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幕間 竜王の白日夢①
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竜人族の番は必ず見つかるというものではない。
ニコラオスの両親である竜王夫婦も番ではなかった。
だからこそニコラオスが巨竜化出来るとわかったとき、ふたりはとても喜んだのだという。番でない上に巨竜化出来る子どもを授かれなかったら、たちまち父のもとへ側室が送りつけられていたに違いない。
巨竜化は暴走を引き起こすと恐れられているが、竜人族の頂点に立つ竜王が巨竜化出来ないと、それはそれで問題になる。
どんなに勇ましい竜人族の兵士でも、カサヴェテス竜王国で飽きることなく繰り返される魔物の大暴走に立ち向かうとき、主君である竜王が巨竜化出来ないとあっては不安になってしまう。
巨竜化出来る竜王がいるからこそ、自分が生き延びられなくても竜王が大暴走を収めて故郷の大切な人々を守ってくれると信じられるのだ。他国へ出稼ぎに行く傭兵はさらにその意識が強い。仕事で余所を守っている間に、祖国が焼け野原と化していたのでは笑えもしない。
ニコラオスが巨竜化出来たことは、本人以外には幸運なことだった。
いや、いざというとき暴走した従兄に止めを刺すという使命を背負わされた大公家長男のソティリオスにとっても、あまり幸運なことではなかったかもしれない。
かといってニコラオスが巨竜化出来なければ、巨竜化出来て王家の傍系であるソティリオスが竜王となる。それも彼には不幸なことだっただろう。正当な血筋の従兄を差し置いて竜王になるなんて、野心のない男にとっては災難でしかない。
両親が喜んでくれるのは嬉しかったが、ニコラオスは巨竜化することが恐ろしくてならなかった。
暴走して自分が自分でなくなって、大切な愛する民を手にかけ、守るべきカサヴェテス竜王国を焼け野原にしてしまう──そんな悪夢を何度も見た。
カサヴェテス竜王国では他国よりも高い頻度で大暴走が発生する。前の大暴走で疲れた父の代わりに収束に飛び立つたび、ニコラオスの心には恐怖が降り積もっていった。いつか悪夢が現実になるような気がした。
やがて父が暴走し、その父に止めを刺した母が自害して、ニコラオスは竜王に即位した。
即位の式に訪れて祝福をしてくれた精霊王に、ニコラオスは助けを求めたかった。
だが、なにも言えなかった。言えるはずがない。
……怖い。暴走するのが怖い。
巨竜化したくない。だけど竜王として大暴走を収めるためには巨竜化しなくてはならない。
竜王になどなりたくない。
そんなこと言えるはずがない。
ニコラオスの背後に控えるソティリオスだって、暴走の恐怖と戦いながらも主君である自分のために巨竜化してくれているのだ。
従弟は自分より酷い状況だった。暴走したニコラオスに止めを刺す役目を持つ彼は、自分が暴走したときに止めを刺してくれる存在がいない。暴走してもソティリオスがいてくれると思えるニコラオスと違って、彼は絶対に暴走出来ないのだ。
……番と会いたい。
ニコラオスは即位を祝いに来てくれた精霊王に、助けの代わりに願いを告げた。番さえいれば暴走することはないと思ったからだ。
精霊王の中の番という存在は、竜人族が思うほど神秘的な運命の相手ではない。愛し愛され結ばれた相手が番だった。
黒い巨狼が人間のように苦笑しながら、ニコラオスが番と会えるよう祈っておこう、と言ってくれて一年後、ニコラオスはメンダシウム男爵領で発生した大暴走の収束の援軍に向かい、サギニと会った。
ニコラオスの両親である竜王夫婦も番ではなかった。
だからこそニコラオスが巨竜化出来るとわかったとき、ふたりはとても喜んだのだという。番でない上に巨竜化出来る子どもを授かれなかったら、たちまち父のもとへ側室が送りつけられていたに違いない。
巨竜化は暴走を引き起こすと恐れられているが、竜人族の頂点に立つ竜王が巨竜化出来ないと、それはそれで問題になる。
どんなに勇ましい竜人族の兵士でも、カサヴェテス竜王国で飽きることなく繰り返される魔物の大暴走に立ち向かうとき、主君である竜王が巨竜化出来ないとあっては不安になってしまう。
巨竜化出来る竜王がいるからこそ、自分が生き延びられなくても竜王が大暴走を収めて故郷の大切な人々を守ってくれると信じられるのだ。他国へ出稼ぎに行く傭兵はさらにその意識が強い。仕事で余所を守っている間に、祖国が焼け野原と化していたのでは笑えもしない。
ニコラオスが巨竜化出来たことは、本人以外には幸運なことだった。
いや、いざというとき暴走した従兄に止めを刺すという使命を背負わされた大公家長男のソティリオスにとっても、あまり幸運なことではなかったかもしれない。
かといってニコラオスが巨竜化出来なければ、巨竜化出来て王家の傍系であるソティリオスが竜王となる。それも彼には不幸なことだっただろう。正当な血筋の従兄を差し置いて竜王になるなんて、野心のない男にとっては災難でしかない。
両親が喜んでくれるのは嬉しかったが、ニコラオスは巨竜化することが恐ろしくてならなかった。
暴走して自分が自分でなくなって、大切な愛する民を手にかけ、守るべきカサヴェテス竜王国を焼け野原にしてしまう──そんな悪夢を何度も見た。
カサヴェテス竜王国では他国よりも高い頻度で大暴走が発生する。前の大暴走で疲れた父の代わりに収束に飛び立つたび、ニコラオスの心には恐怖が降り積もっていった。いつか悪夢が現実になるような気がした。
やがて父が暴走し、その父に止めを刺した母が自害して、ニコラオスは竜王に即位した。
即位の式に訪れて祝福をしてくれた精霊王に、ニコラオスは助けを求めたかった。
だが、なにも言えなかった。言えるはずがない。
……怖い。暴走するのが怖い。
巨竜化したくない。だけど竜王として大暴走を収めるためには巨竜化しなくてはならない。
竜王になどなりたくない。
そんなこと言えるはずがない。
ニコラオスの背後に控えるソティリオスだって、暴走の恐怖と戦いながらも主君である自分のために巨竜化してくれているのだ。
従弟は自分より酷い状況だった。暴走したニコラオスに止めを刺す役目を持つ彼は、自分が暴走したときに止めを刺してくれる存在がいない。暴走してもソティリオスがいてくれると思えるニコラオスと違って、彼は絶対に暴走出来ないのだ。
……番と会いたい。
ニコラオスは即位を祝いに来てくれた精霊王に、助けの代わりに願いを告げた。番さえいれば暴走することはないと思ったからだ。
精霊王の中の番という存在は、竜人族が思うほど神秘的な運命の相手ではない。愛し愛され結ばれた相手が番だった。
黒い巨狼が人間のように苦笑しながら、ニコラオスが番と会えるよう祈っておこう、と言ってくれて一年後、ニコラオスはメンダシウム男爵領で発生した大暴走の収束の援軍に向かい、サギニと会った。
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