1 / 8
第一話 裏切り
しおりを挟む
亡くなられたお母様はカードゲームがお好きでした。
この王国で好まれている五枚のカードで作った役の強弱で勝敗を決めるゲームをしながら、よくおっしゃっていたものです。
──人生とはカードゲームのようなもの。
最初に配られたカードを捨てて新しいカードを求めなくては、良い役を作ることは出来ないわ。
でも手札をすべて捨てたからといって、良いカードが来るとは限らないのよ。大切なカードは残しておきなさい。素敵な役を呼び込めるように。
三年ほど前にお亡くなりになったお母様の人生には、良い役が出来ていたのでしょうか。
入り婿だったお父様は、お母様が亡くなってすぐに愛人とその娘を家に入れました。
お父様は、男爵令嬢だったという愛人をこの王国の貴族子女が通う学園にいたころから愛していたのだと言います。
愛人を家に連れ込んだお父様は、彼女との間にあるのが真実の愛なのだと言いました。お母様との関係は偽りの愛だったのだと、金のために結婚したのだと。
その偽りの愛で生まれた私がどんな気持ちになるかなど考えもせずに。
愛人の娘、私と同い年の異母妹は、とてもとても美しい少女でした。
今の私に与えられた五枚のカードが作る役は、最悪のものです。
それでも……それでも大切なカードを残していたら、いつか良いカードが回ってくるのでしょうか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「愛しているよ、ピヤージュ」
そう囁くのはダンビエ侯爵家の次男坊マティス様。
デュフール伯爵家長女の婚約者で数ヶ月後に婿入りする予定です。
ちなみにデュフール伯爵家の長女は私で、名前はジョゼフィン。ピヤージュというのは私の異母妹の名前です。地味な外見の私とは母親が違うせいか、同じ父親を持つとは思えないほど、彼女は美しい少女です。
「はぁ、はぁ……私もです。私も愛しています、マティス様」
荒い息を漏らしながら、ピヤージュが答えます。
息が荒いのは、ふたりが半裸で睦み合っているからです。
ふたりがこんな関係だっただなんて、私は知りませんでした。マティス様がピヤージュに優しいのは、私の異母妹だからだと思っていました。
「早くお義姉様がいなくなって、だれ憚ることなくマティス様と愛し合えるようになったら良いのに」
「すぐだよ、ピヤージュ。一ヶ月後に迫った、ジョゼフィンが成人として認められる十八歳の誕生パーティで君の父君が『最後のカード』を……」
少し踏み込み過ぎたようです。
ふたりが隠れて睦み合っている低木の茂み近くの草を踏んでしまいました。
音が聞こえたのか、マティス様が会話をやめます。
私はこっそりとその場を離れました。
今は頭が混乱しています。ふたりを問い詰めようとしても言いくるめられてしまいそうです。
それに……ふたりの不貞を明らかにしたとしても、お父様は私の味方はしてくれないでしょう。むしろすべてを私のせいにして責めるだけです。
★ ★ ★ ★ ★
「急にどうしたんですか、マティス様」
肌も露わな美少女に後ろから抱き着かれて、マティスは首を振って見せた。
「いや、なんでもない。だれかが来たように感じたのだが、気のせいだったみたいだよ」
「そうですか。……ふふふ」
「どうしたんだい?」
「こんな近くにいるのに、お義姉様ったら気づかないんですもの。お可哀相」
王都にあるデュフール伯爵邸の中庭で東屋を囲む低木の陰に隠れて戯れるのが、最近のマティスとピヤージュの楽しみだった。
同じ家の中にいながら気づかないマティスの婚約者のことを考えると、背徳の喜びで悦楽が増す。
マティスは邪悪な、しかし、たとえようもないほど美しい笑みを浮かべたピヤージュの巻き毛に指を絡めながら彼女に言う。
「ああ、そうだ。ジョゼフィンは可哀相なのだから、最後まで騙し通してあげなくてはいけないよ」
「わかっていますわ」
さっきの気配はジョゼフィンだったのかもしれないと、マティスは思う。
デュフール伯爵邸の二階にある執務室の窓から、ピヤージュと待ち合わせていた茂みへと向かって中庭を歩くマティスの姿を見て探しに来たのかもしれない。
幼いころからの婚約者なので、マティスは訪問する前の先触れを出さないし、ジョゼフィンの仕事を邪魔したくないという口実で家に着いても使用人達に報告させない。だから彼女はいつもマティスの姿を探している。
(幼いころからデュフール伯爵家の運営に関わっているといっても、ジョゼフィンは学園を卒業したばかりの世間知らずな貴族令嬢だ。『最後のカード』の意味などわかりはすまい。それに、もしわかったとしても……)
美しい金の巻き毛が張り付いたピヤージュの汗ばんだ体にのしかかりながら、マティスは思う。
(ジョゼフィンが切り捨てるのは父親と愛人親娘だけだ。最愛の僕のことだけは、絶対に捨てられない)
ジョゼフィンの父親達の計画が上手く行ったとしても、失敗して彼女だけが残ったとしても、デュフール伯爵家の婿となる自分の未来が翳ることはない。
当主としての教育を受けていても、ジョゼフィンの本質はその地味な外見に相応しく臆病な小心者だ。
幼いころから想いを寄せて来た美しい婚約者を手放すはずがない。
そんな身勝手な思いを胸にマティアスはピヤージュとの戯れを再開した。
彼にとっては残念なことに、彼女にとっては幸運なことに、ジョゼフィンは『最後のカード』の意味を知っていた。
そして『最愛の婚約者マティス』のカードを切り捨てて、新しいカード『裏切り』を手にしていた。
今のジョゼフィンが持っている人生のカードは『最悪の父親』『最悪の義母』『最悪の異母妹ピヤージュ』『最愛の母(故人)』『裏切り』──『最悪の家族』という役はまだ崩れてはいない。
この王国で好まれている五枚のカードで作った役の強弱で勝敗を決めるゲームをしながら、よくおっしゃっていたものです。
──人生とはカードゲームのようなもの。
最初に配られたカードを捨てて新しいカードを求めなくては、良い役を作ることは出来ないわ。
でも手札をすべて捨てたからといって、良いカードが来るとは限らないのよ。大切なカードは残しておきなさい。素敵な役を呼び込めるように。
三年ほど前にお亡くなりになったお母様の人生には、良い役が出来ていたのでしょうか。
入り婿だったお父様は、お母様が亡くなってすぐに愛人とその娘を家に入れました。
お父様は、男爵令嬢だったという愛人をこの王国の貴族子女が通う学園にいたころから愛していたのだと言います。
愛人を家に連れ込んだお父様は、彼女との間にあるのが真実の愛なのだと言いました。お母様との関係は偽りの愛だったのだと、金のために結婚したのだと。
その偽りの愛で生まれた私がどんな気持ちになるかなど考えもせずに。
愛人の娘、私と同い年の異母妹は、とてもとても美しい少女でした。
今の私に与えられた五枚のカードが作る役は、最悪のものです。
それでも……それでも大切なカードを残していたら、いつか良いカードが回ってくるのでしょうか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「愛しているよ、ピヤージュ」
そう囁くのはダンビエ侯爵家の次男坊マティス様。
デュフール伯爵家長女の婚約者で数ヶ月後に婿入りする予定です。
ちなみにデュフール伯爵家の長女は私で、名前はジョゼフィン。ピヤージュというのは私の異母妹の名前です。地味な外見の私とは母親が違うせいか、同じ父親を持つとは思えないほど、彼女は美しい少女です。
「はぁ、はぁ……私もです。私も愛しています、マティス様」
荒い息を漏らしながら、ピヤージュが答えます。
息が荒いのは、ふたりが半裸で睦み合っているからです。
ふたりがこんな関係だっただなんて、私は知りませんでした。マティス様がピヤージュに優しいのは、私の異母妹だからだと思っていました。
「早くお義姉様がいなくなって、だれ憚ることなくマティス様と愛し合えるようになったら良いのに」
「すぐだよ、ピヤージュ。一ヶ月後に迫った、ジョゼフィンが成人として認められる十八歳の誕生パーティで君の父君が『最後のカード』を……」
少し踏み込み過ぎたようです。
ふたりが隠れて睦み合っている低木の茂み近くの草を踏んでしまいました。
音が聞こえたのか、マティス様が会話をやめます。
私はこっそりとその場を離れました。
今は頭が混乱しています。ふたりを問い詰めようとしても言いくるめられてしまいそうです。
それに……ふたりの不貞を明らかにしたとしても、お父様は私の味方はしてくれないでしょう。むしろすべてを私のせいにして責めるだけです。
★ ★ ★ ★ ★
「急にどうしたんですか、マティス様」
肌も露わな美少女に後ろから抱き着かれて、マティスは首を振って見せた。
「いや、なんでもない。だれかが来たように感じたのだが、気のせいだったみたいだよ」
「そうですか。……ふふふ」
「どうしたんだい?」
「こんな近くにいるのに、お義姉様ったら気づかないんですもの。お可哀相」
王都にあるデュフール伯爵邸の中庭で東屋を囲む低木の陰に隠れて戯れるのが、最近のマティスとピヤージュの楽しみだった。
同じ家の中にいながら気づかないマティスの婚約者のことを考えると、背徳の喜びで悦楽が増す。
マティスは邪悪な、しかし、たとえようもないほど美しい笑みを浮かべたピヤージュの巻き毛に指を絡めながら彼女に言う。
「ああ、そうだ。ジョゼフィンは可哀相なのだから、最後まで騙し通してあげなくてはいけないよ」
「わかっていますわ」
さっきの気配はジョゼフィンだったのかもしれないと、マティスは思う。
デュフール伯爵邸の二階にある執務室の窓から、ピヤージュと待ち合わせていた茂みへと向かって中庭を歩くマティスの姿を見て探しに来たのかもしれない。
幼いころからの婚約者なので、マティスは訪問する前の先触れを出さないし、ジョゼフィンの仕事を邪魔したくないという口実で家に着いても使用人達に報告させない。だから彼女はいつもマティスの姿を探している。
(幼いころからデュフール伯爵家の運営に関わっているといっても、ジョゼフィンは学園を卒業したばかりの世間知らずな貴族令嬢だ。『最後のカード』の意味などわかりはすまい。それに、もしわかったとしても……)
美しい金の巻き毛が張り付いたピヤージュの汗ばんだ体にのしかかりながら、マティスは思う。
(ジョゼフィンが切り捨てるのは父親と愛人親娘だけだ。最愛の僕のことだけは、絶対に捨てられない)
ジョゼフィンの父親達の計画が上手く行ったとしても、失敗して彼女だけが残ったとしても、デュフール伯爵家の婿となる自分の未来が翳ることはない。
当主としての教育を受けていても、ジョゼフィンの本質はその地味な外見に相応しく臆病な小心者だ。
幼いころから想いを寄せて来た美しい婚約者を手放すはずがない。
そんな身勝手な思いを胸にマティアスはピヤージュとの戯れを再開した。
彼にとっては残念なことに、彼女にとっては幸運なことに、ジョゼフィンは『最後のカード』の意味を知っていた。
そして『最愛の婚約者マティス』のカードを切り捨てて、新しいカード『裏切り』を手にしていた。
今のジョゼフィンが持っている人生のカードは『最悪の父親』『最悪の義母』『最悪の異母妹ピヤージュ』『最愛の母(故人)』『裏切り』──『最悪の家族』という役はまだ崩れてはいない。
110
お気に入りに追加
865
あなたにおすすめの小説
あなたがそう望んだから
まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」
思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。
確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。
喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。
○○○○○○○○○○
誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。
閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*)
何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?
(完結)初恋の勇者が選んだのは聖女の……でした
青空一夏
ファンタジー
私はアイラ、ジャスミン子爵家の長女だ。私には可愛らしい妹リリーがおり、リリーは両親やお兄様から溺愛されていた。私はこの国の基準では不器量で女性らしくなく恥ずべき存在だと思われていた。
この国の女性美の基準は小柄で華奢で編み物と刺繍が得意であること。風が吹けば飛ぶような儚げな風情の容姿が好まれ家庭的であることが大事だった。
私は読書と剣術、魔法が大好き。刺繍やレース編みなんて大嫌いだった。
そんな私は恋なんてしないと思っていたけれど一目惚れ。その男の子も私に気があると思っていた私は大人になってから自分の手柄を彼に譲る……そして彼は勇者になるのだが……
勇者と聖女と魔物が出てくるファンタジー。ざまぁ要素あり。姉妹格差。ゆるふわ設定ご都合主義。中世ヨーロッパ風異世界。
ラブファンタジーのつもり……です。最後はヒロインが幸せになり、ヒロインを裏切った者は不幸になるという安心設定。因果応報の世界。
もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」
婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。
もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。
……え? いまさら何ですか? 殿下。
そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね?
もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。
だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。
これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。
※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。
他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
『伯爵令嬢 爆死する』
三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。
その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。
カクヨムでも公開しています。
アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!
アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。
「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」
王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。
背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。
受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ!
そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた!
すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!?
※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。
※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。
※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。
側妃に追放された王太子
基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」
正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。
そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。
王の代理が側妃など異例の出来事だ。
「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」
王太子は息を吐いた。
「それが国のためなら」
貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。
無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる