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12・鹿の解体
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森の中で現れたクラウス殿下がわたしに謝罪したいと言い出したので、それなら鹿を解体して欲しいと頼んでみました。
彼は魔術学園時代に騎士団でも学んでいましたし、今も皇子として行動をともにすることが多いのです。
騎士団は帝国の各地に現れる魔獣を退治しています。食料は現地調達だと聞きますから、鹿の解体くらいできるでしょう。
「どこに魔石があるかわからない魔獣と違って、食べるだけの野獣は解体しやすいな」
なんてことを言いながら、クラウス殿下は鹿を捌いていきます。
マーナは興味津々で覗き込んでいますが、わたしは血の匂いにのぼせたので、少し距離を取りました。
ガルム様がわたしのほうへ来ます。もちろん神獣姿ではありません。
「……クラウス殿下の悪霊はどうなっているのです?」
「さっきの咆哮で離れておるが、わしらから遠ざかればすぐ戻って来るじゃろう」
「ガルム様が悪霊を退治することはできないのですか?」
「えー。初代皇帝の血筋の悪霊は不味いから食いたくないのじゃ」
「悪霊は初代皇帝の血筋なのですか?」
「うむ。確かヨハンナの時代のヤツじゃ。エミリアの血が入ってからは皇族のことも気にしておったが、アイツは初代皇帝のまんまで嫌いじゃったな」
「ヨハンナ様の……ゲオルグ帝でしょうか。どうして曾孫のクラウス殿下に憑りつくようなことを……」
「コリンナがヨハンナに髪の色以外瓜二つじゃからではないか? 初代皇帝の血が色濃く出たヤツは同じ世代のエミリアの血に執着するからな」
クラウス殿下は、わたしに執着したりしませんでしたけどね。
「……わたしのせい、なのでしょうか?」
「コリンナが気にすることはない。悪霊を受け入れたのはあの男じゃ」
「でも……悪霊を退治することはできないのですか?」
「悪霊退治は難しいのじゃ。まずは憑りつかれた人間が悪霊との絆を断ち切らねばならん。……悪霊ごと憑りつかれた人間を食うという方法もあるが、初代皇帝の血筋は生身の人間でも不味そうだから食いたくないのじゃ」
わたしもそれはやめていただきたいです。
「……ひゃう」
「……ひゃうひゃう」
「……ひゃうひゃうひゃう」
「赤ちゃん!」
籠の中から聞こえた声に、三匹のことを思い出しました。
その場に座り、膝の上で籠を開けます。
あらあら、三匹でプリンを食べちゃったんですね。ひと匙ふた匙あげるつもりでしたけど、茶碗一個丸ごとは食べ過ぎですよ。お腹がぷくっと膨れちゃってるじゃないですかー。え?……血の匂い?
「ひいっ!」
突然立ち込めた噎せ返るような血の匂いに顔を上げると、そこには血塗れのクラウス殿下がいらっしゃいました。
彼は昨日と同じマントを脱いで、薄手の白いシャツ一枚で作業されていました。
そのシャツが真っ赤です。
「ど、ど、どうなさったのですか?」
「あ、あ、赤ちゃんと聞いて!」
焦るわたしに、クラウス殿下も焦った様子で答えてくださいます。
やっぱり殿下も仔犬が好きなのですね。
わたしは微笑ましく思いながら、彼に籠の中を見せました。血は落とさないでくださいね。
「ええ、赤ちゃんですわ。ほら、この子達。カタリーナ妃殿下にいただいたあちらのマーナと、この黒いガルムの子どもですの」
神獣様と同じ名前なことを咎められるかと思いましたが、クラウス殿下はお気になさらなかったようです。
さっきわたしと話していたことにも気づいてらっしゃいませんよね?
「そうか。犬の赤ちゃん、犬の……」
「とても可愛いでしょう。わたし、夢中なんですの。……マーナ? マーナ!」
解体されたばかりの鹿肉をマーナが食べていることに気づき、わたしは籠を地面に置いて、彼女の元へ駆け寄りました。
仔犬達にお乳をやるので栄養が必要なのはわかるのですが、ちょっとはしたないですよ!
マーナに反省をさせてから、振り返って話の途中で離れたことを詫びると、クラウス殿下は微笑んで、近くの川で血を落としてくるとおっしゃいました。悪霊が戻ってこないように、でしょうか。ガルム様が殿下の後をついていきます。
彼は魔術学園時代に騎士団でも学んでいましたし、今も皇子として行動をともにすることが多いのです。
騎士団は帝国の各地に現れる魔獣を退治しています。食料は現地調達だと聞きますから、鹿の解体くらいできるでしょう。
「どこに魔石があるかわからない魔獣と違って、食べるだけの野獣は解体しやすいな」
なんてことを言いながら、クラウス殿下は鹿を捌いていきます。
マーナは興味津々で覗き込んでいますが、わたしは血の匂いにのぼせたので、少し距離を取りました。
ガルム様がわたしのほうへ来ます。もちろん神獣姿ではありません。
「……クラウス殿下の悪霊はどうなっているのです?」
「さっきの咆哮で離れておるが、わしらから遠ざかればすぐ戻って来るじゃろう」
「ガルム様が悪霊を退治することはできないのですか?」
「えー。初代皇帝の血筋の悪霊は不味いから食いたくないのじゃ」
「悪霊は初代皇帝の血筋なのですか?」
「うむ。確かヨハンナの時代のヤツじゃ。エミリアの血が入ってからは皇族のことも気にしておったが、アイツは初代皇帝のまんまで嫌いじゃったな」
「ヨハンナ様の……ゲオルグ帝でしょうか。どうして曾孫のクラウス殿下に憑りつくようなことを……」
「コリンナがヨハンナに髪の色以外瓜二つじゃからではないか? 初代皇帝の血が色濃く出たヤツは同じ世代のエミリアの血に執着するからな」
クラウス殿下は、わたしに執着したりしませんでしたけどね。
「……わたしのせい、なのでしょうか?」
「コリンナが気にすることはない。悪霊を受け入れたのはあの男じゃ」
「でも……悪霊を退治することはできないのですか?」
「悪霊退治は難しいのじゃ。まずは憑りつかれた人間が悪霊との絆を断ち切らねばならん。……悪霊ごと憑りつかれた人間を食うという方法もあるが、初代皇帝の血筋は生身の人間でも不味そうだから食いたくないのじゃ」
わたしもそれはやめていただきたいです。
「……ひゃう」
「……ひゃうひゃう」
「……ひゃうひゃうひゃう」
「赤ちゃん!」
籠の中から聞こえた声に、三匹のことを思い出しました。
その場に座り、膝の上で籠を開けます。
あらあら、三匹でプリンを食べちゃったんですね。ひと匙ふた匙あげるつもりでしたけど、茶碗一個丸ごとは食べ過ぎですよ。お腹がぷくっと膨れちゃってるじゃないですかー。え?……血の匂い?
「ひいっ!」
突然立ち込めた噎せ返るような血の匂いに顔を上げると、そこには血塗れのクラウス殿下がいらっしゃいました。
彼は昨日と同じマントを脱いで、薄手の白いシャツ一枚で作業されていました。
そのシャツが真っ赤です。
「ど、ど、どうなさったのですか?」
「あ、あ、赤ちゃんと聞いて!」
焦るわたしに、クラウス殿下も焦った様子で答えてくださいます。
やっぱり殿下も仔犬が好きなのですね。
わたしは微笑ましく思いながら、彼に籠の中を見せました。血は落とさないでくださいね。
「ええ、赤ちゃんですわ。ほら、この子達。カタリーナ妃殿下にいただいたあちらのマーナと、この黒いガルムの子どもですの」
神獣様と同じ名前なことを咎められるかと思いましたが、クラウス殿下はお気になさらなかったようです。
さっきわたしと話していたことにも気づいてらっしゃいませんよね?
「そうか。犬の赤ちゃん、犬の……」
「とても可愛いでしょう。わたし、夢中なんですの。……マーナ? マーナ!」
解体されたばかりの鹿肉をマーナが食べていることに気づき、わたしは籠を地面に置いて、彼女の元へ駆け寄りました。
仔犬達にお乳をやるので栄養が必要なのはわかるのですが、ちょっとはしたないですよ!
マーナに反省をさせてから、振り返って話の途中で離れたことを詫びると、クラウス殿下は微笑んで、近くの川で血を落としてくるとおっしゃいました。悪霊が戻ってこないように、でしょうか。ガルム様が殿下の後をついていきます。
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