たとえ番でないとしても

豆狸

文字の大きさ
上 下
29 / 60

23・たとえ魔導でなくても

しおりを挟む
 朝食が終わり、ソティリオス様が本宮殿へ戻ろうとしたところでお客が来ました。
 リナルディ王国から来た病人とその家族です。
 竜人族の血を引くものはカサヴェテス竜王国以外にも住んでいます。強過ぎる魔力を制御出来なくて病気になるものも当然いるのです。

 彼らが来ることは、夏の半ばにはわかっていました。
 お母様の実家のパルミエリ辺境伯家のミネルヴァ様から手紙が来たのです。ミネルヴァ様は予想外の激しい大暴走スタンピードで壊滅した辺境伯家を立て直した、みっつ年上の私の従姉です。国王である異母弟の婚約者でもあります。
 病人は、ミネルヴァ様の専属魔道具職人の助手をしている女性でした。

 手紙は魔導で素早く運べても、人はそうもいきません。
 転移の魔導は伝説にしか出てきません。でも結界の魔導もそうでした。精霊王様は愛し子の影を利用して移動なさいますし──いえ、今は関係ないですね。
 病人が長い間旅をするのは心配でしたが、ソティリオス様に巨竜化して迎えに行ってくれとは頼めませんでした。彼は私の護衛であって、私の家臣ではないのです。彼はあくまで竜王ニコラオス陛下の命で私に付き従ってくれているのです。

 王都周辺の魔力の昂りが収まってきたこともあり、ここ数日は離宮で彼らが到着するのを待っていました。
 少し小柄な青年が、荒い息の女性を抱いた状態で私に頭を下げます。
 彼からは血の匂いがしました。女性から飛び出した尖った魔力の鱗が、彼女を抱く青年の体を傷つけ続けているのです。その痛ましい姿に、私のほうから出向けば良かったと思いましたが、形だけとはいえ竜王の妃が気軽に祖国へは戻れません。

「初めまして、王妃様。僕はルキウス。パルミエリ辺境伯ミネルヴァ様の専属魔道具職人でございます。今回は王妃様とミネルヴァ様のご恩情で我が助手ユーノを治療してくださるとのこと、心からお礼申し上げます」
「初めまして。病人は客間に……いいえ、そちらの長椅子に寝かせてください」

 ルキウスに怪訝そうな顔で見られました。
 客間を惜しんだのではありません。
 ただでさえ苦しそうな彼女をこれ以上動かしたくなかったのです。私の魔導はどこででも発動出来ます。

「ルキウス……ルキウス」
「ここにいるよ、ユーノ。僕はここにいる!」

 談話室の長椅子に横たえられた彼女の前に跪きます。
 私は目を閉じて、自分の中へ深く潜りました。こんなときでも竜王陛下への想いが沸き起こりそうになって、必死に抑えます。
 想い合う目の前のふたりを羨ましいと感じてしまったせいでしょう。ふたりは病気で苦しんでいるというのに、私は本当に浅ましい人間です。

 闇の魔力を静かに体内から放ちます。
 漂う闇の魔力から、病人ユーノの状態が伝わってきます。
 農家の幼い男の子から、魔物化した作物から、農地近くの魔物を生み出していた森の中から感じたのと同じものがありました。

 澱みです。

 本来絶え間なく流れている魔力が澱み、動きを止めているのです。
 高まり過ぎた魔力が流れを歪めて作り上げたものです。
 澱んだ魔力はいずれ昂って暴れ出し、周囲のものを魔物化するか、魔力で出来た魔物を生み出します。

 ぽこぽこと泡立って沸騰する熱湯のような魔力の澱みに手を翳して、魔導を発動します。
 無理矢理澱みを壊すようなことはしません。
 もつれた糸をほどくように、ゆっくりじっくりと梳かしていくのです。春の間、精霊王様の毛皮で練習させていただきました。何度か精霊王様を寝かしつけて、よくやったとお褒めの言葉をいただきましたっけ。

 そう言えばまだ牢へ投獄される前、病弱で眠りの浅かった異母弟を寝かしつけるのが得意でした。
 前のとき無意識で結界を張ったように、無意識で魔導を使っていたのかもしれません。
 私の闇の魔力は眠りと夢をもたらします。たとえ魔導でなくても眠りと夢は、心と体の澱みをほどき疲れを癒す力があるものなのです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

【完結】愛してました、たぶん   

たろ
恋愛
「愛してる」 「わたしも貴方を愛しているわ」 ・・・・・ 「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」 「いつまで待っていればいいの?」 二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。 木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。  抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。 夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。 そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。 大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。 「愛してる」 「わたしも貴方を愛しているわ」 ・・・・・ 「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」 「いつまで待っていればいいの?」 二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。 木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。  抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。 夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。 そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。 大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける

堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」  王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。  クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。  せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。  キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。  クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。  卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。  目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。  淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。  そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】愛されない令嬢は全てを諦めた

ツカノ
恋愛
繰り返し夢を見る。それは男爵令嬢と真実の愛を見つけた婚約者に婚約破棄された挙げ句に処刑される夢。 夢を見る度に、婚約者との顔合わせの当日に巻き戻ってしまう。 令嬢が諦めの境地に至った時、いつもとは違う展開になったのだった。 三話完結予定。

処理中です...