない。
(それに、アイツはイザッコほど見た目が良くないもんね。連れ歩くならジェレミアのほうがマシだわ)
病弱で溺愛されて育ったジェレミアは少々善人ぶりが鼻につくものの、ディッタトゥーラのように要領が良くて機転の利く人間には扱いやすい男性だった。
善人だからこそ、婚約者に罪悪感を抱いているからこそ、浮気相手のディッタトゥーラに溺れて禁断の不貞を貪ったのだ。
自分が悪いと思いたくないから、婚約者を悪人にして婚約を破棄し、真実の愛だと思い込むために浮気相手と結婚しようとしているのだ。
(なんて便利な道具なのかしら!)
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