婚約破棄された公爵令嬢は、飼い犬が可愛過ぎて生きるのが辛い。

豆狸

文字の大きさ
上 下
13 / 20

13・浮かれるクラウス皇子に神獣ガルムはドン引きする。

しおりを挟む
 ──ザバア。

 小さな川にいきなり頭を突っ込んだクラウスに、神獣ガルムはドン引きした。
 今は秋である。冬も近い。
 今朝は特に寒かったので、妻のマーナにねだられてコリンナが起きる前に暖炉に火をつけてしまったほどだ。

「ははは、ははは、ははははっ!」

 水面から顔を上げたクラウスは、笑いながら川に飛び込んだ。
 神獣ガルムはさらにドン引きした。
 まったく理解ができなかった。水遊びは夏にするものだ。

「違った! コリンナの赤ちゃんじゃなかったぞ!」

 シャツの血を落としながら、クラウスは嬉しげに口笛を吹き始めた。
 神獣ガルムは、もう妻と子ども達のところへ戻ろうかな、と思い始めていた。
 初代皇帝の血筋の悪霊はエミリアの血筋に直接付き纏うことはできない。自分がいなくてもコリンナは安心だが、この男がまた悪霊に憑かれても吠えてやればいいだけだ。

「わふ」

 好きなだけ浮かれていろ、と吠えて踵を返そうとしたとき、

「あははは、犬君。いや、ガルム君だったかな? コリンナは大胆な名前を付ける。不敬罪で帝都に連行してしまおうか」

 上機嫌のクラウスに川に引きずり込まれて、神獣ガルムは凍え死ぬかと思った。
 離せと四肢を動かしても、この男やけに逞しく、がっつり捕まえられていて逃げられない。
 ぶ厚い毛皮の下に冷水が染み込んでいく。

「それにしてもコリンナは可愛いと思わないか、ガルム君。鹿の解体の礼を言ってくれたときのあの笑顔……ううう、あんなに可愛かったら、すぐに男が寄ってきてしまう! どこかの男に騙されて、彼女が本当に私以外の男の赤ん坊を産むことになったら……」

 真っ青になったクラウスは、自分の考えを振り払うかのように頭を振った。
 抱きかかえられている神獣ガルムは、水を含んだ彼の髪の毛がぶつかって痛かった。
 しばらくして落ち着いたのか、クラウスはひとりで語り始める。

「そうだ、そうなんだ。私はコリンナが好きなんだ。出会ったころからずっと! 私は強くなった。もうあの声に怯える必要などない! 私やコリンナを襲ってきたら返り討ちにしてやる。はーっはっは!」
「……」

 神獣ガルムが向けた白い目に気づいたのか、クラウスの勢いが落ちる。

「私は莫迦だ。どうしてもっと早く気づかなかったのだろう。何度も何度もコリンナのことを傷つけてしまった。……いや、私が浮気してしまったのも、あの声のせいだったのかもしれない」
「わふ」

 おいコラ、と神獣ガルムは言いたかった。
 初代皇帝の血筋は欲望が強い。しかし、血筋の男すべてが欲望を制御できないでいたわけではない。
 クラウスが浮気をしてしまったのは自分自身の弱さのせいだ。

(初代皇帝もそうじゃったな)

 神獣ガルムは思い出す。
 エミリアが好きで好きでたまらなかったくせに、初代皇帝は欲望を抑えられずに多くの女性を相手にしていた。だから気持ちが伝わらなかったのだ。
 無口で無愛想だったけれど、エミリアに一途な思いを捧げていたアンスル王国の王子が選ばれるのは当然のことだった。

 神獣ガルムは、コリンナが今もこの男クラウスを愛していることに気づいていた。
 不満しかないが、両想いならば仕方がない。
 恋はするものではなく落ちるものなのだ。人間はおろか神獣にさえ自由にならない。

「……わふふ」

 自分とマーナのことを思い出し、神獣ガルムは甘酸っぱい気持ちで微笑んだ。
 まあ、それはそれとして、

「そろそろコリンナのところへ帰ろうか、ガルム君。……あの肉はコリンナひとりでは持ち帰れないだろうから、家まで運ばせてくれるかな」

 クラウスが水を絞ったシャツとズボンを着直したところで、神獣ガルムは彼に頭突きをして川へ落とした。
 無理矢理川へ連れ込まれたことへのお返しである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

神託の聖女様~偽義妹を置き去りにすることにしました

青の雀
恋愛
半年前に両親を亡くした公爵令嬢のバレンシアは、相続権を王位から認められ、晴れて公爵位を叙勲されることになった。 それから半年後、突如現れた義妹と称する女に王太子殿下との婚約まで奪われることになったため、怒りに任せて家出をするはずが、公爵家の使用人もろとも家を出ることに……。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

【完結】許婚の子爵令息から婚約破棄を宣言されましたが、それを知った公爵家の幼馴染から溺愛されるようになりました

八重
恋愛
「ソフィ・ルヴェリエ! 貴様とは婚約破棄する!」 子爵令息エミール・エストレが言うには、侯爵令嬢から好意を抱かれており、男としてそれに応えねばならないというのだ。 失意のどん底に突き落とされたソフィ。 しかし、婚約破棄をきっかけに幼馴染の公爵令息ジル・ルノアールから溺愛されることに! 一方、エミールの両親はソフィとの婚約破棄を知って大激怒。 エミールの両親の命令で『好意の証拠』を探すが、侯爵令嬢からの好意は彼の勘違いだった。 なんとかして侯爵令嬢を口説くが、婚約者のいる彼女がなびくはずもなく……。 焦ったエミールはソフィに復縁を求めるが、時すでに遅し──

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

21時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。

当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。 しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。 最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。 それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。 婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。 だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。 これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。

【完結】ご安心を、問題ありません。

るるらら
恋愛
婚約破棄されてしまった。 はい、何も問題ありません。 ------------ 公爵家の娘さんと王子様の話。 オマケ以降は旦那さんとの話。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...