彼女の幸福

豆狸

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最終話 彼女の幸福

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 ユジェーヌ殿下がお亡くなりになりました。
 下町でクリュエル様と心中なさったそうです。
 私との婚約が解消になったことで廃太子となった殿下ですが、王子としての身分はそのままでした。平民のクリュエル様とは結ばれ得ない立場のままだということに絶望なさったのでしょうか。

 護衛として同行していた近衛騎士団の方々が止める暇もなかったと聞いています。
 でも、もしかしたら近衛騎士の方々は殿下の真実の愛を尊重して、見て見ぬ振りをなさったのかもしれません。
 我が国の建国王陛下のお妃となられた女神様は、人間のお体の死後、また女神様となって王国を守護してくださっているのだと聞いています。女神様は真実の愛を尊び、道を誤ったものにもやり直しの機会を与えてくださるそうです。

 そんなことを考えながら、私は王都侯爵邸の中庭でお茶を飲んでいました。

 殿下との最後のお茶会から、もう数ヶ月が過ぎ去っています。
 季節は春を走り抜けて、そろそろ初夏に足を踏み入れたころです。
 私は学園を卒業してお見合いを重ねる毎日を送っています。新しい縁談相手など見つからないのではないかと思っていましたけれど、侯爵である父の威光か、それなりに釣り書きが届いています。

 今日のお見合い相手は、元近衛騎士団長のマティユ様です。
 彼は先日団長の座を退いて、これまでの活躍で得ていた子爵家の領主として生きるようになられました。
 新しい近衛騎士団長は国王陛下が直々にお選びになった方で、父によるとマティユ様と違って国の安定のためなら汚い手段も厭わない方だそうです。……ちょっと怖いですね。

「エレオノール嬢、お久しぶりです」
「はい、マティユ様。お久しぶりでございます」

 ユジェーヌ殿下の婚約者だったころは、妃教育で王宮に通っていました。
 近衛騎士団の方々とは顔見知りです。
 妃教育が始まる前も殿下とのお茶会で王宮へ行っていたので、マティユ様とは彼が近衛騎士団の見習いだったころからの知り合いです。少し厳ついものの、整ったお顔の眉間に皺を寄せて、マティユ様は私に頭を下げました。

「申し訳ありませんでしたっ!」
「マ、マティユ様?」
「俺は近衛騎士団長としての自覚が足りませんでした。こんなことになる前にあの女狐を始末しておけば、エレオノール嬢を傷つけることはなかったのに」
「はあ……」

 そういう考え方もあるでしょう。
 とはいえユジェーヌ殿下とクリュエル様は真実の愛で結ばれた運命の相手同士だったのです。マティユ様が手を汚したとしても、殿下が彼女の後を追っただけではないでしょうか。
 私はマティユ様に質問しました。

「マティユ様。今回お見合いを申し込んでくださったのは、もしかして私に対する償いのおつもりなのでしょうか?」
「……いいえ」

 彼は私から視線を逸らし、目の下を赤く染めました。

「縁談の申し込みは俺の……俺の想いからです。その、以前から俺はエレオノール嬢を好ましく思っていました。あ、その、横恋慕していたわけではありません。未来の国母様としてお慕いし、近衛騎士団長として貴女をお守り出来ることを誇りに思っていたのです。貴女がユジェーヌ殿下との婚約を解消されて、王宮にいらっしゃらなくなってからは世界が色褪せたかのように虚しくなって……どうしてもお会いしたくなって」

 マティユ様は視線を戻して、真っすぐに私を見つめました。
 真っ赤な髪に緑色の瞳、筋骨隆々とした逞しい体躯──彼はユジェーヌ殿下とはまるで違います。
 そもそも殿下は、こんなに真っ直ぐ私を見つめてくださったことはありません。

 横恋慕していたわけではない、とおっしゃった言葉は本当でしょう。
 王太子の婚約者として得た情報で知るマティユ様は、とても生真面目で清廉潔白な方でした。
 でも今は? 私がいない王宮が色褪せたとおっしゃって、どうしても会いたくなったと見つめてくる今は?

 私のことを少しでも好きになって釣り書きを送って来てくれたのなら良いのに、と思っている自分に気づきました。
 私もこの方を好きになれたら良いのに、と感じています。
 お互いに愛し愛されて、ふたりともが幸福になれる未来が来ると良いのに、と願わずにはいられませんでした。

「マティユ様」
「は、はい!」
「王宮でお会いしたことは何度もありましたけれど、こうしてふたりでお話するのは初めてですね。……まずはマティユ様の好きなものを教えていただけますか?」
「はい!」

 マティユ様は頷いて、エレオノール嬢の好きなものも教えてくださいね、と微笑んだのです。
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