20 / 60
幕間 サギニの夢③
しおりを挟む
「どういうことなの?」
尋ねるサギニに、愛人から義父になったメンダシウム男爵は笑みを浮かべて言った。
「竜人族に毒は効かない。怪我をしてもすぐ治る。生まれつき魔力が強くて回復力が高いからだ」
それくらいサギニだって知っている。
魔物蔓延る危険なカサヴェテス竜王国は外国から食糧を輸入しているが、茸などの珍しい嗜好品についてはこちらから輸出することもある。
竜人族には平気でもヒト族や獣人族には危険な毒を持つ茸は出荷してはいけないのだと、母のお財布が言っていた。特に人気のあるディリティリオ茸は季節によって毒の強さが違うから気をつけなくてはいけないらしい。
「体が勝手に解毒したり怪我を治したりしているとき、竜人族は熱を帯びて興奮状態になり、頭が朦朧として判断力が低くなる。そのとき上手く誘導すれば番を偽ることも出来るのさ」
昔どこかの貴族家が、その方法で竜王の番を仕立て上げたことがあるらしい。
しかしそのときは、正式に竜王と結婚する前に浮気に気づかれて処刑されてしまったのだという。
「お前は上手くやれよ」
「ちょっと待って! 私は竜王の番になんかなる気はないわ! 男爵家の愛人で十分よ」
「私はそうじゃない。お前程度の愛人を囲ったくらいで満足出来るものか。もっと成り上がってやるんだ。竜王に余計なことを言うなよ? すべてお前のせいにしてやるからな」
サギニの母親は番を仕立てた貴族家の末裔だった。
娘が処刑されただけでなく実家も平民に落とされていたのである。
当然のことだろう。番とは神聖なものだ。まして竜王の番ともなれば、竜人族自体の心の拠りどころとなる。サギニの先祖はそれを騙ったのだ。
メンダシウム男爵はサギニにとって都合の良い夢の化身ではなく、サギニを操る人形使いだった。
王宮に部屋を与えられたサギニは、男爵に与えられた毒を夜ごと竜王に飲ませ、無意識に解毒する体の興奮状態を番への情熱だと思い込んだ彼に抱かれている。
(嫌で嫌でたまらないわ。どんなに美しく見えても、本性は巨大なトカゲじゃない!)
サギニにはそうとしか思えない。たぶん自分は竜人族としての血よりもヒト族としての血のほうが濃いのだろう。
男爵の計画のすべてが上手く行ったわけではなかった。サギニの母の出生は暴かれたし養女としても実家が男爵家では身分が低過ぎると、高位貴族達がふたりの結婚に反対した。
それでも竜王はサギニを番だと信じて愛し続けた。
一方魔物の大暴走はますます激しくなり、食糧と引き換えに竜王は政略結婚することになった。
(いっそ相手の女に夢中になって、私を捨ててくれればいいのに!)
けれどヒト族の花嫁ディアナが嫁ぐ前日もサギニと夜を過ごした竜王は、解毒による興奮の反動から来る虚無感で花嫁に興味を示さなかった。
サギニは今も竜王の番のままだ。
トカゲの化身にしか思えない男は毎夜サギニの床を訪れる。ヒト族の花嫁が去ったら正式に王妃にすると誓われている。
「上手くやれよ」
男爵家の愛人というサギニの夢を壊した男は、自分の夢が叶うと浮かれている。
それが憎くてたまらない。
男爵はひとり目は竜王の種で産み、ふたり目は自分の種で産めという。上手くふたり目に跡を継がせて、竜王の父親になってやるとほざいている。
サギニの今の夢は、いつかメンダシウム男爵の夢を粉々に壊してやることだ。
だが残念なことに、彼の計画を暴けば自分も巻き込まれる。
竜王の番を偽ったとして処刑されるのは嫌だった。
王宮で囲われるようになってからは王家の財産で贅沢もした。
竜王の番という立場を利用して、ほかの貴族令嬢を甚振ったこともある。
男爵に騙された、利用されたと言ってもすべてが許されはしないだろう。男爵の愛人だったことまで知られたら、嫉妬に狂った竜王に殺されるかもしれない。先祖の貴族家と同じように巨竜の爪で肉塊にされるのは真っ平だ。
──サギニは今夜も悪夢を見る。
尋ねるサギニに、愛人から義父になったメンダシウム男爵は笑みを浮かべて言った。
「竜人族に毒は効かない。怪我をしてもすぐ治る。生まれつき魔力が強くて回復力が高いからだ」
それくらいサギニだって知っている。
魔物蔓延る危険なカサヴェテス竜王国は外国から食糧を輸入しているが、茸などの珍しい嗜好品についてはこちらから輸出することもある。
竜人族には平気でもヒト族や獣人族には危険な毒を持つ茸は出荷してはいけないのだと、母のお財布が言っていた。特に人気のあるディリティリオ茸は季節によって毒の強さが違うから気をつけなくてはいけないらしい。
「体が勝手に解毒したり怪我を治したりしているとき、竜人族は熱を帯びて興奮状態になり、頭が朦朧として判断力が低くなる。そのとき上手く誘導すれば番を偽ることも出来るのさ」
昔どこかの貴族家が、その方法で竜王の番を仕立て上げたことがあるらしい。
しかしそのときは、正式に竜王と結婚する前に浮気に気づかれて処刑されてしまったのだという。
「お前は上手くやれよ」
「ちょっと待って! 私は竜王の番になんかなる気はないわ! 男爵家の愛人で十分よ」
「私はそうじゃない。お前程度の愛人を囲ったくらいで満足出来るものか。もっと成り上がってやるんだ。竜王に余計なことを言うなよ? すべてお前のせいにしてやるからな」
サギニの母親は番を仕立てた貴族家の末裔だった。
娘が処刑されただけでなく実家も平民に落とされていたのである。
当然のことだろう。番とは神聖なものだ。まして竜王の番ともなれば、竜人族自体の心の拠りどころとなる。サギニの先祖はそれを騙ったのだ。
メンダシウム男爵はサギニにとって都合の良い夢の化身ではなく、サギニを操る人形使いだった。
王宮に部屋を与えられたサギニは、男爵に与えられた毒を夜ごと竜王に飲ませ、無意識に解毒する体の興奮状態を番への情熱だと思い込んだ彼に抱かれている。
(嫌で嫌でたまらないわ。どんなに美しく見えても、本性は巨大なトカゲじゃない!)
サギニにはそうとしか思えない。たぶん自分は竜人族としての血よりもヒト族としての血のほうが濃いのだろう。
男爵の計画のすべてが上手く行ったわけではなかった。サギニの母の出生は暴かれたし養女としても実家が男爵家では身分が低過ぎると、高位貴族達がふたりの結婚に反対した。
それでも竜王はサギニを番だと信じて愛し続けた。
一方魔物の大暴走はますます激しくなり、食糧と引き換えに竜王は政略結婚することになった。
(いっそ相手の女に夢中になって、私を捨ててくれればいいのに!)
けれどヒト族の花嫁ディアナが嫁ぐ前日もサギニと夜を過ごした竜王は、解毒による興奮の反動から来る虚無感で花嫁に興味を示さなかった。
サギニは今も竜王の番のままだ。
トカゲの化身にしか思えない男は毎夜サギニの床を訪れる。ヒト族の花嫁が去ったら正式に王妃にすると誓われている。
「上手くやれよ」
男爵家の愛人というサギニの夢を壊した男は、自分の夢が叶うと浮かれている。
それが憎くてたまらない。
男爵はひとり目は竜王の種で産み、ふたり目は自分の種で産めという。上手くふたり目に跡を継がせて、竜王の父親になってやるとほざいている。
サギニの今の夢は、いつかメンダシウム男爵の夢を粉々に壊してやることだ。
だが残念なことに、彼の計画を暴けば自分も巻き込まれる。
竜王の番を偽ったとして処刑されるのは嫌だった。
王宮で囲われるようになってからは王家の財産で贅沢もした。
竜王の番という立場を利用して、ほかの貴族令嬢を甚振ったこともある。
男爵に騙された、利用されたと言ってもすべてが許されはしないだろう。男爵の愛人だったことまで知られたら、嫉妬に狂った竜王に殺されるかもしれない。先祖の貴族家と同じように巨竜の爪で肉塊にされるのは真っ平だ。
──サギニは今夜も悪夢を見る。
122
お気に入りに追加
4,534
あなたにおすすめの小説
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

【完結】愛してました、たぶん
たろ
恋愛
「愛してる」
「わたしも貴方を愛しているわ」
・・・・・
「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」
「いつまで待っていればいいの?」
二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。
木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。
抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。
夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。
そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。
大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。
「愛してる」
「わたしも貴方を愛しているわ」
・・・・・
「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」
「いつまで待っていればいいの?」
二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。
木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。
抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。
夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。
そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。
大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける
堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」
王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。
クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。
せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。
キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。
クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。
卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。
目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。
淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。
そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中

【完結】愛されない令嬢は全てを諦めた
ツカノ
恋愛
繰り返し夢を見る。それは男爵令嬢と真実の愛を見つけた婚約者に婚約破棄された挙げ句に処刑される夢。
夢を見る度に、婚約者との顔合わせの当日に巻き戻ってしまう。
令嬢が諦めの境地に至った時、いつもとは違う展開になったのだった。
三話完結予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる