たとえ番でないとしても

豆狸

文字の大きさ
上 下
58 / 60

43・たとえただの失恋に過ぎないとしても

しおりを挟む
 最後の宴の翌朝、私は白銀色の巨竜と化したソティリオス様と帰路に就きました。
 オレステス様を始めとする近衛騎士隊の方々が見送ってくださいます。
 竜王ニコラオス陛下のお姿はありません。昨夜の宴が終わってから、ずっとサギニ様と一緒にいらっしゃるようです。離れていた宴の間、聖なるつがいのサギニ様は不安でいらしたでしょうから当然ですね。

 ソティリオス様が大きな翼を広げて空に飛び立ちます。
 白銀色の羽ばたきで巻き起こる風音に交じって、近衛騎士隊の方々の別れの言葉が聞こえてきます。
 前のときとは違って、近衛騎士隊の方々とも仲良くなれたような気がします。特にソティリオス様やオレステス様とは、もう一緒にお茶を飲むこともないのだと思うと悲しみがこみ上げてきました。もっとも幻でなかったとしたら、前のときは春が来る前に世界は終わっていたので比べても仕方がないのですけれど。

「風が強過ぎませんか、妃殿下。もっと速度を落としましょうか」
「いいえ。早くリナルディ王国へ戻りたいのでこのままで結構です」

 正直に言えば、生まれ育ったリナルディ王国の記憶はほとんどありません。
 灰色の石造りの牢内の思い出ばかりです。投獄される前の王宮での思い出は、ぼんやりとしたものに変わってしまいました。
 この国へ来た以降の記憶のほうが鮮やかです。

 帰国したところで歓迎されるわけではありません。
 国王である異母弟やパルミエリ辺境伯の従姉ミネルヴァ様は気遣ってくれると思いますが、政治的に考えれば私は厄介者のままです。
 精霊王様の愛し子となったことさえ、私を扱う際の厄介事が増えたというだけのことでしょう。本当にお母様の不義の子で、王女などではなかったほうが楽に暮らせたのかもしれません。

 とはいえ、精霊王様やそのご家族との出会いは、私にとって珠玉の出来事でした。
 カサヴェテス竜王国へ嫁いだことも間違いではなかったと思います。
 たとえ前の記憶が幻だったとしても、私がしてきたことは無駄ではなかったと感じています。出会った方々との思い出も──

「……っ」
「妃殿下?」
「……もう、王妃ではありませんわ」

 そもそも私が竜王妃であったことなど一度もありません。
 最初から最後まで形だけの存在でした。

「ではディアナ姫……泣いていらっしゃるのですか?」
「……ソティリオス様。今だから言いますが、私は竜王ニコラオス陛下が好きだったのです。初めてお会いしたときから恋をしていたのです」
「やはりあなたはニコラオス陛下のつがいだったのですか?」
「……いいえ……」

 前のときは最初の夜会で、今回は最後の宴で口にして、だけど竜王陛下の耳には届きませんでした。
 昨夜は聞き返されたのを良いことに、言わなかったことにしたのです。
 だって怖かったのですもの。前よりも少しはマシになった今が壊れるのが。今のままならば別れた後でまで疎まれることはないのに、つがいだなどと口にしたらこれからもずっと嫌われてしまう。それが怖かったのです。

「竜王陛下の真のつがいはサギニ様です」
「……そうですね。ニコラオス陛下ご自身がそれを望まれました」
「黄金色に輝く陛下は太陽のように眩しくて、夜の闇から生まれたような私はあの方に憧れていたのです。陽の光の下で、愛し愛されて生きてみたかったのです」
「あなたは確かに夜のようですが、夜は疲れたものを癒す優しい時間です。闇に怯える竜人族だって、眠りを厭いません。……太陽のように眩しくはないですが、あなたを愛し照らしたいと願う月はいます」
「そうでしょうか」
「はい。絶対に月はあなたから離れません」
「ふふふ」

 そうですね、と私は心の中で呟きました。黒い髪に紫の瞳、竜王陛下に夜の化身と言われた私には、夜空に浮かぶ月のような方のほうがお似合いかもしれません。
 リナルディ王国へ戻ったら、新しい縁談が待っていることでしょう。
 厄介者の王女を王宮に留まらせておくわけにはいきません。王家を揺るがそうとする逆賊が、すぐに忠義ものの振りをして近づいてくるに違いありませんから。

 新しい縁談のお相手は私のつがいではないでしょう。その方にとっても私はつがいではないでしょう。
 それでも……愛せたら良いと思うのです。
 たとえつがいでないとしても、出会った相手を心から愛し愛されて生きることが出来たら、どんなに幸せだろうと思うのです。いつか出会う月のような方を抱き締められる優しい夜になれたら良いと、ソティリオス様から漂う麝香草タイムの香りに包まれながら私は願いました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

【完結】愛してました、たぶん   

たろ
恋愛
「愛してる」 「わたしも貴方を愛しているわ」 ・・・・・ 「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」 「いつまで待っていればいいの?」 二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。 木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。  抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。 夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。 そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。 大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。 「愛してる」 「わたしも貴方を愛しているわ」 ・・・・・ 「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」 「いつまで待っていればいいの?」 二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。 木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。  抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。 夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。 そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。 大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける

堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」  王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。  クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。  せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。  キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。  クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。  卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。  目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。  淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。  そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】愛されない令嬢は全てを諦めた

ツカノ
恋愛
繰り返し夢を見る。それは男爵令嬢と真実の愛を見つけた婚約者に婚約破棄された挙げ句に処刑される夢。 夢を見る度に、婚約者との顔合わせの当日に巻き戻ってしまう。 令嬢が諦めの境地に至った時、いつもとは違う展開になったのだった。 三話完結予定。

処理中です...