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──私の不妊には理由がありました。
結婚してからずっと、リュゼ様の息がかかったメイドが、私の飲み物に毒を入れていたのです。生死に関わるほどの毒ではなく、ただ体力を奪っていく毒です。
毒によって体が弱って月のものが止まったのを、懐妊の印だと喜んでいたこともある自分が滑稽でしかありません。
ふとしたことで真実がわかってリュゼ様とメイドは処刑されましたが、私の体は衰弱したままです。
ジェイク様は予定通り愛妾をお迎えになりました。
金茶の髪に緑の瞳のマリーという名の貴族令嬢です。なぜか少し悲し気な顔をしていますけれど、とても美しい少女でした。王妃として、彼女が王国の跡取りを産んでくれることを望んでいます。
竜を退治してからは何年も魔獣の大暴走は起こっていなかったのですが、大公領に現れた魔獣を討伐に行った父がブランシャール大公を庇って亡くなってしばらくすると、大規模な大暴走が発生しました。
私がジェイク様と結婚して五年ほど経ったころです。
どんなに解毒剤を飲んでも体中に回った毒は消えなかったので、今の私はベッドから起き上がることが出来ません。
誕生日などの記念日のときだけ、ジェイク様から贈り物が届きます。
彼自身が現れることはありません。──ありませんでした、今日までは。
「……ジェイク様自らが大暴走討伐に赴かれるのですか?……」
どうしても大きな声が出せません。
ジェイク様はベッドの横に膝をついて顔を寄せ、私の言葉を拾ってくださいます。
久しぶりに見るお顔は相変わらず美しく、どこか悲しげに見えました。マリー様が早逝されて、その後迎えた愛妾の方々にもお子が出来ないことで苦しんでいらっしゃるのでしょうか。いいえ、これから大暴走討伐に行かれるのですから、不安に思われるのは当たり前ですね。
「……父が、生きてさえいれば……」
「ボネ侯爵は十分王国に尽くしてくださった。今回は俺が国王としての力を見せるときなんだ」
ジェイク様は父から剣術を学んでいました。
お世辞の言えない不器用な父が、自分を超える才能があると評価していた方です。
大好きなすみれ色の瞳を見つめて、私はジェイク様に言いました。
「……ジェイク様なら大丈夫です……」
「ああ、ありがとう。……これまで寂しい思いをさせてすまなかったね。どうやら子どもが出来ないのは俺のせいらしい」
「……そんな……」
「リュゼが俺に不妊の呪いをかけていたことがわかったんだ。……王国の跡取りは叔父上のところから養子をもらう」
「……リュゼ様が……」
処刑のときに自白したけれど、あまりに重大なことだったので鵜呑みにはせず、これまで確認を取っていたのだといいます。
リュゼ様はジェイク様を愛していたのでしょう。だれにも奪われたくないと思っていたのでしょう。恋敵を害しても、愛する人自身を傷つけても手に入れたいと望んでしまったのでしょう。
今の私には、少しだけ彼女の気持ちがわかります。
「それでは行くよ。……すぐに戻ってくるね」
「……はい。ご武運を……」
ジェイク様が部屋を出て、私はずっと側に控えていた従者を呼び寄せました。
黒い髪に黒い瞳、明らかにこの辺りの人間ではない彼は、父が倒した竜を神と崇めていた邪教団に竜への生贄として攫われた東方の行商人の子どもです。死にかけていたのが父が倒した竜の血を浴びて生き返ったせいか、黒い瞳の奥に魔獣のような銀の光が煌めくことがあります。
本人は嫌って前髪を伸ばして隠しているけれど、私はその煌めきがとても好きでした。
「……アマデウス……」
「なんですか、お嬢様」
結婚してからずっと、リュゼ様の息がかかったメイドが、私の飲み物に毒を入れていたのです。生死に関わるほどの毒ではなく、ただ体力を奪っていく毒です。
毒によって体が弱って月のものが止まったのを、懐妊の印だと喜んでいたこともある自分が滑稽でしかありません。
ふとしたことで真実がわかってリュゼ様とメイドは処刑されましたが、私の体は衰弱したままです。
ジェイク様は予定通り愛妾をお迎えになりました。
金茶の髪に緑の瞳のマリーという名の貴族令嬢です。なぜか少し悲し気な顔をしていますけれど、とても美しい少女でした。王妃として、彼女が王国の跡取りを産んでくれることを望んでいます。
竜を退治してからは何年も魔獣の大暴走は起こっていなかったのですが、大公領に現れた魔獣を討伐に行った父がブランシャール大公を庇って亡くなってしばらくすると、大規模な大暴走が発生しました。
私がジェイク様と結婚して五年ほど経ったころです。
どんなに解毒剤を飲んでも体中に回った毒は消えなかったので、今の私はベッドから起き上がることが出来ません。
誕生日などの記念日のときだけ、ジェイク様から贈り物が届きます。
彼自身が現れることはありません。──ありませんでした、今日までは。
「……ジェイク様自らが大暴走討伐に赴かれるのですか?……」
どうしても大きな声が出せません。
ジェイク様はベッドの横に膝をついて顔を寄せ、私の言葉を拾ってくださいます。
久しぶりに見るお顔は相変わらず美しく、どこか悲しげに見えました。マリー様が早逝されて、その後迎えた愛妾の方々にもお子が出来ないことで苦しんでいらっしゃるのでしょうか。いいえ、これから大暴走討伐に行かれるのですから、不安に思われるのは当たり前ですね。
「……父が、生きてさえいれば……」
「ボネ侯爵は十分王国に尽くしてくださった。今回は俺が国王としての力を見せるときなんだ」
ジェイク様は父から剣術を学んでいました。
お世辞の言えない不器用な父が、自分を超える才能があると評価していた方です。
大好きなすみれ色の瞳を見つめて、私はジェイク様に言いました。
「……ジェイク様なら大丈夫です……」
「ああ、ありがとう。……これまで寂しい思いをさせてすまなかったね。どうやら子どもが出来ないのは俺のせいらしい」
「……そんな……」
「リュゼが俺に不妊の呪いをかけていたことがわかったんだ。……王国の跡取りは叔父上のところから養子をもらう」
「……リュゼ様が……」
処刑のときに自白したけれど、あまりに重大なことだったので鵜呑みにはせず、これまで確認を取っていたのだといいます。
リュゼ様はジェイク様を愛していたのでしょう。だれにも奪われたくないと思っていたのでしょう。恋敵を害しても、愛する人自身を傷つけても手に入れたいと望んでしまったのでしょう。
今の私には、少しだけ彼女の気持ちがわかります。
「それでは行くよ。……すぐに戻ってくるね」
「……はい。ご武運を……」
ジェイク様が部屋を出て、私はずっと側に控えていた従者を呼び寄せました。
黒い髪に黒い瞳、明らかにこの辺りの人間ではない彼は、父が倒した竜を神と崇めていた邪教団に竜への生贄として攫われた東方の行商人の子どもです。死にかけていたのが父が倒した竜の血を浴びて生き返ったせいか、黒い瞳の奥に魔獣のような銀の光が煌めくことがあります。
本人は嫌って前髪を伸ばして隠しているけれど、私はその煌めきがとても好きでした。
「……アマデウス……」
「なんですか、お嬢様」
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