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13・浮かれるクラウス皇子に神獣ガルムはドン引きする。
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──ザバア。
小さな川にいきなり頭を突っ込んだクラウスに、神獣ガルムはドン引きした。
今は秋である。冬も近い。
今朝は特に寒かったので、妻のマーナにねだられてコリンナが起きる前に暖炉に火をつけてしまったほどだ。
「ははは、ははは、ははははっ!」
水面から顔を上げたクラウスは、笑いながら川に飛び込んだ。
神獣ガルムはさらにドン引きした。
まったく理解ができなかった。水遊びは夏にするものだ。
「違った! コリンナの赤ちゃんじゃなかったぞ!」
シャツの血を落としながら、クラウスは嬉しげに口笛を吹き始めた。
神獣ガルムは、もう妻と子ども達のところへ戻ろうかな、と思い始めていた。
初代皇帝の血筋の悪霊はエミリアの血筋に直接付き纏うことはできない。自分がいなくてもコリンナは安心だが、この男がまた悪霊に憑かれても吠えてやればいいだけだ。
「わふ」
好きなだけ浮かれていろ、と吠えて踵を返そうとしたとき、
「あははは、犬君。いや、ガルム君だったかな? コリンナは大胆な名前を付ける。不敬罪で帝都に連行してしまおうか」
上機嫌のクラウスに川に引きずり込まれて、神獣ガルムは凍え死ぬかと思った。
離せと四肢を動かしても、この男やけに逞しく、がっつり捕まえられていて逃げられない。
ぶ厚い毛皮の下に冷水が染み込んでいく。
「それにしてもコリンナは可愛いと思わないか、ガルム君。鹿の解体の礼を言ってくれたときのあの笑顔……ううう、あんなに可愛かったら、すぐに男が寄ってきてしまう! どこかの男に騙されて、彼女が本当に私以外の男の赤ん坊を産むことになったら……」
真っ青になったクラウスは、自分の考えを振り払うかのように頭を振った。
抱きかかえられている神獣ガルムは、水を含んだ彼の髪の毛がぶつかって痛かった。
しばらくして落ち着いたのか、クラウスはひとりで語り始める。
「そうだ、そうなんだ。私はコリンナが好きなんだ。出会ったころからずっと! 私は強くなった。もうあの声に怯える必要などない! 私やコリンナを襲ってきたら返り討ちにしてやる。はーっはっは!」
「……」
神獣ガルムが向けた白い目に気づいたのか、クラウスの勢いが落ちる。
「私は莫迦だ。どうしてもっと早く気づかなかったのだろう。何度も何度もコリンナのことを傷つけてしまった。……いや、私が浮気してしまったのも、あの声のせいだったのかもしれない」
「わふ」
おいコラ、と神獣ガルムは言いたかった。
初代皇帝の血筋は欲望が強い。しかし、血筋の男すべてが欲望を制御できないでいたわけではない。
クラウスが浮気をしてしまったのは自分自身の弱さのせいだ。
(初代皇帝もそうじゃったな)
神獣ガルムは思い出す。
エミリアが好きで好きでたまらなかったくせに、初代皇帝は欲望を抑えられずに多くの女性を相手にしていた。だから気持ちが伝わらなかったのだ。
無口で無愛想だったけれど、エミリアに一途な思いを捧げていたアンスル王国の王子が選ばれるのは当然のことだった。
神獣ガルムは、コリンナが今もこの男クラウスを愛していることに気づいていた。
不満しかないが、両想いならば仕方がない。
恋はするものではなく落ちるものなのだ。人間はおろか神獣にさえ自由にならない。
「……わふふ」
自分とマーナのことを思い出し、神獣ガルムは甘酸っぱい気持ちで微笑んだ。
まあ、それはそれとして、
「そろそろコリンナのところへ帰ろうか、ガルム君。……あの肉はコリンナひとりでは持ち帰れないだろうから、家まで運ばせてくれるかな」
クラウスが水を絞ったシャツとズボンを着直したところで、神獣ガルムは彼に頭突きをして川へ落とした。
無理矢理川へ連れ込まれたことへのお返しである。
小さな川にいきなり頭を突っ込んだクラウスに、神獣ガルムはドン引きした。
今は秋である。冬も近い。
今朝は特に寒かったので、妻のマーナにねだられてコリンナが起きる前に暖炉に火をつけてしまったほどだ。
「ははは、ははは、ははははっ!」
水面から顔を上げたクラウスは、笑いながら川に飛び込んだ。
神獣ガルムはさらにドン引きした。
まったく理解ができなかった。水遊びは夏にするものだ。
「違った! コリンナの赤ちゃんじゃなかったぞ!」
シャツの血を落としながら、クラウスは嬉しげに口笛を吹き始めた。
神獣ガルムは、もう妻と子ども達のところへ戻ろうかな、と思い始めていた。
初代皇帝の血筋の悪霊はエミリアの血筋に直接付き纏うことはできない。自分がいなくてもコリンナは安心だが、この男がまた悪霊に憑かれても吠えてやればいいだけだ。
「わふ」
好きなだけ浮かれていろ、と吠えて踵を返そうとしたとき、
「あははは、犬君。いや、ガルム君だったかな? コリンナは大胆な名前を付ける。不敬罪で帝都に連行してしまおうか」
上機嫌のクラウスに川に引きずり込まれて、神獣ガルムは凍え死ぬかと思った。
離せと四肢を動かしても、この男やけに逞しく、がっつり捕まえられていて逃げられない。
ぶ厚い毛皮の下に冷水が染み込んでいく。
「それにしてもコリンナは可愛いと思わないか、ガルム君。鹿の解体の礼を言ってくれたときのあの笑顔……ううう、あんなに可愛かったら、すぐに男が寄ってきてしまう! どこかの男に騙されて、彼女が本当に私以外の男の赤ん坊を産むことになったら……」
真っ青になったクラウスは、自分の考えを振り払うかのように頭を振った。
抱きかかえられている神獣ガルムは、水を含んだ彼の髪の毛がぶつかって痛かった。
しばらくして落ち着いたのか、クラウスはひとりで語り始める。
「そうだ、そうなんだ。私はコリンナが好きなんだ。出会ったころからずっと! 私は強くなった。もうあの声に怯える必要などない! 私やコリンナを襲ってきたら返り討ちにしてやる。はーっはっは!」
「……」
神獣ガルムが向けた白い目に気づいたのか、クラウスの勢いが落ちる。
「私は莫迦だ。どうしてもっと早く気づかなかったのだろう。何度も何度もコリンナのことを傷つけてしまった。……いや、私が浮気してしまったのも、あの声のせいだったのかもしれない」
「わふ」
おいコラ、と神獣ガルムは言いたかった。
初代皇帝の血筋は欲望が強い。しかし、血筋の男すべてが欲望を制御できないでいたわけではない。
クラウスが浮気をしてしまったのは自分自身の弱さのせいだ。
(初代皇帝もそうじゃったな)
神獣ガルムは思い出す。
エミリアが好きで好きでたまらなかったくせに、初代皇帝は欲望を抑えられずに多くの女性を相手にしていた。だから気持ちが伝わらなかったのだ。
無口で無愛想だったけれど、エミリアに一途な思いを捧げていたアンスル王国の王子が選ばれるのは当然のことだった。
神獣ガルムは、コリンナが今もこの男クラウスを愛していることに気づいていた。
不満しかないが、両想いならば仕方がない。
恋はするものではなく落ちるものなのだ。人間はおろか神獣にさえ自由にならない。
「……わふふ」
自分とマーナのことを思い出し、神獣ガルムは甘酸っぱい気持ちで微笑んだ。
まあ、それはそれとして、
「そろそろコリンナのところへ帰ろうか、ガルム君。……あの肉はコリンナひとりでは持ち帰れないだろうから、家まで運ばせてくれるかな」
クラウスが水を絞ったシャツとズボンを着直したところで、神獣ガルムは彼に頭突きをして川へ落とした。
無理矢理川へ連れ込まれたことへのお返しである。
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