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第五話 王太子①
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「婚約解消? どうして私の知らない間に?」
男爵令嬢の逮捕劇のあった日、王宮へ戻った王太子は国王である祖父に呼び出されて公爵令嬢との婚約解消を伝えられた。
王太子の父は数年前に王位を継ぐことなく亡くなっている。
祖父王は年老いてなお矍鑠としていて逞しく、今ではたったひとりの家族にも関わらず王太子は彼が苦手だった。
「なぜ婚約を解消したんですか?」
「なぜ? 婚約者が自分の取り巻きに攻撃されて意識不明になったというのに謝罪も見舞いもせず、祖父であり国王である余にも報告しないような男と婚約し続ける意味があるとでも思うのか、そちは」
「……」
王太子は俯いて祖父王の視線から逃げた。
公爵令嬢の事件が起こった日、確かに王太子は祖父王への報告を怠った。
自分が報告しなくても王家の影の報告で知って、祖父王のほうから呼び出されて叱責されるだろうと思っていたのだ。祖父王からの呼び出しがなくても、安堵するだけで自分から報告しようとは思わなかった。
「け、仮病だと思っていたのです」
「ほう。そちもあの国家反逆犯の男の言葉を信じ込んでいるようだな。お前と同じ教室で学んでいた娘達もそうだったぞ。あの男の寵愛を受けるのが素晴らしいことだと信じ込んで、言われるままに体を売って金を貢いでいた」
「……」
「まだ子どもだ、洗脳されていたんだ、などと庇う声もあるがな? あの娘達は国を支える貴族の家に生まれたのだ。だれかに騙されて家の名を穢すなど許されることではない。貴族家の名を穢すということは、その名のもとに守るべき領民達をも穢し傷つけることであるのだからな」
「……はい」
「話はそれだけだ」
「え?」
俯いていた王太子は、祖父王の言葉に顔を上げた。
「わ、私を怒らないのですか?」
「怒ってどうなる」
「はい?」
「そちを怒ったら公爵令嬢の意識が戻るのか? あの男に穢された娘達の人生がやり直せるのか? 娘や息子のせいで汚名を被った貴族家が立ち直れるのか?」
「それは……」
「余は何度も言ったな? そちの婚約者は公爵令嬢だ。男爵令嬢と親しくするのはやめろ、と。公爵令嬢もそちに注意を促していただろう?」
「……はい」
「そちは余の息子、そちの父親にそっくりだ。あの淫売の血が入ったせいで、さらに出来が悪くなった。……それでも今、余の血を引く者はそちしかいない。次代に血を残すまでは生かしておいてやる」
「……」
王太子には異母兄がいた。
父の正妃の息子だ。
数年前に亡くなった父には、隣国の王女である正妃とこの国の令嬢だった愛妾がいた。王太子の母親だった愛妾は、父が亡くなる少し前にこの世を去っていた。王太子と公爵令嬢の婚約が結ばれて、しばらく経ったころだった。
異母兄が亡くなったのはもっと前、王太子が子どものころだ。
王太子は異母兄の顔を覚えていない。
たまに公務で顔を見せる正妃と違い、異母兄は離宮に閉じ籠って出てくることがなかった。
異母兄は生まれたときから体が弱かったのだと聞いていた。
一度も公務に顔を出すことのないままに異母兄は亡くなり、心を病んだ正妃は隣国へと戻った。
正式な離縁はしていないものの、夫である父も亡くなったので彼女とこの国の関係は無くなっている。
「お爺様……いいえ、国王陛下」
「なんだ」
「陛下は、私よりも異母兄上が生きていたほうが良かったとお思いですか?」
「当たり前だろう。息子の愛妾が産んだ庶子に過ぎないそちを嫡子と認めさせるのに、神殿へいくら支払ったと思っている!」
この国では王になるのは嫡子のみと決まっている。
男爵令嬢の逮捕劇のあった日、王宮へ戻った王太子は国王である祖父に呼び出されて公爵令嬢との婚約解消を伝えられた。
王太子の父は数年前に王位を継ぐことなく亡くなっている。
祖父王は年老いてなお矍鑠としていて逞しく、今ではたったひとりの家族にも関わらず王太子は彼が苦手だった。
「なぜ婚約を解消したんですか?」
「なぜ? 婚約者が自分の取り巻きに攻撃されて意識不明になったというのに謝罪も見舞いもせず、祖父であり国王である余にも報告しないような男と婚約し続ける意味があるとでも思うのか、そちは」
「……」
王太子は俯いて祖父王の視線から逃げた。
公爵令嬢の事件が起こった日、確かに王太子は祖父王への報告を怠った。
自分が報告しなくても王家の影の報告で知って、祖父王のほうから呼び出されて叱責されるだろうと思っていたのだ。祖父王からの呼び出しがなくても、安堵するだけで自分から報告しようとは思わなかった。
「け、仮病だと思っていたのです」
「ほう。そちもあの国家反逆犯の男の言葉を信じ込んでいるようだな。お前と同じ教室で学んでいた娘達もそうだったぞ。あの男の寵愛を受けるのが素晴らしいことだと信じ込んで、言われるままに体を売って金を貢いでいた」
「……」
「まだ子どもだ、洗脳されていたんだ、などと庇う声もあるがな? あの娘達は国を支える貴族の家に生まれたのだ。だれかに騙されて家の名を穢すなど許されることではない。貴族家の名を穢すということは、その名のもとに守るべき領民達をも穢し傷つけることであるのだからな」
「……はい」
「話はそれだけだ」
「え?」
俯いていた王太子は、祖父王の言葉に顔を上げた。
「わ、私を怒らないのですか?」
「怒ってどうなる」
「はい?」
「そちを怒ったら公爵令嬢の意識が戻るのか? あの男に穢された娘達の人生がやり直せるのか? 娘や息子のせいで汚名を被った貴族家が立ち直れるのか?」
「それは……」
「余は何度も言ったな? そちの婚約者は公爵令嬢だ。男爵令嬢と親しくするのはやめろ、と。公爵令嬢もそちに注意を促していただろう?」
「……はい」
「そちは余の息子、そちの父親にそっくりだ。あの淫売の血が入ったせいで、さらに出来が悪くなった。……それでも今、余の血を引く者はそちしかいない。次代に血を残すまでは生かしておいてやる」
「……」
王太子には異母兄がいた。
父の正妃の息子だ。
数年前に亡くなった父には、隣国の王女である正妃とこの国の令嬢だった愛妾がいた。王太子の母親だった愛妾は、父が亡くなる少し前にこの世を去っていた。王太子と公爵令嬢の婚約が結ばれて、しばらく経ったころだった。
異母兄が亡くなったのはもっと前、王太子が子どものころだ。
王太子は異母兄の顔を覚えていない。
たまに公務で顔を見せる正妃と違い、異母兄は離宮に閉じ籠って出てくることがなかった。
異母兄は生まれたときから体が弱かったのだと聞いていた。
一度も公務に顔を出すことのないままに異母兄は亡くなり、心を病んだ正妃は隣国へと戻った。
正式な離縁はしていないものの、夫である父も亡くなったので彼女とこの国の関係は無くなっている。
「お爺様……いいえ、国王陛下」
「なんだ」
「陛下は、私よりも異母兄上が生きていたほうが良かったとお思いですか?」
「当たり前だろう。息子の愛妾が産んだ庶子に過ぎないそちを嫡子と認めさせるのに、神殿へいくら支払ったと思っている!」
この国では王になるのは嫡子のみと決まっている。
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