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40・たとえ冬が訪れても
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大きな温かい手に支えられて、私は踊っていました。
もうすぐ冬が終わります。
カサヴェテス竜王国に来て一年、私と竜王ニコラオス陛下との白い結婚が終わる春が近づいてきているのです。
幸いなことに、竜王陛下が黄金色の巨竜姿で戻られて以降魔物の大暴走は発生していません。
冬は冬。竜人族の苦手な冷たい冬に、珍しい魔物の大暴走が起こることもありませんでした。
竜王陛下はお亡くなりになりませんでした。私の暮らす離宮が結界に包まれることもありませんでした。世界が吹雪に覆われることも、真白き巨竜が現れることも──
冬が終わり春が始まったら、竜王国の王宮で夜会が開かれます。
祖国へ戻る私を見送る別れの宴です。
前のときは到着の夜会で竜王陛下の番だと叫んで連行され、今回は白い結婚と一年後の離縁を約束して離宮へ去ったので、私は竜王陛下と踊ったことがありません。最後の宴では踊ってくださるというので離宮の談話室で練習していました。
母と一緒に投獄される前は父の手を借りて踊ったこともありました。
それはもう遠い思い出です。
絞り出した微かな記憶と、近衛騎士隊長のソティリオス様と副隊長のオレステス様のご厚意に甘えて、私は踊りの練習をしているのでした。せっかく竜王陛下と踊れるというのに、足を踏んでばかりでは恥ずかし過ぎますもの。いくら形だけの王妃とはいえ、足を踏むばかりの娘が口に出すことは出来ません。
──竜王ニコラオス陛下。あなたは私の番です。
あなたにとってはそうでないとしても、だなんて。
「ひゃん」「ひゃうひゃう」「ひゃっふー」
「きゃ」
柔らかくて温かいモフモフにすり寄られて、私は体勢を崩してしまいました。
精霊王様のお子様達です。
お父君に悲しい未来を伝えたことなどなかったかのように、すくすくと成長しています。ただ普通の獣とは違うので、何ヶ月経っても姿は仔犬のままです。踊りの練習をしている私のドレスの裾が動くのにじゃれつくのがお好きなようです。
「大丈夫ですか、妃殿下」
「は、はい」
私は踊りの練習相手をしてくださっていたソティリオス様の腕の中に転がり込んでいました。
体勢を崩した私を支えて、抱き寄せてくださったのです。
さっきまで触れていた手も私を包む体も逞しく熱く、なんだか心臓の動悸が速まるのを感じました。転びかけたことが怖かったのでしょうか。自分の気持ちなのによくわかりません。
『こら。踊りの練習をしているディアナの邪魔をしては駄目ではないか』
『そうですよ』
「……ひゃん」「ひゃうう」「ひゃふ……」
長椅子で体を伸ばしていた精霊王様と奥方様に窘められて、お子様達はしょぼんと尻尾を垂らしました。
小さなお耳はまだ最初から垂れたままです。
私はソティリオス様の腕の中から離れました。
「申し訳ありません、精霊王様。せっかくいらしているのに踊りの練習をしていた私が悪いのです」
『ははは、そんなことはない。毎日のように訪ねてきている吾らが悪いのだ』
確かに精霊王様達は冬になってから毎日のように訪ねてきてくださっています。
それは温かい暖炉と食事だけが目的でなく、冬が終わって春が来て私がリナルディ王国へ戻ったら、これまでのように会えなくなることを寂しく思われてのことでもありました。……ですよね?
まあ、たとえ温かい暖炉と食事だけが目的だったとしても、私は精霊王様とご家族と過ごせるのが楽しいので構わないのですけれど。
いくらお名前を教えていただいて加護を受け、愛し子にしてもらったとはいえ、精霊王様はカサヴェテス竜王国に暮らす竜人族にとって心の支えです。
気軽に他国へ顔を出すわけにもいかないでしょう。
どのような末路が待っているにしても、他国の王女に過ぎない私がお呼びするのも憚られます。
「ソティリオス様、ありがとうございました。今日の練習はここまでにしておきます」
「わかりました」
「麝香草のお茶を淹れますので、一緒に飲んでいただけますか?」
「もちろんです、妃殿下」
「精霊王様とご家族には蜂蜜を入れたミルクをご用意させていただきますね」
『おお、それは重畳』
『いつもすみませんね、ディアナ』
「ひゃん!」「ひゃうひゃう!」「ひゃっふー!」
まだ音の無い声では話せないお子様達が可愛い歓声を上げます。
冬が始まってしばらくして、たぶんもう世界は滅びないだろうと精霊王様がおっしゃいました。
毎朝暖炉に火を灯さないと凍えそうなほど寒くて厳しいカサヴェテス竜王国の冬ですが、消えない未来が待っていて精霊王様のご家族がいらっしゃるのですから、私にとっては温かく幸せな時間でしかありません。もうすぐ終わってしまうのだと思うと、少し胸が痛むほどです。……ソティリオス様やオレステス様、優しくしてくださった方々ともお別れです。
もうすぐ冬が終わります。
カサヴェテス竜王国に来て一年、私と竜王ニコラオス陛下との白い結婚が終わる春が近づいてきているのです。
幸いなことに、竜王陛下が黄金色の巨竜姿で戻られて以降魔物の大暴走は発生していません。
冬は冬。竜人族の苦手な冷たい冬に、珍しい魔物の大暴走が起こることもありませんでした。
竜王陛下はお亡くなりになりませんでした。私の暮らす離宮が結界に包まれることもありませんでした。世界が吹雪に覆われることも、真白き巨竜が現れることも──
冬が終わり春が始まったら、竜王国の王宮で夜会が開かれます。
祖国へ戻る私を見送る別れの宴です。
前のときは到着の夜会で竜王陛下の番だと叫んで連行され、今回は白い結婚と一年後の離縁を約束して離宮へ去ったので、私は竜王陛下と踊ったことがありません。最後の宴では踊ってくださるというので離宮の談話室で練習していました。
母と一緒に投獄される前は父の手を借りて踊ったこともありました。
それはもう遠い思い出です。
絞り出した微かな記憶と、近衛騎士隊長のソティリオス様と副隊長のオレステス様のご厚意に甘えて、私は踊りの練習をしているのでした。せっかく竜王陛下と踊れるというのに、足を踏んでばかりでは恥ずかし過ぎますもの。いくら形だけの王妃とはいえ、足を踏むばかりの娘が口に出すことは出来ません。
──竜王ニコラオス陛下。あなたは私の番です。
あなたにとってはそうでないとしても、だなんて。
「ひゃん」「ひゃうひゃう」「ひゃっふー」
「きゃ」
柔らかくて温かいモフモフにすり寄られて、私は体勢を崩してしまいました。
精霊王様のお子様達です。
お父君に悲しい未来を伝えたことなどなかったかのように、すくすくと成長しています。ただ普通の獣とは違うので、何ヶ月経っても姿は仔犬のままです。踊りの練習をしている私のドレスの裾が動くのにじゃれつくのがお好きなようです。
「大丈夫ですか、妃殿下」
「は、はい」
私は踊りの練習相手をしてくださっていたソティリオス様の腕の中に転がり込んでいました。
体勢を崩した私を支えて、抱き寄せてくださったのです。
さっきまで触れていた手も私を包む体も逞しく熱く、なんだか心臓の動悸が速まるのを感じました。転びかけたことが怖かったのでしょうか。自分の気持ちなのによくわかりません。
『こら。踊りの練習をしているディアナの邪魔をしては駄目ではないか』
『そうですよ』
「……ひゃん」「ひゃうう」「ひゃふ……」
長椅子で体を伸ばしていた精霊王様と奥方様に窘められて、お子様達はしょぼんと尻尾を垂らしました。
小さなお耳はまだ最初から垂れたままです。
私はソティリオス様の腕の中から離れました。
「申し訳ありません、精霊王様。せっかくいらしているのに踊りの練習をしていた私が悪いのです」
『ははは、そんなことはない。毎日のように訪ねてきている吾らが悪いのだ』
確かに精霊王様達は冬になってから毎日のように訪ねてきてくださっています。
それは温かい暖炉と食事だけが目的でなく、冬が終わって春が来て私がリナルディ王国へ戻ったら、これまでのように会えなくなることを寂しく思われてのことでもありました。……ですよね?
まあ、たとえ温かい暖炉と食事だけが目的だったとしても、私は精霊王様とご家族と過ごせるのが楽しいので構わないのですけれど。
いくらお名前を教えていただいて加護を受け、愛し子にしてもらったとはいえ、精霊王様はカサヴェテス竜王国に暮らす竜人族にとって心の支えです。
気軽に他国へ顔を出すわけにもいかないでしょう。
どのような末路が待っているにしても、他国の王女に過ぎない私がお呼びするのも憚られます。
「ソティリオス様、ありがとうございました。今日の練習はここまでにしておきます」
「わかりました」
「麝香草のお茶を淹れますので、一緒に飲んでいただけますか?」
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「精霊王様とご家族には蜂蜜を入れたミルクをご用意させていただきますね」
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毎朝暖炉に火を灯さないと凍えそうなほど寒くて厳しいカサヴェテス竜王国の冬ですが、消えない未来が待っていて精霊王様のご家族がいらっしゃるのですから、私にとっては温かく幸せな時間でしかありません。もうすぐ終わってしまうのだと思うと、少し胸が痛むほどです。……ソティリオス様やオレステス様、優しくしてくださった方々ともお別れです。
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