恋の終わりを指折り数えて

豆狸

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中編 恋の罪

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「あんなに元気なピラータ嬢が亡くなっているだなんて良く言えたな! 彼女は健在だ。ほら! 今も二階の窓からこちらを見ている!」

 光で幻を作り出す幻影ならば、術を解いた時点で幻は消え去ります。
 ですが心に呼びかけて幻を見せる幻惑は、術が解かれても幻が消えないことがあるのです。
 見ている人間がその幻を信じ込み、とてもとても求めているときなどに。

 ときには幻を失いたくなくて、周囲の教える真実を拒んで狂っていくことさえあります。
 彼らは神殿の大神官様に尊い浄化の術をかけられてさえ、幻に縋りつくのです。
 だから精神魔術は禁忌とされているのです。

「いいえ、あの子は亡くなりました。これまでは愛人の耳に入らないよう侯爵邸では、はっきり亡くなったと口に出すことを禁じられていただけです。学園や家の外でならお伝えすることも出来たかもしれませんけれど、ダヴィデ様は交流お茶会以外で私と会ってくださいませんでしたので」

 この王国の貴族子女が通う学園に、私は同い年のダヴィデ様から一年遅れて入学しました。
 一度マリアーニ侯爵家から追い出されて、私より一歳年下の異母妹が成人の儀の直前に亡くなったことによって呼び戻されたからです。
 学年が違う上に教室へ会いに行っても嫌な顔をされるので、初めの数ヶ月で私はダヴィデ様に会いに行くのをやめました。とはいえ残念なことに、彼への恋が終わったのはほんの一ヶ月前のことだったのですが。

 私の言葉が耳に入らないかのように、ダヴィデ様はこちらに背中を向けて屋敷の窓を見つめています。
 いつものことです。
 先月は私にも使用人達にも見えない幻に縋りついているダヴィデ様の姿に思わず吹き出しかけてしまい、それで恋の終わりを悟ったのでした。

 異母妹が亡くなったこと自体は、愛人以外には秘密にしていませんでした。
 ダヴィデ様のお家のモレッティ伯爵家の方々もご存じです。一度絶縁した私を呼び戻したときに、王家と貴族家に事情を知らしめたのだから当然です。
 婚約者の異母妹に恋しているという恥ずべき自分の状況を彼がご家族に相談していたら、その場で彼女の死亡を伝えられていたでしょう。

 秘密だったのは幻術を使用しているということだけです。
 侯爵である父と酒場の酌婦だった愛人との結婚に国と神殿の許可が出る前に異母妹が亡くなったので、彼女は父の正式な妻にはなっていませんでした。
 正式な妻になっていたら、やはり精霊契約を結んでマリアーニ侯爵家の幻術に耐性が出来ていたでしょう。もっとも耐性など無かったとしても、幻を幻だと認識している人間に幻術は効きません。父の愛人は自分の娘が亡くなったことを知っていました。

 なぜなら──

「父には事故で倒れて動かなくなったから心配、などと言って娘の死に気づかない振りをしていましたが、実際のところあの子を殺したのは愛人だったのです」
「はあ?」

 ダヴィデ様が私に顔を向けました。
 いつもは最初はチラチラこっそりと、半ばからは視線が窓辺へ縫い付けられて、最後は嫌そうに私を見て交流お茶会が終わるのが常でした。
 私の言葉に反応したということは、心のどこかで自分が幻を見ているのかもしれないと考え始めたからなのかもしれません。

「どうして自分の娘を! まだ君が殺したと言われたほうが納得出来る!」

 ……ダヴィデ様にとっての私は、そんな人間だったのですね。
 恋が終わったといっても、幼いころからの婚約者だった方にそんな風に思われていたと知るのは楽しい気分ではありません。
 それでも私は彼を見つめて言葉を続けました。

「貴方があの子に恋をしたからです」
「なんだと?」
「私を絶縁してマリアーニ侯爵家から追い出したことに義憤を感じて侯爵邸へ押しかけたはずの貴方が、あの子に見つめられてあっという間に態度を変えたことで、愛人はあの子にも自分と同じ魅了の恩寵ギフトが宿っていることに気づいたのです」
「……」
「平民の成人の儀はいい加減なものです。大した寄進が期待出来ないので担当する神官は新人ばかりだし、恩寵ギフトの種類を誤魔化すのも簡単です」

 ただ……と声に出さずに私は思います。
 成人の儀が十五歳でおこなわれるのは恩寵ギフトが必ずそれまでに発現するものだからです。
 神官に確認されなくても、成人の儀前から恩寵ギフトを使用していた人間は噂になって、いつか恩寵ギフトを持っていると気づかれるものです。

 もっともだからこそ、危険な恩寵ギフトを持つ人間は金や色で神官を篭絡するなどして秘密を隠し通そうとするものですが、などと考えながら言葉を続けます。

「でも貴族の成人の儀は王家にとって有用な戦力を持つ者を確認するための厳格なものです。寄進も多く必ず大神官が担当します。誤魔化しようがありません」
「……ピラータ嬢の母親は魅了の恩寵ギフトを持っていたのか」

 ダヴィデ様の問いに私は頷きました。
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