33 / 60
27・たとえどこにでもある恋に過ぎないとしても
しおりを挟む
精霊王様とご家族は、夕食の時間まで離宮にいらっしゃることになりました。
本宮殿の竜王ニコラオス陛下にも連絡はしたのですが、陛下が離宮へお出でになることはありませんでした。
報告から戻ったオレステス様がおっしゃいました。
「陛下は妃殿下と会ってサギニとかいう女を刺激したくないんだと思いますよ。最近妃殿下の評判が上がってて、あの女機嫌悪いから」
「オレステス様、陛下の聖なる番のサギニ様をあの女などとおっしゃってはいけませんわ」
「妃殿下は兄上みたいなことをおっしゃいますね。確かに陛下は彼女を番だと思っているようですが、僕はカサヴェテス竜王国に必要なのはあなたのように竜人族を助けてくださる妃殿下だと思っています。だって番なんて、運命の相手だの真実の愛だのを言い換えた言葉に過ぎないじゃないですか」
オレステス様は竜人族でありながら、番という存在に憧れを抱いていないようです。
「妃殿下がいらっしゃらなかったら病気で死んでいた竜人族がいます。作物だって収穫出来なかった……今年は久しぶりに収穫祭が開かれそうですよ。ありがとうございます」
そこまで言って微笑んで、オレステス様はご自分の唇に人差し指を当てました。
「僕があの女をあの女と言っていたことは兄上には秘密にしてくださいね」
私は苦笑しながら頷くしかありませんでした。
本当は人のことなど言えません。前の私は毎晩のように彼女を『ニセモノの番』と罵っていたのですから。
オレステス様のおっしゃるように番とは、恋愛小説や芝居に出てくるような運命の相手や真実の愛という言葉の言い換えに過ぎないのでしょうか。私はただ竜王陛下にひと目惚れしただけで、それを勝手に番だと思い込もうとしているのでしょうか。
──たとえこの気持ちが恋だとしても、実らないことに変わりはないのですが。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夕食が終わり、ルキウス達は客間に戻りました。
オレステス様と交代したソティリオス様は離宮の外で見回りをしてくださっています。
朝と同じなのに寂しくないのは、精霊王様とご家族がまだいらっしゃるからです。談話室の長椅子に座った私の膝にお子様達、ふわふわの三匹を撫でているとたまに精霊王様と奥方様が手の下に頭を差し込んできます。私のなでなでは心地良いのだそうです。
『……ディアナ。魔力の高まりを鎮めるのをそなたひとりに任せてすまなかったな』
「いいえ」
春の間私にかかりっきりでお子様達が恋しくなったというのも真実だったのでしょうが、精霊王様がご家族のもとへ戻られたのにはべつの理由もありました。
お子様に見せられた未来で、白い竜に襲われていたのは奥方様と二匹のお子様だけだったのです。季節は冬で、二匹のお子様はどちらも乳離れ出来ていなかったとのこと。おそらく一匹のお子様はその前に、高まった魔力に適応出来ず亡くなられていたのでしょう。
精霊王様が最期を看取るつもりだった一匹のお子様は、今は精霊王様の頭に登って私の手に撫でられようとしています。
『この子が生き延びられたのは、そなたが魔力を鎮めてくれたおかげだ』
「そうなら嬉しいです。……もう未来は変わったのかもしれませんね」
『だと良いが……』
「精霊王様?」
私の手にお子様を任せて頭を抜き、精霊王様はおっしゃいました。
『あのユーノとかいう娘、ニコラオスの魔力を包んでいた白い竜と同じ匂いがしたのだ。前にも言ったように白い竜はツギハギだったから、白い竜の一部というべきか。あの娘の魔力にほかの魔力を継ぎ足して白い竜を形作っている感じがした』
「どういうことでしょう? ユーノをリナルディ王国へ戻しても良いのでしょうか」
『ニコラオスから離れていたほうが、あの娘は安全かもしれない。吾らはニコラオスを見守ることに専念しよう。我が子らが乳離れしたので、今後は家族揃ってこちらに来れるしな』
「そうですね。ユーノになにかあればミネルヴァ様が知らせてくれるでしょう。それに……彼女のことはきっとルキウスが守りますわ」
『そうだな』
任せられたお子様を両手で撫でていると、ほかの二匹のお子様と奥方様の鼻先で腕を突かれました。
どなたからお撫でするか悩みながら、私は精霊王様に尋ねました。
「私は来年の春リナルディ王国へ戻る予定なのですが、もしそのとき世界が終わってなくて皆様もお元気だったなら、リナルディ王国へ遊びに来ていただけますか?」
そう言ってしまったのは、きっと精霊王様達が森へ帰るのが寂しかったからでしょう。
影から帰るので遅くなっても問題はありませんが、泊まることは出来ないと言われています。精霊王様の存在が聖域を守っているので、丸一日不在にすることは出来ないそうなのです。
春に魔導を教えに来てくださっていたときも泊まられることはありませんでした。
加護を受けたときに精霊王様がキノドンダスというお名前だとお聞きしています。
そのお名前をお呼びすれば、どこにいても来てくださるとおっしゃってくださったのですけれど、私の都合でお招きするのは気が引けます。
『うむ。リナルディ王国は海に面していると聞く。我が子らに見せてやりたいし、吾も見たい』
「王都のすぐ近くに港町がありますし、辺境伯領も海に接しています。いらしたらご案内させていただきますね」
勝手に離縁と白い結婚を決めた私は、国へ戻ったらどのような扱いを受けるのでしょうか。
異母弟やミネルヴァ様に甘えてばかりでもいけません。また政略結婚させられるのだとしたら、精霊王様に喜んでいただけるよう海のある領地に住む方をお願いしたいものです。
案外新しい方と引き合わされたらひと目で恋に落ちて、竜王陛下のことなど忘れてしまうかもしれません。……だと良いのですけれど。
本宮殿の竜王ニコラオス陛下にも連絡はしたのですが、陛下が離宮へお出でになることはありませんでした。
報告から戻ったオレステス様がおっしゃいました。
「陛下は妃殿下と会ってサギニとかいう女を刺激したくないんだと思いますよ。最近妃殿下の評判が上がってて、あの女機嫌悪いから」
「オレステス様、陛下の聖なる番のサギニ様をあの女などとおっしゃってはいけませんわ」
「妃殿下は兄上みたいなことをおっしゃいますね。確かに陛下は彼女を番だと思っているようですが、僕はカサヴェテス竜王国に必要なのはあなたのように竜人族を助けてくださる妃殿下だと思っています。だって番なんて、運命の相手だの真実の愛だのを言い換えた言葉に過ぎないじゃないですか」
オレステス様は竜人族でありながら、番という存在に憧れを抱いていないようです。
「妃殿下がいらっしゃらなかったら病気で死んでいた竜人族がいます。作物だって収穫出来なかった……今年は久しぶりに収穫祭が開かれそうですよ。ありがとうございます」
そこまで言って微笑んで、オレステス様はご自分の唇に人差し指を当てました。
「僕があの女をあの女と言っていたことは兄上には秘密にしてくださいね」
私は苦笑しながら頷くしかありませんでした。
本当は人のことなど言えません。前の私は毎晩のように彼女を『ニセモノの番』と罵っていたのですから。
オレステス様のおっしゃるように番とは、恋愛小説や芝居に出てくるような運命の相手や真実の愛という言葉の言い換えに過ぎないのでしょうか。私はただ竜王陛下にひと目惚れしただけで、それを勝手に番だと思い込もうとしているのでしょうか。
──たとえこの気持ちが恋だとしても、実らないことに変わりはないのですが。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夕食が終わり、ルキウス達は客間に戻りました。
オレステス様と交代したソティリオス様は離宮の外で見回りをしてくださっています。
朝と同じなのに寂しくないのは、精霊王様とご家族がまだいらっしゃるからです。談話室の長椅子に座った私の膝にお子様達、ふわふわの三匹を撫でているとたまに精霊王様と奥方様が手の下に頭を差し込んできます。私のなでなでは心地良いのだそうです。
『……ディアナ。魔力の高まりを鎮めるのをそなたひとりに任せてすまなかったな』
「いいえ」
春の間私にかかりっきりでお子様達が恋しくなったというのも真実だったのでしょうが、精霊王様がご家族のもとへ戻られたのにはべつの理由もありました。
お子様に見せられた未来で、白い竜に襲われていたのは奥方様と二匹のお子様だけだったのです。季節は冬で、二匹のお子様はどちらも乳離れ出来ていなかったとのこと。おそらく一匹のお子様はその前に、高まった魔力に適応出来ず亡くなられていたのでしょう。
精霊王様が最期を看取るつもりだった一匹のお子様は、今は精霊王様の頭に登って私の手に撫でられようとしています。
『この子が生き延びられたのは、そなたが魔力を鎮めてくれたおかげだ』
「そうなら嬉しいです。……もう未来は変わったのかもしれませんね」
『だと良いが……』
「精霊王様?」
私の手にお子様を任せて頭を抜き、精霊王様はおっしゃいました。
『あのユーノとかいう娘、ニコラオスの魔力を包んでいた白い竜と同じ匂いがしたのだ。前にも言ったように白い竜はツギハギだったから、白い竜の一部というべきか。あの娘の魔力にほかの魔力を継ぎ足して白い竜を形作っている感じがした』
「どういうことでしょう? ユーノをリナルディ王国へ戻しても良いのでしょうか」
『ニコラオスから離れていたほうが、あの娘は安全かもしれない。吾らはニコラオスを見守ることに専念しよう。我が子らが乳離れしたので、今後は家族揃ってこちらに来れるしな』
「そうですね。ユーノになにかあればミネルヴァ様が知らせてくれるでしょう。それに……彼女のことはきっとルキウスが守りますわ」
『そうだな』
任せられたお子様を両手で撫でていると、ほかの二匹のお子様と奥方様の鼻先で腕を突かれました。
どなたからお撫でするか悩みながら、私は精霊王様に尋ねました。
「私は来年の春リナルディ王国へ戻る予定なのですが、もしそのとき世界が終わってなくて皆様もお元気だったなら、リナルディ王国へ遊びに来ていただけますか?」
そう言ってしまったのは、きっと精霊王様達が森へ帰るのが寂しかったからでしょう。
影から帰るので遅くなっても問題はありませんが、泊まることは出来ないと言われています。精霊王様の存在が聖域を守っているので、丸一日不在にすることは出来ないそうなのです。
春に魔導を教えに来てくださっていたときも泊まられることはありませんでした。
加護を受けたときに精霊王様がキノドンダスというお名前だとお聞きしています。
そのお名前をお呼びすれば、どこにいても来てくださるとおっしゃってくださったのですけれど、私の都合でお招きするのは気が引けます。
『うむ。リナルディ王国は海に面していると聞く。我が子らに見せてやりたいし、吾も見たい』
「王都のすぐ近くに港町がありますし、辺境伯領も海に接しています。いらしたらご案内させていただきますね」
勝手に離縁と白い結婚を決めた私は、国へ戻ったらどのような扱いを受けるのでしょうか。
異母弟やミネルヴァ様に甘えてばかりでもいけません。また政略結婚させられるのだとしたら、精霊王様に喜んでいただけるよう海のある領地に住む方をお願いしたいものです。
案外新しい方と引き合わされたらひと目で恋に落ちて、竜王陛下のことなど忘れてしまうかもしれません。……だと良いのですけれど。
応援ありがとうございます!
16
お気に入りに追加
4,418
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる