たとえ番でないとしても

豆狸

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31・たとえ生まれて初めての求婚でも

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「ディアナ!」

 人混みの中から声がします。
 やはりディアナという名前は珍しくないようです。
 ソティリオス様と歩いていた私の背中に、小さく温かいものが飛びついてきました。

「ディアナ!」
「まあ……」
「やめなさい、アンドレウ」
「申し訳ございません!」

 私に抱き着いてきたのは、夏に会った農家の幼い兄でした。
 振り向けば、彼の両親も駆け寄って来ます。
 弟を抱く母親は相変わらず長袖でした。まだ傷痕が治りきっていないのでしょう。もう秋なので違和感はありませんが、竜人族の回復力でいつか消え去ると良いのですけれど。

「久しぶりですね。フードを被って髪も顔も隠していたのに、よく後ろから私だとわかりましたね」
「騎士隊長様と一緒にいたからわかった!」

 エッヘンと胸を張る幼い少年アンドレウに言われて、ソティリオス様は困った顔をしてご自分の銀髪を指に絡めました。

「俺もフードを被って髪を隠していたほうが良かったですかね」
「銀髪の方はたくさんいらっしゃいますわ」
「本当に申し訳ございません」
「お忍び中に声をかけたら、ご迷惑になるだろう?」

 母親は真っ青な顔をして頭を下げ、父親はコツンとアンドレウの頭に拳骨を落としています。幼い弟は母の腕の中から私に手を差し伸べてきます。
 小さな手に指を差し伸べて、私は微笑みました。
 幼い弟が私の指を握り返してくれたことに、胸が温かくなるのを感じました。

「気にしないでください。私には友達が少ないので、声をかけていただいて嬉しかったですわ」

 真実の言葉です。
 いえ、少ないどころか祖国リナルディ王国で八年間投獄されていたときも、このカサヴェテス竜王国へ嫁いで来てからも、私には友達がいません。
 ミネルヴァ様は従姉ですし、ソティリオス様とオレステス様は護衛ですものね。

「あれから畑に問題はありませんか?」

 夏の間は何日か通って様子を見ていたのですけれど、秋の収穫期になってからは邪魔になると思って訪問していません。
 私の質問を聞いて、家族四人が笑顔になりました。

「はい。おかげ様でカボチャが大豊作でした」
「こんなに収穫出来たのは、義父母の畑を受け継いでから初めてです。これもディアナ様がカボチャの魔物化を抑えてくださったおかげです」

 お忍びだと気づいているからでしょう、私のことをお妃様と呼ぶことはありません。
 それは気を遣ってくれているからだとわかっているのですが、竜王ニコラオス陛下の妃だと認められていないからだと悲しく思う気持ちが湧いてしまいます。
 私の背中に抱き着いて来て、今は体を離して見上げているアンドレウが口を開きました。

「……でもな、本当は騎士隊長様だけで分かったんじゃないぞ」
「そうなの?」
「うん。ディアナ、いつも寂しそうだから後姿でも分かった」
「こら、アンドレウ! 失礼なことを言うな!」
「まずお名前を呼び捨てにするのをやめなさい。様をつけなさい!」
「しゃまー」

 澄んだ瞳に私を映して、農家の少年アンドレウは言いました。

「寂しそうな理由も知ってる。『シロイケッコン』で、来年の春には『リエン』するからだろ?」
「アンドレウ!」

 父親が真っ青になって、彼に二度目の拳骨を落としました。
 母親がぺこぺこと頭を下げてきます。
 彼女の腕の中の弟が揺れて、私の指を握っていた小さな手が離れてしまいました。

「申し訳ありません、ディアナ様。言い訳になりますが、私どもが教えたわけではないのです。今年はかなり余裕が出来たので、収穫祭の前に市場へ買い物に行ったら……」

 私のことが噂になっていたようです。
 無理もありません。べつに緘口令など敷かれていません。
 婚礼の夜会で竜王国の貴族の前で宣言したのです。その貴族達に治められている平民の耳にも入るでしょう。

「気にしなくてもかまいませんよ。本当のことです」

 そもそも国中の人間が知っているのです。
 竜王ニコラオス陛下のつがいはサギニ様だと──
 暗い気持ちに沈みかけた私の耳朶をアンドレウの明るい声が打ちました。

「だから俺、決めたんだ!」

 なにをでしょう。彼は満面の笑みで言葉を続けました。

「ディアナが竜王様と『リエン』したら、俺のお嫁にするって!」
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