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第三話 友の見舞い
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学園へ入学してすぐに、ベニテス公爵家のご令嬢であるイレーネ様と親しくなりました。
王妹殿下を母君に持つイレーネ様もひとり娘で、従兄である第二王子殿下の護衛騎士をなさっている方を婿に迎えてベニテス家を継ぐことが決まっていました。
同じ跡取り娘同士として気も話も合ったのです。性格はかなり違います。私はのんびり屋ですが、イレーネ様はしっかり者で歯に衣着せぬ発言で恐れられているのです。でも家を継ぐにはそういう苛烈さも必要なのですよね。
「どうしたのよ、エヴァンジェリン。なにがあったの?」
寝室に入るなりベッドに駆け寄って叫んだイレーネ様は、一瞬間を置いて恥ずかしそうな顔になりました。
「ごめんなさい、あなた自身もなにも覚えていないのよね。ええと、体は大丈夫?」
この王国の学園は秋に入学して三年後の初夏に卒業します。
聖花祭が終わると、最高学年の私達は卒業式までの初夏の短い一ヶ月間が自由登校になります。
一応授業はあるものの、ほとんどが自習です。
私と会っておしゃべりするために登校なさっていたイレーネ様は、私が休んでいることを知ってお見舞いに来てくださったのでした。
もちろん王都のカバジェロ伯爵邸を訪れてくださった時点で、私の事情はお伝えしています。
私は彼女の問いに頷きました。
「ええ、私は元気です。主治医の先生も体に異常はないと言ってくださって、昨日意識を失っていたのも今朝記憶を失っていたのも……心の問題ではないかと」
今、この家にお父様はいらっしゃいません。
なにかのご用事が出来てお出かけになられたのです。元より領地や事業の運営でお忙しい上に、私が学園に入学して王都と領地で離れて暮らすようになってからというものお父様と過ごす時間は格段に減りました。
聖花祭のときに王都へいらっしゃるのは私の顔を見るためだけでなく、カバジェロ伯爵領にあるお母様の墓へ捧げるための花を求めてのことでした。
「エヴァンジェリン……」
イレーネ様は真剣なお顔で私を見つめました。
彼女も私に記憶の無い二年間の分大人になっていらっしゃるのですが、最初から大人びた顔立ちだったので違和感がありません。
ベッド横の鏡や窓の硝子に映る自分の姿さえ目に入らなければ、みんなして私をからかっているのではないかと疑っているところです。
「ふふふ、寝間着姿でごめんなさい」
「気にしないで。先触れもなく訪れたのは私のほうですもの」
「先ほども言ったように体は元気なのですけれど、父と侍女が心配して……」
苦笑しながら続けようとした話をイレーネ様が遮りました。
「ねえ、あなた本当に記憶を失ったの? 現実が辛くて逃避しているのではなくて? いえ、もちろんそれであなたが救われるのなら良いのだけれど……でもこれからの人生を、あなたという婚約者がいながら学園の三年間の聖花祭を恋人と過ごした男に捧げてしまって、本当に良いの?」
イレーネ様の瞳に映る相変わらず覚えのない自分の姿を見つめていたら、今朝目覚める寸前に聞いたハロルド様の声が蘇りました。
『……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ』
どこかで聞こえたミシリという音は、私の心臓にヒビが入る音でしょうか。
考えないようにしていたものの、おかしいことばかりです。
今日は聖花祭の翌日だと聞かされたのに、私の部屋にはお父様にいただいたお母様のついでの花しかありません。婚約者のハロルド様はお見舞いに来てくださってもいません。同い年で最高学年の私達の自由登校は聖花祭の終わりとともに始まっているのですから、学園が終わる前に来てくださっていても良いものなのに。
「……イレーネ様、本当に私は学園に入学した最初の聖花祭の直前までの記憶しかないのです」
「そうなの。……ごめんなさい。だったらアラーニャ侯爵子息の話なんかしないほうが良かったわね」
私は首を横に振りました。
「いいえ。イレーネ様さえよろしければ、ご存じのことを教えてください。二年間の記憶が戻るとは限りません。イレーネ様がご覧になって来た私とハロルド様のことを教えてください」
その言葉に、イレーネ様は微笑みました。
「おとなしそうに見えても芯は強いのよね、あなたは。私だったらきっと、怖くてなにも知りたくないと言ってしまうわ。……思い込みが激しい上に口の軽い親友でごめんなさい」
「それがイレーネ様の素敵なところですわ」
「そうかしら? まあ素直に誉め言葉として受け取っておいてあげても良くってよ」
そして、彼女は語り始めました。
王妹殿下を母君に持つイレーネ様もひとり娘で、従兄である第二王子殿下の護衛騎士をなさっている方を婿に迎えてベニテス家を継ぐことが決まっていました。
同じ跡取り娘同士として気も話も合ったのです。性格はかなり違います。私はのんびり屋ですが、イレーネ様はしっかり者で歯に衣着せぬ発言で恐れられているのです。でも家を継ぐにはそういう苛烈さも必要なのですよね。
「どうしたのよ、エヴァンジェリン。なにがあったの?」
寝室に入るなりベッドに駆け寄って叫んだイレーネ様は、一瞬間を置いて恥ずかしそうな顔になりました。
「ごめんなさい、あなた自身もなにも覚えていないのよね。ええと、体は大丈夫?」
この王国の学園は秋に入学して三年後の初夏に卒業します。
聖花祭が終わると、最高学年の私達は卒業式までの初夏の短い一ヶ月間が自由登校になります。
一応授業はあるものの、ほとんどが自習です。
私と会っておしゃべりするために登校なさっていたイレーネ様は、私が休んでいることを知ってお見舞いに来てくださったのでした。
もちろん王都のカバジェロ伯爵邸を訪れてくださった時点で、私の事情はお伝えしています。
私は彼女の問いに頷きました。
「ええ、私は元気です。主治医の先生も体に異常はないと言ってくださって、昨日意識を失っていたのも今朝記憶を失っていたのも……心の問題ではないかと」
今、この家にお父様はいらっしゃいません。
なにかのご用事が出来てお出かけになられたのです。元より領地や事業の運営でお忙しい上に、私が学園に入学して王都と領地で離れて暮らすようになってからというものお父様と過ごす時間は格段に減りました。
聖花祭のときに王都へいらっしゃるのは私の顔を見るためだけでなく、カバジェロ伯爵領にあるお母様の墓へ捧げるための花を求めてのことでした。
「エヴァンジェリン……」
イレーネ様は真剣なお顔で私を見つめました。
彼女も私に記憶の無い二年間の分大人になっていらっしゃるのですが、最初から大人びた顔立ちだったので違和感がありません。
ベッド横の鏡や窓の硝子に映る自分の姿さえ目に入らなければ、みんなして私をからかっているのではないかと疑っているところです。
「ふふふ、寝間着姿でごめんなさい」
「気にしないで。先触れもなく訪れたのは私のほうですもの」
「先ほども言ったように体は元気なのですけれど、父と侍女が心配して……」
苦笑しながら続けようとした話をイレーネ様が遮りました。
「ねえ、あなた本当に記憶を失ったの? 現実が辛くて逃避しているのではなくて? いえ、もちろんそれであなたが救われるのなら良いのだけれど……でもこれからの人生を、あなたという婚約者がいながら学園の三年間の聖花祭を恋人と過ごした男に捧げてしまって、本当に良いの?」
イレーネ様の瞳に映る相変わらず覚えのない自分の姿を見つめていたら、今朝目覚める寸前に聞いたハロルド様の声が蘇りました。
『……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ』
どこかで聞こえたミシリという音は、私の心臓にヒビが入る音でしょうか。
考えないようにしていたものの、おかしいことばかりです。
今日は聖花祭の翌日だと聞かされたのに、私の部屋にはお父様にいただいたお母様のついでの花しかありません。婚約者のハロルド様はお見舞いに来てくださってもいません。同い年で最高学年の私達の自由登校は聖花祭の終わりとともに始まっているのですから、学園が終わる前に来てくださっていても良いものなのに。
「……イレーネ様、本当に私は学園に入学した最初の聖花祭の直前までの記憶しかないのです」
「そうなの。……ごめんなさい。だったらアラーニャ侯爵子息の話なんかしないほうが良かったわね」
私は首を横に振りました。
「いいえ。イレーネ様さえよろしければ、ご存じのことを教えてください。二年間の記憶が戻るとは限りません。イレーネ様がご覧になって来た私とハロルド様のことを教えてください」
その言葉に、イレーネ様は微笑みました。
「おとなしそうに見えても芯は強いのよね、あなたは。私だったらきっと、怖くてなにも知りたくないと言ってしまうわ。……思い込みが激しい上に口の軽い親友でごめんなさい」
「それがイレーネ様の素敵なところですわ」
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そして、彼女は語り始めました。
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