たとえ番でないとしても

豆狸

文字の大きさ
上 下
32 / 60

26・たとえ番だったとしても

しおりを挟む
「……」

 ルキウスとユーノがディリティリオ茸を持ち帰る処理をするために客間へ戻り、ソティリオス様はオレステス様と交代して本宮殿に戻られました。オレステス様は離宮の外で見回りをしてくださっています。
 私は談話室にひとりでいました。
 静寂の中、ルキウス達がいなくなったら寂しくなると、ぼんやり思いました。前はひとりでも平気だったのに……いえ、平気な振りをしていただけでした。前の私は、夜ごと竜王ニコラオス陛下のお名前を呼んで泣いていました。

『ディアナ』
「精霊王様?」

 音の無い懐かしい声がして、私の影から黒い巨狼が現れました。

『我が子達が乳離れしたので会いに来たのだが……もう朝食のパンケーキは食べ終わっているのか……』

 残念そうなお顔の精霊王様に続いて、銀色の狼と小さな仔狼達も顔を出します。

「奥方様とお子様達ですか? 初めまして、ディアナです。すぐにオレステス様にお願いして蜂蜜たっぷりのパンケーキを用意していただきますね」
『そうか、済まぬな』

 先触れをいただけたら良かったのに、と一瞬思いましたが、よく考えれば精霊王様の肉球ではお手紙は書けません。
 奥方様とお子様達が私の影から出てくるのを待って、オレステス様にパンケーキの手配をお願いしました。
 これは転移の魔導なのでしょうか。精霊王様はご家族を一緒に移動させられるようです。

「お会い出来て嬉しいです。……あの、魔力の高まりのほうはどんな感じでしょうか? 私に出来る範囲の魔力は鎮めたつもりなのですが」
『上出来だ。我が子達が乳離れ出来たのも、そなたが魔力の高まりを鎮めてくれたおかげだぞ』
「そうなのですか?」

 銀に輝く奥方様が微笑みます。

『そうなのですよ、ディアナ。私と夫は聖域の魔力を受けて特別な存在になりました。そのため世界の魔力が高まっても、その強い魔力を受け入れることが出来ます。しかし生まれたばかりの子ども達はそうもいきません』

 普通の狼などの野獣は、強い魔力を受け入れられなくて衰弱したり、逆に受け入れ過ぎて魔物と化したりします。作物と同じです。
 魔物には魔力だけで出来たものもいます。
 野獣や作物が変化した魔物も魔力だけで出来た魔物も、互いに食らい合い強く大きく凶暴に変化していくのです。そして最後は群れ集って人里を襲う大暴走スタンピードを引き起こします。

『ディアナが魔力の高まりから生じる澱みを鎮めて解きほぐしてくれたので、我が子達は妻の乳に含まれる魔力だけでなく世界の魔力も吸収出来るようになったのだ』
「お役に立てたなら良かったです」

 そうこうしていたら、茸を片付けたルキウス達が談話室に戻って来ました。
 精霊王様とご家族を見て目を丸くします。

「大きいですね、お妃様の飼い犬ですか? もしかして僕達が落ち着くまで余所に預けていらしたんですか? こんなに懐いている犬と離れるだなんてお寂しかったでしょう。お気遣いいただいてありがとうございます」
「わあ可愛い!」

 ユーノがお子様達を見て目を輝かせています。
 精霊王様のお子様達は奥方様よりも黒味の強い銀色で、ふわふわしていてとても可愛いですものね。
 私はふたりに告げました。

「いいえ、精霊王様とご家族様ですよ」
「ああ、そういえば辺境伯様にお聞きしました。お妃様はカサヴェテス竜王国の精霊王様の愛し子で、そのため竜人族の病気を癒せるのだ、と……え?」
「……」

 ルキウス達は真っ青になり、初対面のときの私のように床に額を擦り付けました。

「「も、申し訳ありません!」」
『……』

 ふたりをじっくりと眺めた後、精霊王様は言いました。

『うむ。吾らは犬ではなく狼だ。今後は間違えぬようにな』

 精霊王様にとっては、それが一番大切なことなのですね。
 しばらくして、オレステス様が蜂蜜たっぷりのパンケーキと鶏肉のシチューを運んできてくださいました。精霊王様が鶏肉をお好きなようだから、と気を利かせてくれたのです。
 ご家族で食べながら、精霊王様が私にこっそり教えてくださいました。

『……吾は鳥が好きなのだが妻は鹿のほうが好きでな、森では鹿肉ばかり食べておるのだ……』

 お子様を気遣いながらパンケーキとシチューを食べる精霊王様と奥方様は仲の良いつがいに見えましたが、食事の好みは違うようです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

【完結】愛してました、たぶん   

たろ
恋愛
「愛してる」 「わたしも貴方を愛しているわ」 ・・・・・ 「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」 「いつまで待っていればいいの?」 二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。 木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。  抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。 夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。 そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。 大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。 「愛してる」 「わたしも貴方を愛しているわ」 ・・・・・ 「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」 「いつまで待っていればいいの?」 二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。 木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。  抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。 夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。 そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。 大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける

堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」  王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。  クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。  せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。  キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。  クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。  卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。  目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。  淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。  そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】愛されない令嬢は全てを諦めた

ツカノ
恋愛
繰り返し夢を見る。それは男爵令嬢と真実の愛を見つけた婚約者に婚約破棄された挙げ句に処刑される夢。 夢を見る度に、婚約者との顔合わせの当日に巻き戻ってしまう。 令嬢が諦めの境地に至った時、いつもとは違う展開になったのだった。 三話完結予定。

処理中です...