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43・たとえただの失恋に過ぎないとしても
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最後の宴の翌朝、私は白銀色の巨竜と化したソティリオス様と帰路に就きました。
オレステス様を始めとする近衛騎士隊の方々が見送ってくださいます。
竜王ニコラオス陛下のお姿はありません。昨夜の宴が終わってから、ずっとサギニ様と一緒にいらっしゃるようです。離れていた宴の間、聖なる番のサギニ様は不安でいらしたでしょうから当然ですね。
ソティリオス様が大きな翼を広げて空に飛び立ちます。
白銀色の羽ばたきで巻き起こる風音に交じって、近衛騎士隊の方々の別れの言葉が聞こえてきます。
前のときとは違って、近衛騎士隊の方々とも仲良くなれたような気がします。特にソティリオス様やオレステス様とは、もう一緒にお茶を飲むこともないのだと思うと悲しみがこみ上げてきました。もっとも幻でなかったとしたら、前のときは春が来る前に世界は終わっていたので比べても仕方がないのですけれど。
「風が強過ぎませんか、妃殿下。もっと速度を落としましょうか」
「いいえ。早くリナルディ王国へ戻りたいのでこのままで結構です」
正直に言えば、生まれ育ったリナルディ王国の記憶はほとんどありません。
灰色の石造りの牢内の思い出ばかりです。投獄される前の王宮での思い出は、ぼんやりとしたものに変わってしまいました。
この国へ来た以降の記憶のほうが鮮やかです。
帰国したところで歓迎されるわけではありません。
国王である異母弟やパルミエリ辺境伯の従姉は気遣ってくれると思いますが、政治的に考えれば私は厄介者のままです。
精霊王様の愛し子となったことさえ、私を扱う際の厄介事が増えたというだけのことでしょう。本当にお母様の不義の子で、王女などではなかったほうが楽に暮らせたのかもしれません。
とはいえ、精霊王様やそのご家族との出会いは、私にとって珠玉の出来事でした。
カサヴェテス竜王国へ嫁いだことも間違いではなかったと思います。
たとえ前の記憶が幻だったとしても、私がしてきたことは無駄ではなかったと感じています。出会った方々との思い出も──
「……っ」
「妃殿下?」
「……もう、王妃ではありませんわ」
そもそも私が竜王妃であったことなど一度もありません。
最初から最後まで形だけの存在でした。
「ではディアナ姫……泣いていらっしゃるのですか?」
「……ソティリオス様。今だから言いますが、私は竜王ニコラオス陛下が好きだったのです。初めてお会いしたときから恋をしていたのです」
「やはりあなたはニコラオス陛下の番だったのですか?」
「……いいえ……」
前のときは最初の夜会で、今回は最後の宴で口にして、だけど竜王陛下の耳には届きませんでした。
昨夜は聞き返されたのを良いことに、言わなかったことにしたのです。
だって怖かったのですもの。前よりも少しはマシになった今が壊れるのが。今のままならば別れた後でまで疎まれることはないのに、番だなどと口にしたらこれからもずっと嫌われてしまう。それが怖かったのです。
「竜王陛下の真の番はサギニ様です」
「……そうですね。ニコラオス陛下ご自身がそれを望まれました」
「黄金色に輝く陛下は太陽のように眩しくて、夜の闇から生まれたような私はあの方に憧れていたのです。陽の光の下で、愛し愛されて生きてみたかったのです」
「あなたは確かに夜のようですが、夜は疲れたものを癒す優しい時間です。闇に怯える竜人族だって、眠りを厭いません。……太陽のように眩しくはないですが、あなたを愛し照らしたいと願う月はいます」
「そうでしょうか」
「はい。絶対に月はあなたから離れません」
「ふふふ」
そうですね、と私は心の中で呟きました。黒い髪に紫の瞳、竜王陛下に夜の化身と言われた私には、夜空に浮かぶ月のような方のほうがお似合いかもしれません。
リナルディ王国へ戻ったら、新しい縁談が待っていることでしょう。
厄介者の王女を王宮に留まらせておくわけにはいきません。王家を揺るがそうとする逆賊が、すぐに忠義ものの振りをして近づいてくるに違いありませんから。
新しい縁談のお相手は私の番ではないでしょう。その方にとっても私は番ではないでしょう。
それでも……愛せたら良いと思うのです。
たとえ番でないとしても、出会った相手を心から愛し愛されて生きることが出来たら、どんなに幸せだろうと思うのです。いつか出会う月のような方を抱き締められる優しい夜になれたら良いと、ソティリオス様から漂う麝香草の香りに包まれながら私は願いました。
オレステス様を始めとする近衛騎士隊の方々が見送ってくださいます。
竜王ニコラオス陛下のお姿はありません。昨夜の宴が終わってから、ずっとサギニ様と一緒にいらっしゃるようです。離れていた宴の間、聖なる番のサギニ様は不安でいらしたでしょうから当然ですね。
ソティリオス様が大きな翼を広げて空に飛び立ちます。
白銀色の羽ばたきで巻き起こる風音に交じって、近衛騎士隊の方々の別れの言葉が聞こえてきます。
前のときとは違って、近衛騎士隊の方々とも仲良くなれたような気がします。特にソティリオス様やオレステス様とは、もう一緒にお茶を飲むこともないのだと思うと悲しみがこみ上げてきました。もっとも幻でなかったとしたら、前のときは春が来る前に世界は終わっていたので比べても仕方がないのですけれど。
「風が強過ぎませんか、妃殿下。もっと速度を落としましょうか」
「いいえ。早くリナルディ王国へ戻りたいのでこのままで結構です」
正直に言えば、生まれ育ったリナルディ王国の記憶はほとんどありません。
灰色の石造りの牢内の思い出ばかりです。投獄される前の王宮での思い出は、ぼんやりとしたものに変わってしまいました。
この国へ来た以降の記憶のほうが鮮やかです。
帰国したところで歓迎されるわけではありません。
国王である異母弟やパルミエリ辺境伯の従姉は気遣ってくれると思いますが、政治的に考えれば私は厄介者のままです。
精霊王様の愛し子となったことさえ、私を扱う際の厄介事が増えたというだけのことでしょう。本当にお母様の不義の子で、王女などではなかったほうが楽に暮らせたのかもしれません。
とはいえ、精霊王様やそのご家族との出会いは、私にとって珠玉の出来事でした。
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たとえ前の記憶が幻だったとしても、私がしてきたことは無駄ではなかったと感じています。出会った方々との思い出も──
「……っ」
「妃殿下?」
「……もう、王妃ではありませんわ」
そもそも私が竜王妃であったことなど一度もありません。
最初から最後まで形だけの存在でした。
「ではディアナ姫……泣いていらっしゃるのですか?」
「……ソティリオス様。今だから言いますが、私は竜王ニコラオス陛下が好きだったのです。初めてお会いしたときから恋をしていたのです」
「やはりあなたはニコラオス陛下の番だったのですか?」
「……いいえ……」
前のときは最初の夜会で、今回は最後の宴で口にして、だけど竜王陛下の耳には届きませんでした。
昨夜は聞き返されたのを良いことに、言わなかったことにしたのです。
だって怖かったのですもの。前よりも少しはマシになった今が壊れるのが。今のままならば別れた後でまで疎まれることはないのに、番だなどと口にしたらこれからもずっと嫌われてしまう。それが怖かったのです。
「竜王陛下の真の番はサギニ様です」
「……そうですね。ニコラオス陛下ご自身がそれを望まれました」
「黄金色に輝く陛下は太陽のように眩しくて、夜の闇から生まれたような私はあの方に憧れていたのです。陽の光の下で、愛し愛されて生きてみたかったのです」
「あなたは確かに夜のようですが、夜は疲れたものを癒す優しい時間です。闇に怯える竜人族だって、眠りを厭いません。……太陽のように眩しくはないですが、あなたを愛し照らしたいと願う月はいます」
「そうでしょうか」
「はい。絶対に月はあなたから離れません」
「ふふふ」
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