たとえ番でないとしても

幕間 サギニの夢②

　カサヴェテス竜王国の竜人族は傭兵として近隣諸国に出稼ぎに出ているが、さすがに王侯貴族は国内の守りに集中している。
　近年活発化している魔物の大暴走スタンピードが男爵領で発生したとき、なぜか竜王ニコラオスが直々にやって来た。べつの大暴走スタンピードで両親を亡くして即位してから一年経ったところだったので、自分の力を臣下に示そうという狙いがあったのかもしれない。
　彼は黄金色の巨竜に変じて現れた。魔物に怯える民を鼓舞するためだ。

（うわ、気持ち悪い）

　サギニには恐ろしい魔物の竜と同じにしか見えなかった。
　そもそもサギニは、魔力の鱗で覆われた竜人族の姿も好きではない。
　ほかの人間達、ヒト族や獣人族にトカゲと侮蔑されるのも当然だと思っている。

　それは、サギニの本当の父が商家の主人ではなく、母が夢中になっていたヒト族の美しい吟遊詩人だったからかもしれない。
　母に打ち明けられて吟遊詩人の絵姿を見せられたとき、サギニはとても嬉しかった。
　どれほど金持ちでも、年寄りで醜いトカゲ男に過ぎない父の血を引いていることが以前から嫌でたまらなかったのだ。

　それからは父にも優しくするようになった。
　彼は大切なお財布だ。自分も母のように美しい愛する人と役に立つお財布が欲しかった。
　お財布の上に権力もあって見た目もそれなりに良いメンダシウム男爵は、サギニにとって理想の男だったのだ。時を経て彼が老いたら若い男を囲いたいと思っていた。自分はいつまでも年を取らず若く美しいと信じていた。お財布を上手く使えばそうなれる。母のように。

　魔物の活発化は予想以上に激しく、思っていたよりも凶悪で強く多大な魔物の群れに襲われて竜王は大怪我を負った。
　暴走する前に巨竜化を解いた瞬間に襲われたのだ。
　とはいえ、回復力の強い竜人族の王なのだからすぐ治る。念のためにと戦線を退いた竜王が男爵家で目覚めた朝、サギニは彼と出会った。朝食を持っていったのだ。

（変なの……）

　そのころのサギニは、もう男爵家のメイドではなかった。
　愛人として扱われていた。正妻の嫉妬に満ちた視線が心地良かった。
　なのに男爵は、彼の娘の振りをして竜王のところへ行けと言ったのだ。なんとなく嫌な予感がして断ろうとしたが、男爵は許してくれなかった。

「ありがとう」

　朝食を渡すと、竜王は頬を赤らめて礼を言った。
　自分の美貌に男が見惚れるのはいつものことだったが、竜王ともあろうものが純情なことだ、とサギニは心の中で嘲笑した。
　サギニこそが自分の番つがいだと言って竜王が求婚してきたのは、彼が大暴走スタンピードを収めて竜王国の王都へ戻ってしばらくしてからのことだった。知らない間に、サギニはメンダシウム男爵家の養女となっていた。男爵令嬢だ。