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幕間 近衛騎士隊長の夢のかけら②
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「妃殿下の発言は本当です。彼女こそがあなたの番だ! どうして嘘を流布なさるのですか!」
竜王ニコラオスの正式な妃は離宮に閉じ込められて放置された。
誇り高い竜人族の王の番が矮小なヒト族だなどと、だれも受け入れることが出来なかったのだ。
ソティリオスも最初は不快に感じたし、ニコラオスの命令とあれば彼女を捕縛して夜会から退出させることも厭わなかった。しかし──
「ほとんど離宮から出ない、出ても俺達近衛騎士隊が監視をしている、そもそも婚礼の夜からあの日まであなたと会っていなかった彼女が、どうやったら魔導を使えたとおっしゃるのです?」
婚礼から半年ほど経った秋の日、連発する大暴走への対処で巨竜化し、ついに暴走してしまった竜王ニコラオスは王妃の住まう離宮へと降り立った。
そして、彼女に触れられて暴走が収まったのである。
半年顧みられなかった異国の王女は、伝説に聞く番のごとく荒れ狂う竜王を鎮めたのだ。なのに竜王は、すべて彼女の欺瞞だとして作った噂を流布させた。
あの日、ソティリオスは白銀の巨竜姿でニコラオスを追っていた。
いざとなったら自分が従兄に止めを刺さなくてはいけないとわかっていた。
巨竜化しているときの鋭敏になった視覚と聴覚で、ソティリオスは形だけの夫の暴走を鎮めて微笑む王妃を見た。まだ意識が朦朧としている彼の言葉を聞いた。竜王の言葉を聞いて崩れ落ちる王妃も見ていた。
「俺は……なにも知りませんでした。誇り高い竜人族が他国から迎え入れた花嫁に食事も出していなかったなんてこと!」
ソティリオスは夜間の見回りを担当していた。
弟で近衛騎士隊の副隊長でもあるオレステスに昼間の護衛を任せていれば情報が入ったかもしれないが、サギニに対する疑いを隠さず王妃の番発言のほうが真実なのではないかと主張する彼を彼女の近辺に置くことは出来なかった。
なにかやらかしそうで心配だったのだ。
「でも俺は知っています。毎晩聞いていたんです。あなたを求めて涙する彼女の声を!」
サギニをニセモノの番だと罵る声が続いていなければ、ソティリオスはもっと早くに王妃と交流するようニコラオスへ勧めていただろう。
「……私の番はサギニだ。それは変わらない。あんなヒト族の女が私の番であるはずがない。噂を流したのは今回の件で妙な動きが出ないようにだ。……たとえ彼女が本当に私の番だったとしても、私はサギニを選ぶ」
「そうですか……」
竜王にかかる重責は知っている。
ニコラオスがそれを選んだのならば、ソティリオスは従うしかなかった。
他国の罪のない、それどころか竜王の暴走を鎮めてくれた大恩ある女性に冤罪を被せ、小悪党の愛人だった女を竜王の番として尊ぶのだ。
王妃の食事や使用人の件にサギニは関わっていなかった。
しかし表に出ていないだけで、メンダシウム男爵が裏から手を回していたのは確実だった。
離宮の食事や使用人に使われるはずだった費用は、迷路のように入り組んだ経路を辿って男爵の懐に入っていたのだから。
(カサヴェテス竜王国の冬は厳しい)
このままでは離宮の王妃は生き残れないだろう。
すぐにでも離宮の状況を改善するつもりのソティリオスだったが、魔物蔓延る竜王国であっても珍しい冬の大暴走が起こったため、その対応に意識を奪われてしまった。ほかの人間──ヒト族や獣人族に、トカゲと蔑まれる竜人族は寒さに弱い。
冬の大暴走は多くの竜人族と竜王ニコラオス、そしてソティリオスの弟であるオレステスを奪っていった。
(オレステスに離宮の改善を命じていれば良かった。そうしていればオレステスを喪うこともなく、妃殿下を苦しめ続けることもなかった)
従兄ニコラオスの跡を継ぎ、竜王に即位してから悔やんでも遅かった。
さまざまな問題に追われている間に離宮は見えない壁に閉ざされていたのだ。状況がわからないまま、ひとり、またひとりと外に出てきた近衛騎士達を責めるわけにはいかなかった。あそこには食べ物がないのだ。
王妃が生きているのか死んでいるのかもわからない。
竜王ニコラオスの正式な妃は離宮に閉じ込められて放置された。
誇り高い竜人族の王の番が矮小なヒト族だなどと、だれも受け入れることが出来なかったのだ。
ソティリオスも最初は不快に感じたし、ニコラオスの命令とあれば彼女を捕縛して夜会から退出させることも厭わなかった。しかし──
「ほとんど離宮から出ない、出ても俺達近衛騎士隊が監視をしている、そもそも婚礼の夜からあの日まであなたと会っていなかった彼女が、どうやったら魔導を使えたとおっしゃるのです?」
婚礼から半年ほど経った秋の日、連発する大暴走への対処で巨竜化し、ついに暴走してしまった竜王ニコラオスは王妃の住まう離宮へと降り立った。
そして、彼女に触れられて暴走が収まったのである。
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あの日、ソティリオスは白銀の巨竜姿でニコラオスを追っていた。
いざとなったら自分が従兄に止めを刺さなくてはいけないとわかっていた。
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なにかやらかしそうで心配だったのだ。
「でも俺は知っています。毎晩聞いていたんです。あなたを求めて涙する彼女の声を!」
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王妃が生きているのか死んでいるのかもわからない。
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